⑤地獄の大君主〜空挺部隊の着陸地点を確保せよ!〜
城壁に囲まれた城塞都市を空より攻めるはなかなかにむずかしいことを前回までに述べたが、今回はここをもうすこしくわしく述べてゆくものとする。
空挺部隊で降下して奇襲を行うは、着陸地点の問題が立ちはだかる。部隊がまとまって降下するにはある程度広い場所、それも開けた場所が必要というものである。輸送ドラゴンを用いるのもまた同様。──故に城壁内部への降下地点は開けた広い場所を選ぶこととなる。
問題は、それがどこかということである。──幾つか、ファンタジー世界の城塞都市を上空より捉えた資料に眼を通したところ、『中央部に位置する城の前の広場』、或いは『城の庭園』、『神殿の周囲』、もしくは『城門と城門をつなぐ大通り』、などが候補に挙げられた。
神殿と城はとりあえず同じものとする。詰めている兵力、及び戦略目標としての価値は似たようなものとみられるがためである。すると『神殿周囲、もしくは大通り』が降下地点となるであろう。
いづれも、こちらが占領すればうまみがデカい最重要確保目標にあるが、それは裏を返せば相手にとっても価値が極めて高いものである。云い換えるならば、『なんとしてでも取られてたまるか』という場所。たとえ占領したとて、敵は死に物狂いにて取り返しに来るであろう。
──激戦の予感である。
我らが榮えある空中挺身隊は、この魅力的な占領地を守り通すことができるのであろうか?
答えは、『否』である。すくなくともはじめに降下した者たちのみにては守り切ることは限りなく不可能に近いと云えよう。
ひとつは、いち度にたくさんは降りられぬということ。狭い範囲の中でそれでもなおできるだけ広い場所を選んで降りているのである。狭いことには違いない。たとえ魔王軍が強大にて、六十万だの百万だのの降下猟兵を抱えていようと、それらはいち度には降りられぬ。
故にどうしても少数の単位で降下することとなる。──すると、どうなるか? 城の付近ならば、大量に敵兵が押し寄せてくる。城は最後の砦。君主様のおわす場所。最終防衛線の守備隊や、君主を守る近衛兵団といった精鋭らがこれでもかと湧いてこよう。
いかに我らが空挺部隊が少数精鋭の集まりとて、あまりにも多勢に無勢すぎる。たとえ一騎当千のつわものとて、あまりに多数の敵を相手としては疲労が溜まり、やがて包囲、殲滅される未来が見える。──戦いは数なのだよ、兄貴ぃ。
もうひとつは、そこが開けた場所ということである。身を隠す遮蔽物なぞなにもない。敵から姿は丸見えなのである。これは城付近であろうが大通りであろうと変わらぬ。
そこへ、敵兵が建物に身を隠しながらやってくる。思わぬ伏兵に奇襲を受けてしまう危険性が高いわけである。なんとか守り切っても、待っているは過酷な市街戦である。地の利は敵にあり。──やはり包囲殲滅される未来が、眼に浮かんでくる。
故に、増援が必要なのである。いち度にすべてを降下させることが不可能な以上、戦力を幾つかの部隊に分けて段階的に送り込むのである。無論、集結させることは大前提にある。各個撃破されることを防ぐため。ある程度まとまった数を、打ち寄せる波のごとくに連続して送り込むのである。
そこで、どう送り込むか? 飛行種族らがさながら空中歩兵連隊のように固まって降りてゆくのもよいかもしれぬが、敵に竜騎士編隊がいるとそれもむずかしい。また対空魔法の弾幕の中へと生身で突っ込んでゆく危険も冒さねばならぬ。──これをやるには、そうした対空迎撃部隊を、戦闘隊や爆撃隊、或いは地上部隊にてやっつけてからのことである。
故にやはり、竜騎士編隊やワイバーン戦闘隊などの直掩を伴った大型ドラゴンによる輸送が現実的であろう。これならば強行着陸も可能であるから。
とて、できるならば離着陸可能な場所を選び、かつそこを確保しておきたい。次に来る友軍のためにも。そうなれば滑走路たり得る大通りが、最重要確保目標となる。
ではそこを占領すれば、魔王軍の勝利は目前か?──なるほど勝ちはかなり近づいた。だが次なる問題が待ち構えていたのである。
降りた後のドラゴンは、どうするのだ?
