④航空戦力はいかにして地上戦力に加わるものか
航空隊による地上攻撃と聞いて皆がまず頭に浮かぶは、なんといっても空襲にあろう。爆弾を落とすのが主であるため、現在では空爆とも呼ぶ、あれである。二次大戦に於いて東京やドレスデンが焼け野が原にされたは、1世紀近くを過ぎた今現在にても生々しい記憶にある。
このように空襲は強力ではあるが、しかしながらこれだけでは戦には勝てぬ。航空戦力は、万能ではないのである。
これは陸上部隊にても同じであり、高火力の砲をこれでもかと撃ち込んで敵陣を瓦礫の山と化しても、機甲師団が突入し蹂躙し薙ぎ払っても、それだけでは終わらぬのである。
最終的には歩兵を送り込んで占領せねば、そこでの戦いに勝ったことにはならぬのである。
この点をもうすこしくわしく説明しよう。たとえば魔王軍率いるレッドドラゴン編隊が遠方より飛来し、火炎弾ブレス爆撃にてエルフ村を焼き払ったとしよう。ここで魔王様或いは悪魔将軍は満足して地上部隊を送り込むなど、その後の行動を取らなかったとする。──すると、どうなるか?
よそのエルフ村や、或いは王都などから増援部隊が物資とともにやってくる。そして焼け跡に居座る。やがてそのうちエルフ村は再建される。或いは以前より強力な防御陣地が構築されてしまうことも充分にあり得る。──いやおそらくそうなるであろう。いち度攻め落とされているのであるから、同じ失敗はくり返さぬと備えを強化するのは当然のこと。もしそれをやらなければ、(余裕がない、或いは敢えて誘い込むためという場合を除いて)エルフ族長や王様はいよいよの暗君に他ならぬ。
魔王軍がこれを防ぐには、焼き払うや直ちにアークデーモンなりオーガなりマイナーダイミョウなり、ともかく歩兵部隊を送り込んでエルフ村を占領してしまわねばならない。こいつらが居座る限り、増援部隊はエルフ村に入れず、魔王軍を打ち負かして取り返すしかなくなってしまうのである。──これは敵に、『戦闘という行動を強要する』かたちとなっている。相手の行動を制限しているのだ。
占領は、大事なのである。
占領の大切さがわかったところで、ふたたびエルフ村を焼き払ったところへ戻る。魔王軍としては歩兵部隊を送り込んで占領しなければならない。──ところがここで、歩兵を直ちに送り込むことができないとなれば、どうなるだろうか。
たとえば魔王軍陣地とエルフ村との間にかなりの距離があるとする。そこには鬱蒼とした森が茂っている。森の中には爆裂魔法をエンチャントした罠がさながら地雷原のように撒かれており、樹々の間にはエルフ狙撃手が弓や魔法を構えてそこかしらに潜み、また、神出鬼没の陸戦部隊が忍者やゲリラのように奇襲戦法をしかけてくるともなれば、どうであろうか。──いかに精強な魔王軍とて、迅速な進軍は困難であろう。
そのような苦難の道を乗り越えてようやく村にたどり着いた時には、そこにはエルフ・王国連合軍の防御陣地が疲弊した魔王軍を待ち構えていたともなれば、眼も当てられぬ。──こういうことはリアル世界でも、わりとあった。
そのような時に、直ちに占領してしまうべく、航空戦力が用いられることがある。──とは云え、それは爆撃隊でもなければ戦闘隊でもない。無論、雷撃隊であるハズもない。
リアル世界に於いて用いられたは、輸送機である。歩兵隊を空から運んでしまおうというのである。──先ほどの魔王軍の例に当てはめれば、森を飛び越えて迂回するということである。
いわゆる、空挺部隊である。
厄介な敵陣地を迂回する目的の他には、奇襲作戦を行うときにも用いられる。ベルギーが誇るエバン=エマール要塞を、ナチスドイツは輸送グライダーであるゴータDFS230にて空から兵隊を送り込む作戦に出た。要塞の屋根にゴータは強行着陸を敢行し、中から出てきた降下猟兵たちが要塞の砲を次々に爆破。こうして要塞は無力化され、ついには陥落するに至ったのである。
