春、そして未来へ
2年後の春。
ふたりが初めて出会ったあの坂に、また桜が舞い始めていた。
高校を卒業し、それぞれ進学の道を選んだ悠真と七海。
離れた大学に通うことになったけれど、週末には時間を作っては会い、あの坂の上で本を読み続けていた。
変わったこともあった。
七海の体調はまだ万全ではないけれど、安定してきている。薬の種類も減り、笑う時間が少しずつ増えてきた。
変わらないのは、彼女の優しい声と、静かに微笑む表情。
そして――
「来年、この坂に桜が咲く頃には、引っ越すんだ」
七海がぽつりと告げた。
「えっ……どこに?」
「東京。大学の近くにひとり暮らしできるくらい、体調も落ち着いてきたって、お医者さんが言ってくれて」
「すごい……! よかったね」
「うん。でもちょっと、不安もある」
「そっか……」
ふたりのあいだに、静かな風が吹いた。
それから数分がたち。
七海が小さな声で話した。
「成瀬くん」
「うん」
「一緒に住まない?」
「……え?」
「びっくりした? でもね、もう君と離れている時間が、もったいないって思うの。もちろん、急には無理って分かってる。でも……」
悠真は、七海の手をそっと握った。
「ありがとう。俺も、同じこと考えてた」
「ほんとに?」
「うん。七海といると、毎日が、ちゃんと“生きてる”って感じるんだ。だから、そばにいたい。ずっと」
ふたりはベンチに並んで座ったまま、少しの沈黙を共有した。
桜が舞い、風が過ぎる。
「ねえ、覚えてる?」
「何を?」
「最初に君と話した日。君が“君のことが気になってた”って言ってくれたとき、わたし、心の中でずっと泣いてたんだよ」
「えっ、そうだったの?」
「うん。嬉しくて。生きててよかったって、初めて心から思ったの」
悠真は七海の手をぎゅっと握りしめる。
「これからも、毎年ここに来よう。春になったら、桜の下で本を読んで、たまにキスして、君と笑っていたい」
「……うん。ぜったい、来ようね」
その日、ふたりはベンチに並んで座りながら、同じ未来を思い描いた。
遠くで電車の音が聞こえる。風の匂いは、もう春そのものだった。