なるほどドラゴンは強力な戦力である。降下した部隊の心強いたすけとなろう。高火力のブレス、強靭かつ頑丈な肉体、強い力、リアル世界でいうところの戦車のようなはたらきがやれるかもしれぬ。
しかしながら、此度の役目を仰せつかったドラゴンはおそらく、飛翔能力に長けた者たちである。すくなくともアースドラゴンやランドドラゴン、甲鱗ワームといった地上戦を得意とする連中ではないであろう。そのような連中は航空輸送ではなく地上部隊の一員として参戦しているであろうから。
ではそうした地上戦にも空中戦にも対応できる万能型ならどうか?──それも現実的ではない。そのようなドラゴンは敵の対空陣地を攻撃する任務、或いは他部隊への火力支援にまわっているであろうから。
故に輸送ドラゴンが地上にて機甲師団のような任務を行うは不適当であるものと推測される。飛翔能力と搭載力に長けた存在。ウィンドドラゴンやストームドラゴンといった類のもの──やはり彼らの本分は地ではなく空を駆けることにあり、輸送任務に専念すべきであろう。わるい云い方をするが──地上では無駄飯喰いの役立たずと化す。
そうなれば速やかに離陸し、自陣へ引き返しふたたび輸送を行わねばならない。さもなければせっかく占領した大通りが暇を持て余したドラゴンどもで埋め尽くされて、次に来た部隊が降下できない。渋滞の発生である。──これではなんのために占領したのかわからない。まじめに戦う気があるのか? と、魔王様の怒りを買ってしまいかねぬ。
ところがそれは容易なことではない。大型ドラゴンともなれば滑走距離が長い。通りのかなりの部分を離着陸のために空けておかねばならぬ。──押し寄せる敵兵どもから。それも建物に身を隠しながら、地の利を活かして進軍してくる連中からである。
これが航空輸送の思わざる弱点にある。場所の確保、それも離着陸に適したある程度の広範囲を。
──ええい、この問題を解決できる者は我が軍にはおらぬのか? 魔王様の魂の叫びが聞こえてきそうである。ル=ケブレスやカイザードラゴンのようなエインシェントドラゴンならばそれらの問題を解決してくれそうではあるが、そのような貴重な存在、易々とは投入できぬ。だいいち希少種なのであるから、数が揃えられぬ。彼女らは主力艦や連合艦隊旗艦のような存在なのである。──したがって、彼女らは解決できる者に非ず。
では、誰か?
──それは我々にございます! と、名乗りを上げた者。それは地獄の大君主、ベルゼブルにあった。
ベルゼブル。またの名をバール=ゼ=ブブ、或いはベルゼバブ。ベル“ザ” ブールと呼ばれることもある。ああ、ビールズバブ、もしくはベルゼブュート、我らの祈りが聞こえぬか。盲目白痴の神にそうしたように、魔王様に瞳を与えたまえ。彼の異名はそれだけではない。最も広く知られ、かつ彼の存在を体現したる名──
それは『蠅の王』である。
蠅などの昆虫の中には、類稀なる飛翔能力を有する者たちがいる。トンボや蜂などがそうだ。彼らは機敏な機動性を持ち、空中に静止することすら可能である。そのような空中に於ける高機動能力を持ちながら、時に己の重量より遙かに重い芋虫などを餌として遠く離れた巣へと抱えて持ち帰ることすらある。
こうした、空中静止能力を有し、それ故に離着陸に必要な範囲がそこまで広く必要でない航空機がリアル世界にも存在す。
それが、回転翼機である。
最も有名なる回転翼機はヘリコプターにあろう。ヘリの離着陸に必要な範囲は、思っているよりは広いものであるがそれでも離陸滑走が要らぬぶん、固定翼機のそれと比べて遙かに狭い範囲で事足りる。その点に関しては、極めて便利なものである。
このような便利なものが何故、今まで述べてきたリアル世界での空挺作戦に出てこなかったのか?──それは単純な理由にて、その時代にはまだヘリがなかったからだ。ナチスドイツがつくってはいたが、工場が敵にぶっこわされるなど手間取ったことにより量産にこぎつけたのは終戦も間近に迫った頃のこと。米軍がつくって実戦に参加させたのは、いよいよ終わりが見えてきた頃のことである。
故にヘリが活躍するのは終戦後の話である。有名なのはベトナム戦争であろう。川と湿地帯、生い茂る熱帯雨林に囲まれたメコンデルタ地帯へ攻め込むに、米軍はヘリを有効活用したのである。
映画『地獄の黙示録』に、その活躍が描かれている。夜明け前に飛び立ったヘリ部隊が海岸線を越えてワグナーを流しながら進軍、護衛の戦闘ヘリや輸送ヘリにのった兵たちがベトコンゲリラの根拠地を強襲、対空砲をだまらせた後に輸送ヘリが着陸し、中から出てきた兵隊らが武器を手に敵陣へと突撃してゆく──映画のハイライトシーンである。正直、あれが見どころだ。後は退屈だ……国境を越えてカンボジア領内へ入ったところあたりから眠くなる──アイラァァイクアモーツァルト!
