ふたりだけの秘密
それから毎日、成瀬悠真と椎名七海は放課後の坂の上で本を読むようになった。
読み終えたページの数だけ、ふたりの距離は確かに縮まっていた。
ある日のこと。読み終えたあと、七海が少しだけ沈んだ声で言った。
「……この坂、ね。実は小さいころ、よく来てたの」
「え、そうなんだ?」
「うん。病院の帰り道、いつもお母さんとここで休んでた。昔はもっと木が少なくて、空がよく見えたんだよ」
「病院?」
七海は少しだけ間を置いて、視線を空に向けた。
「うん。わたし、小児病棟にいたの。今はもう通院だけど」
悠真は言葉を失った。
七海の笑顔は、いつも穏やかだった。でも、そこにどこか「静けさ」が混ざっているように思っていたのは、気のせいじゃなかった。
「だから、本を読むのが好きなの。身体が弱かったから、遊びに行けない日も多くて……本の中の世界だけが、自由だった」
そう言った七海の横顔は、いつもより大人びて見えた。
悠真は、何も言えなかった。何を言えばいいか分からなかった。
ただ、自分の存在が彼女の自由の一部になれたら、と強く思った。
七海がふと笑う。
「ねえ、成瀬くん」
「ん?」
「私、学校では誰ともあまり話さないようにしてたの。体調が安定しないから、変に期待させたくなかった」
「……うん」
「でも、君は毎日ここに来てくれる。約束してないのに、必ず来る。……不思議な人だね」
悠真は少しだけ笑って答えた。
「……君と会う理由が、毎日欲しかっただけだよ」
その瞬間、七海がそっと微笑んだ。
そして、まるで秘密の証みたいに、小さな声で言った。
「じゃあ、もう少しだけ私のこと知ってもいいよ。……でも、ナイショね」
それは、ふたりだけの世界が、ほんの少し広がった合図だった。




