初めてのデート
「今度の土曜日、空いてる?」
放課後、坂の上での読書が一段落したころ、七海がそう言った。
悠真は、一瞬固まる。
「え……あ、うん、空いてるよ!」
「よかった。じゃあ、水族館、行かない?」
「す、水族館……?」
「私、水の中で泳ぐ魚を見るのが好きなの。なんか、ああいう世界って静かで安心するから」
七海は、少し照れたように笑った。
こうして、ふたりの“はじめての約束”は交わされた。
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土曜日。少し早めに家を出た悠真は、最寄駅で七海を待っていた。
約束の時間から2分遅れた頃、七海が現れた。
淡いブルーのワンピースに、ベージュのカーディガン。
学校とは違う服装に、悠真はちょっとだけドキッとした。
「ごめん、待った?」
「ううん、全然」
「……私服の七海さん、なんか、大人っぽいね」
「えっ……ありがと。成瀬くんも、似合ってるよ」
ふたりの顔が、同時に赤くなる。
ぎこちない空気は、電車に乗ってからもしばらく続いた。
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水族館に着くと、七海は目を輝かせて水槽の前へ走っていった。
「見て、あのクラゲ……すごくきれい」
「本当だ。透けてて、光ってるみたい」
「ね、成瀬くん」
「ん?」
「もし私がクラゲだったら、ちゃんと見つけてくれる?」
「え……?」
「何も言えなくて、漂ってばかりでも……君、気づいてくれるのかなって」
七海は、クラゲから目を離さずに言った。
悠真は、少し考えてから、真面目な声で答えた。
「見つけるよ。絶対に」
「……そっか」
そう言って、七海がふっと笑った。
その笑顔を見て、悠真はふと手を伸ばした。
迷いながら、でも思いきって、七海の手の甲に指先を触れさせる。
七海は驚いたように彼を見る。でも――逃げなかった。
そのまま、手と手が静かに重なる。
言葉じゃない何かが、ゆっくりとふたりのあいだに満ちていく。
まるで、水の中でそっと手をつないだみたいに、やわらかく、あたたかかった。
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帰り道。夕暮れのオレンジ色の中で、七海がぽつりと言う。
「ねえ、成瀬くん」
「うん?」
「今日はね、すごく楽しかった。……でも、ちょっと怖かった」
「怖かった?」
「だって、こんなに誰かと一緒にいたいって思ったの、初めてだから」
悠真は何も言えずに、ただ七海の手を、もう一度しっかり握った。
その手は、小さくて、でもしっかりと彼の掌に生きていた。