いや映画の感想はどうでもいい。話が脇道へ逸れたので本題に戻る。──とて、完全な余談というわけでもない。この映画にはヘリ輸送の抱える問題点も描かれているからだ。
空挺作戦の途中、負傷した先発隊の兵士を収容して野戦病院のある後方陣地へ連れて帰ろうと着陸するのであるが、そこに、一般人に化けたベトコンゲリラの一員が手榴弾を投げ込み、ヘリが乗員ごと爆破されてしまうのである。
これは固定翼機にも云えることであるが、離着陸時が最も無防備で、それ故に最も危険な、『魔の刻』なのである。このあたりは別の映画、『ブラックホークダウン』に描かれている。着陸時を対空ロケットで狙い撃ちされたのである。──このように対空砲火によわいという弱点も持っている。
故に、他部隊との連携がさらなる重要性を帯びている。事前偵察は必須である。周りに敵は隠れていないか? 離着陸時を狙い撃ちされるような場所ではないか? 着陸前に周りの敵を撃滅、最低でもとりあえず追い払っておくための火力支援も必要である。
この点を踏まえ、ベルゼブル飛行大隊の作戦行動を見てゆこう。
先発隊の占領した大通りへと、ベルゼブル率いる甲虫人或いは蠅の悪魔どもが、円陣を組んで向かってゆく。これを妨害せんとする敵の対空陣地は、空対地攻撃隊たる友軍のレッドドラゴン連隊、及びティエンルン大隊、それらの直掩たるワイバーン戦闘隊へと注意が向いており、また幾つかは彼らの手にて破壊、もしくは沈黙させられている。──その隙間を突いて、空蟲大隊は羽音も勇ましく降下していった。
先頭かつ最前縁の者が飛行場付近に潜む敵を発見。直ちにこれに対処せんとす。ベルゼブルの放った毒液が敵兵周りに撃ち込まれた。範囲攻撃故に、火力支援としては上等である。これにはたまらず、敵兵どもは撤退す。
──降下地点上空、及びその周囲の空域に敵戦闘隊の姿なし。城門付近に展開する我が方の戦闘隊と交戦中の模様。
一時的とは云え、飛行場付近は安全地帯となる。
──降下!
隊長の令一下、榮えある蠅軍団は次々と大通りに着陸。背に乗せた兵どもが突撃を開始、或いは先発隊と合流し、大通りの防衛にあたる。物資を受け取り防御陣地の設営にかかる者もいる。──ここまでは作戦成功である。
だが、無事に帰るまでが任務である。次なる者たちを連れて来なければならぬ。また負傷者も連れ帰らねばならぬ。──ドラゴンほどの搭載力はない故に、そこを回数で補わねばならぬのである。
──離陸!
幸いにして負傷者は少数。帰投に支障はないであろう。今のところ順調にすべては進んでいる。しかし油断はならぬ。離陸時は最も危険な時間のひとつなのであるから。
──離陸完了! 全軍一斉反転、帰途につけい! 周囲への警戒を厳にせよ!
撤収は迅速に行わなければならぬ。いつまた敵がふたたびやってきて対空魔法を放ってくるともわからぬからである。速やかに離れなければならぬ。──すくなくとも城壁の外、対空魔法の射程の外へと。
──だがそれでもまだ安心はできぬ! 他にも弱点が存在するのであるから!
──敵対空射程圏内より離脱!
隊長よりそのような報告を受けてもなお、ベルゼブル隊は安心できぬ。他なる弱点──彼らが眼にしたくない光景というものが、存在するのであるから。
それは──
──背後に敵! 竜騎士団からなる戦闘隊であります! 城内より新たに上がってきた模様!
そう! 彼らの他なる弱点! それは最大速度にて、大きく劣ること! ヘリは戦闘機に対しこの点では勝てぬ。航続距離にても劣る。輸送ヘリのみならず戦闘ヘリにても。──それは昆虫人らと、ドラゴンに於いてもまた同じ!
機動性にすぐれる蠅悪魔らとて、最高速度で勝てぬのならば同じこと!
「ぬわ────ッ!」
“ベルゼブル隊、帰路の途上にて敵竜騎士戦隊の追尾を受け捕捉さる。直ちに我が方の戦闘隊、これを救援にまわるも、時遅く、すでに幾らかの損害を受けたる後にあり。損害、甚大とは云えぬも軽微とも呼べず。早急に補充を要す。──畏くも魔王陛下、並びに大元帥閣下におかれましては、直ちにこれに当たらんことを期待するものであります。終”