また日本軍の、陸軍挺身部隊の活躍も有名である。日本軍はインドネシアのパレンバンを攻略することとなった。ここは製油施設や石油備蓄基地があり、また飛行場もある重要拠点であった。なるべく無傷でここを占領すべく、奇襲作戦を行うに至ったのである。
だがパレンバンは沿岸からじつに百キロも離れた内陸地帯にて、周りは深い熱帯雨林に囲まれている。最も手っ取り早いのは輸送路であるムシ川を遡上することであったが、それでは時間がかかりすぎ、敵に気取られて奇襲に失敗する可能性が高かった。
故に、空から攻めることを決めた。兵隊を乗せた輸送機がパレンバン上空へと飛んだ。輸送機は搭載力は高いが機動力も戦闘力もひくく、敵戦闘機からすればカモでしかない。故に戦闘機が護衛についていた。備えは万全である。
目的地上空にて輸送機の扉が開く。中から次々と挺身隊が飛び出してゆく。──そう、彼らは落下傘部隊である。藍より青い大空に、純白の花のごとくに百千もの落下傘が開く様はまこと壮観にあった。
奇襲作戦は見事に成功し、日本軍は石油地帯をその手中に収めることとなった。この時、早急に敵の飛行場も占領されている。──それは降下猟兵、及び落下傘部隊の弱点を補うためであった。
こうした空挺部隊の役目は、不意討ちである奇襲、或いは力押しの強襲作戦が主である。これらの作戦には迅速性が求められる。故に、あまり重武装はできない。いち度陸にふたたび足を着ければ、彼らは軽装歩兵となるのである。
そのため、敵が砲兵隊や機関銃隊、或いは機甲師団であった場合極めて相性がわるい。下手をすると一方的にやられてしまう。──ファンタジー世界でたとえると、弓矢しかないエルフ隊が、アースドラゴンや甲鱗ワームで構成された機甲師団、ベヒーモス連隊やリッチロード大隊を真正面から相手にできるか? というものである。
故に補給が、ひとセットである。重火器や砲が食糧や弾薬とともに送り込まれる。──これは輸送機で乗りつけるのが最も確実な方法である。故に飛行場を占領したのである。補給物資のみならず増援部隊もそこへ降りることができるがため。
無論、兵隊のように補給物資も落下傘をつけて投下できるが、しかしこれは直接乗りつけるよりも成功率が下がる。落下傘というものの特性上、風に流されるなどして狙った地点に届くとは限らないという問題を有しているのである。
落下傘による補給失敗の例としては、二次大戦で米英連合軍が行ったマーケットガーデン作戦が最も有名であろう。
空挺部隊が主体となって行われたこの奇襲作戦であるが、戦闘の進む中で部隊のひとつイギリス第一空挺師団がドイツ軍率いる敵陣真っ只中に孤立してしまう。救援部隊は来られず、やがて武器弾薬はおろか、食糧や水までもが不足するという大惨事。これらを救うべく友軍の手によって空中から補給物資が投下されたのであるが──それらのことごとくはドイツ軍陣地に落ちてしまい、味方を救うどころか敵をわざわざたすける結果を招いてしまったのである。
これは落下傘が風に煽られ流されたこともあるが、完全に包囲され、空挺師団のいた場所が極めて狭い範囲であったことも大きな理由である。
無論、すべてが敵に渡ったわけではないが、飢えと渇きに苦しむ中、まさに文字通り天の助けとばかりに降ってきた物資の箱を開けてみれば、中身は砲弾──しかも前の日にドイツ軍にぶっこわされたばかりの大砲用であったという、新手のいやがらせのような仕打ちを受けたというつまらねぇオチがつく。
最終的に空挺師団は敵陣より脱出するに成功したのであるが、将兵の7割を失って無事、全滅判定を受けることとなる。──彼らがいったいなにをしたと云うのか。
イギリス第一空挺師団の苦難についてもっと語りたいところであるが、それについて述べていくと数百万文字をもってしても語り尽くせぬ故に、ここで終いとする。──とりあえず、気になる方は映画『遠過ぎた橋』を観てください。ジェームスボンドの人つまりショーン=コネリーが演じてるのがイギリスの師団長なので。
