文化祭と約束
季節は少しずつ秋に向かっていた。
肌寒さと金木犀の香りが混ざる廊下を歩きながら、悠真は何度もポケットの中のスマホを確認していた。
「七海さん、今日……来るかな」
文化祭当日。
悠真たちのクラスは喫茶店を出店していた。クラスメイトたちは忙しそうに働いていて、悠真もその輪に入りながら、どこか上の空だった。
七海はまだ体調が不安定で、当日になっても「行けるかまだわからない」とだけしか言っていなかった。
そんなときだった。
「成瀬くん」
振り向くと、制服姿の七海が立っていた。
少しだけ顔色は青かったけれど、笑っていた。
「……来てくれたんだ!」
「うん。少しだけならって、お医者さんとお母さんにお願いして」
「無理してない?」
「ううん。成瀬くんに会いたかったから」
その一言で、悠真の胸がいっぱいになった。
「こっち。俺たちのクラス、喫茶店やってるんだ。ちょっとでも座れるし、落ち着けると思う」
「じゃあ、行ってみたいな。君の“日常”の中に入るの、少しだけ緊張するけど……」
「俺は、ずっと君の“日常”になりたいと思ってたよ」
七海はその言葉に一瞬目を見開いて、照れたように笑った。
⸻
クラスの喫茶店に七海が入ると、まわりの生徒たちが「おー!」と盛り上がった。
普段教室ではあまり話さない七海が来てくれたことが、クラスにとっても小さなサプライズだったようだ。
「成瀬、彼女?」「かわいい~!」と冷やかされながらも、悠真は堂々と七海の隣に座った。
「なんか、文化祭って初めてかも……」
七海がつぶやく。
「そっか。じゃあ、来年はもっと一緒にいろいろ回ろうな」
「来年……?」
「うん、来年も、再来年も。……だから、ちゃんと元気でいて」
七海は少しだけ黙ったあと、小さな声で答えた。
「うん。約束する」
その手が、机の下でそっと悠真の手を握った。
⸻
文化祭の終わり。
夕焼けの校庭で、七海は空を見上げながらぽつりと言った。
「ねえ、成瀬くん」
「ん?」
「私さ、ずっと“明日が来るのが怖い”って思ってたの。けど今は、“明日が来るのがちょっとだけ楽しみ”になってる」
悠真は黙って、彼女の肩にそっと手を置いた。
「それ、すごく嬉しい」
七海が笑って、うなずいた。
その日、ふたりは手をつないで、校門を出た。
ふたりだけの“放課後”が、少しずつ“未来”という時間に変わっていく。




