訪問者
アビドスに来て瞬く間に天才職人とまで言われ、職人としての名声を欲しいままにしたアルウは、今やアビドスの職人社会で時の人となった。
アルウのオシリス像や他のどの石像も、繊細かつ斬新に制作されていた。その秘密はエジプトの伝統的な技法に加えて、密かにアマルナ美術からヒントを得た独創的な技法をアレンジして編み出した彼の独創的な技にあった。
アビドスの職人達の誰もがアルウの才能に驚嘆し、神の手を持つ若者と褒め称え、畏敬の念を持った。そして彼を伝説の巨匠イルティセンを凌ぐ天才だと褒め称えるのだった。
アルウは若いながらも王族や大神官から絶大なる信頼を受け、次期アビドスの職人長はアルウが異例の抜擢をされるのではないかと早くも囁かれはじめた。
こうしてアルウの汚名は返上され、名誉は回復した。
彼の心に光が差し込んだ。
アルウは長く辛かった暗黒のトンネルからようやく抜け出し、心に光が満ち溢れたのだ。
「ティアに結婚を申し込もう!」
アルウは親方から一時帰宅の許可が降りたら、ティアに求婚することにした。
アビドスで一緒に暮らそうと思い、心は躍った。
そんな矢先、アルウの工房に予期せぬ客人が訪れた。
十三か十四歳ぐらいの少女だが身なりから、明らかに高貴な家柄の娘だ。
「お邪魔していいかしら」
「どうぞご自由に」
あまり気にもとめず、アルウは素っ気ない返事をして、テキパキと弟子達に様々な指示を出す。
少女はアルウの態度など気にもならないようで、ノミや金槌やノコギリなど、様々な音で騒々しい工房の中を楽しそうに見学している。
数分後、少女は再びアルウが制作している作業場に戻ってくると、
「オシレイオンに納めるオシリスを見たいわ」
澄んだ瞳を輝かせながらリクエストした。
どうやら少女の目的はオシリスの像のようだ。
アルウは相変わらず少女には目もくれないで、
「オシリスは一番奥のアトリエで制作中だよ」
と素っ気なく返事して、黙々とオシリスのレリーフの下絵を描き続けた。
すると少女は嬉しそうに、
「ありがとう」
とひとこと礼を言って、弾むように奥のアトリエに駆けていく。
アルウは少女のことなどすっかり忘れて制作を続ける。
制作のかたわら、時々、指示を仰ぎにやって来る弟子達に様々なアドバイスを出しているうちに、少女が来て小一時間が経っているのに気づいた。
「そういえば、さっきの女の子……」
気になったアルウは制作の手を止め、絵筆や刷毛を作業台の上に置くと、オシリスのアトリエを覗きに行った。
すると帰ったとばかり思っていた少女が、玉座に腰掛けたオシリスの前に跪き祈りを捧げている。
「きみ!」
急にアルウから声をかけられた娘は、祈りから我に返ると振り返り、ゆっくり立ち上がった。
「見事なオシリスね」
「あれからずっとここで祈っていたの?」
「オシリスと話をしていたわ」
「オシリスはなんと?」
「それは秘密よ」
少女は微笑んだ。
「これは失礼しました」
少女のお茶目な返事にアルウは笑う。
「もう完成しているように見えるけど、どこが未完成なの?」
少女はオシリスに向きなおり、玉座に腰掛けていても4メートルはありそうな大きな石像を見上げた。
「実は完成しているんだ」
アルウは少女の隣に並んで立ち一緒にオシリスを見上げる。
「え、じゃ、どうしてオシレイオンに納めないの? あたしはいつになったら拝めるのか待ち遠しくて、わざわざテーベから訪ねてきたのよ」
「オシリスから許可が出るのを待っているんだ」
「許可?」
「うん」
そう言ったきりアルウが黙ってオシリスを見上げるので、少女も同じようにオシリスを見上げた。
「オシリスから許可は下りた?」
少女がアルウの横顔を見つめながら問いかけると、アルウは黙って首を左右に振り、
「まだ駄目だって」
そう言ってオシリスを見つめ続ける。
すると少女は、
「あたしには何も聞こえないわ。どうしてあなたにだけオシリスの言葉が聞こえるの?」
と少しムキになって訊いてきた。
「感じるんだ」
アルウは真剣な眼差しで少女の黒い瞳を見つめた。
「感じる……」
少女はきょとんとしてアルウを見上げる。
「神様と話したい時は、まず心を感じることだよ。無心になってね」
「無心になれば神様の言葉が聞こえてくるの?」
「そうだよ。だから聞き取ろうと思わずに、ただ、感じるんだ。ほら、さっき君が真剣に祈っていたように」
「祈りね」
少女はオシリスを見上げ、沈黙した。
暫くしてなにか感じるものがあったのか、真顔で〝うん〟と頷いた。
少女は改めてアルウにむきなおり、
「あなたの言うとおり、オシリスは駄目って言ってるわ」
そう言ってアルウを驚かせた。
「凄いな」
「あたしも案外やるでしょう」
少女が腰に手をあてると、
「やるねー」
アルウは腕組みして大げさに感心して見せる。
「ほんとはね、言葉なんて聞こえないけど、言われたとうりにしたら、言葉では言い表せない何かを感じたの」
「それでいいんだ」
「ほんとに」
「ほんとさ。そうして心を開くと、いつかオシリスの言葉を受け止めることが出来るようになるんだよ」
「あたしがんばるわ」
「がんばらなくてもいい、自然のままでいることが大切なんだ」
「はい!」
「うん、よくできました」
「失礼よ。子供扱いしないで!」
「あ、これは失敬」
「あたしはレディーなんだから」
「畏まりました。お姫様」
「いいわ。赦してあげる」
少女は目を輝かせアルウに微笑んだ。