ファンタジー世界に話を戻すと、己の身体のみにて飛ぶことができる飛行種族とて、空挺作戦は思っているほど簡単にはいかなさそうである。補給問題を解決しようとはじめから重武装化すればそれだけ飛行速度や進軍速度が鈍り、また肉体への疲労や負担も無視できず、奇襲や強襲の妨げとなるであろう。
着陸地点の問題もある。──城壁に囲まれた敵の根拠地、いわゆる城塞都市を奇襲して占領しようと仮定する。城内に飛行場でもない限り、降り立つはむずかしいであろう。
なるほど自力飛行のできる堕天使やレッサーデーモンや有翼人ならば、城内の市街地の中へと独自に降り立つことも難なくできそうに思える。──だが、いち度に大量の人員を送り込もうとすればさすがに発見されよう。城壁に詰めている見張りはめくらではないのだから。対空戦闘が行われ、奇襲は失敗してしまうであろう。
そうならぬためには、どうするか? 高速で飛来し、高空から一気に高度と速度を落として急降下する手はどうだろうか。いわゆるスラムダンク進入と呼ばれるもので、これならば敵が対空戦闘に入る前に城内へ着陸できるかもしれない。
しかしながら、それもむずかしい。速度が問題となる。速度を落とすといってもあまり極端に減速すると失速し、揚力を失って真っ逆さまに墜落してしまいかねぬ。ある程度の速度は保っておかねばならぬであろう。
そうなると今度は着陸後の制動距離が伸びてしまう。ひとりやふたりならばともかく、百千もの数ともなれば着陸場所にはある程度の広さがどうしても必要である。さもなければ着陸後に追突事故を起こしかねぬ。
ならばと散開し、城内の各所に降りればどうか? これは有効な手のように思える。これならば!──しかしそれにも難題が立ちはだかってくる。それはここが、敵陣真っ只中ということである。
発見されるや敵の兵隊が襲いかかってこよう。敵がひとりやふたりならばともかく、中隊単位でかかってこられるとまずい。多勢に無勢、またたく間に奇襲隊は各個撃破されてしまうであろう。──故にどうしても、ある程度部隊をまとまって着陸させる必要が出てくるのである。そして着陸後は速やかに部隊を集結させねばならぬ。さもなくば各個撃破されずとも、敵に包囲されてしまう。ここは城壁の中。どこにも逃げ場はない。そうなったが、最後なのである。
やはりここは大型ドラゴンに兵を乗せて強行着陸であろうか。エバン=エマール要塞を攻めたときのような強行着陸にて。対空魔法にもブレスにて幾らかは対抗できそうである。すくなくとも強襲作戦は行えるであろう。
しかし対空魔法の弾幕の他にも脅威はある。戦闘隊である。竜騎士部隊が迎撃に上がってくれば空戦は避けられぬ。これは些か分がわるい。いかにドラゴンがつよくとも、その背にたくさんの兵隊を抱えていては形勢は不利にはたらく。
では背に乗っている飛行種族が空戦に参加すればどうだろうか。さながら戦車跨乗兵のごとくに。なるほど考えは悪くはないが──ひとつ大事なことをわすれてはいないか。彼らはあくまでも軽装歩兵。相手は、竜に乗った騎兵である。これもまた、相性のわるい相手である。
そもそも空挺部隊には降下した後に敵陣を制圧、占領する大事な役目が待っている。その役目を行う前にこんなところで消耗している場合ではない! そのような役目は戦闘隊に任せておくべきである。パレンバン奇襲作戦のように、こちらも竜騎士編隊を護衛につけておくべきであろう。
まあ竜騎士部隊が敵側にいるならば──それこそパレンバンの例のように──その飛行場を奪取しにかかるのを最優先、或いは同時進行としたほうがよかろう。ともあれ敵側もそれを当然警戒しているであろうから、万が一にも察知され、防御を固められた場合、飛行場争奪は激戦となるは避けられまい。空挺部隊による奇襲は綿密な作戦を立てた上で、電撃的に行われねばならない!
意外なことであるが、ここでも城塞都市の有効性が再確認された。──ファンタジー世界の街が城壁で囲まれているは、案外と理に適ったことなのやもしれぬ。