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2人だけの読書会

次の日も、成瀬悠真はいつもの坂の上に向かっていた。

胸の中がそわそわしている。昨日、椎名七海に「一緒に本を読もう」と言われた。夢だったんじゃないかと、何度も考え直したほどだ。


ベンチには、すでに七海が座っていた。今日の彼女は白いカーディガンにチェックのスカート。文庫本を膝に乗せて、風にページをめくられている。


「成瀬くん、来たね」


「……うん」


彼はぎこちなく七海の隣に座る。心臓の鼓動がうるさいほどだ。


「この本、読んだことある?」


七海が見せてきたのは、村上春樹の『ノルウェイの森』だった。

タイトルは知っている。でも読んだことはなかった。


「ないけど、有名だよね。ちょっと難しそうって思ってた」


「でも、言葉が静かで綺麗なんだよ。登場人物の心の揺れとか、すごく繊細で……」


七海は、いつもより少しだけ早口だった。

もしかしたら、彼女も緊張してるのかもしれない。そう思ったら、少しだけ心が軽くなった。


ページを開き、七海が最初の一節を読み上げた。


「僕は37歳で、そのときボーイング747の座席に座っていた――」


彼女の声は静かで柔らかく、物語がすっと耳に入ってくる。


「……上手だね。読み聞かせ、みたい」


「ありがとう。でも、次は成瀬くんの番だよ」


「えっ、俺が?」


「交代で読もう。ひとりで読むより、ずっと面白くなるから」


手渡されたページが、やけに重く感じた。けれど、悠真はゆっくりと読み始めた。七海が、じっと耳を傾けてくれている。


風が吹くたびにページがふわりと揺れ、ふたりの距離はほんの数センチずつ、近づいていった。



日が暮れるころ、読書会は自然と終わりになった。


「……じゃあ、明日もこの続き、読もうね」


七海がそう言って立ち上がる。

その後ろ姿を見送りながら、悠真はそっと胸に手を当てた。


「明日が……楽しみって、こんな感じなんだな」

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