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 ③城壁は本当に航空戦力に対し無力なのか? なんとか有効活用する手はないのか?

 リアル世界に於いて、航空戦力によって戦争のあり方が大きく変わったとされる例は多い。戦艦が主力艦の地位を航空母艦に譲り、城壁は過去の遺物と化し、要塞の脅威が大きく薄まったことなど。


 しかしながらそれらの原因は必ずしも航空機のみに限ったことではない。複合原因と呼ばれるもので、いくつもの理由が同時或いは並行して存在し、その結果廃れるに至ったというものである。


 たとえば城壁が廃れたは航空機の脅威によるものと云うよりはむしろ、強力な大砲の出現によるところが大きい。オスマントルコによる帝都コンスタンチノープル攻囲戦に於いて、ウルバン砲と呼ばれる大口径砲が、城壁を撃ち砕き騎馬軍団や歩兵連隊の侵入をたすけたという次第にある。


 とは申せ、防御壁そのものがそこで消えてなくなったわけではない。石や煉瓦(レンガ)を積んだ防御壁たる城壁は、土嚢や堤防のような厚い土壁である土塁へとかたちを変えたというわけである。これにより砲弾の衝撃をやわらげ、或いは炸裂する破片を吸収しようというわけだ。──これと似た原理が、軍艦の艦橋などに並んでいる円筒状に丸めたハンモックである。炸裂した砲弾や爆弾の破片から艦を守る、或いは跳弾と化して水兵らが死傷するのを防ぐというもので、二次大戦の途中まではよく使われていたのである。


 こうした土塁と、それまでの城壁防御を組み合わせたものが、要塞である。五稜郭はこの理論のもとに構築された城である。これらはやがて新建材であるコンクリートも取り入れられ、旅順やセヴァストポリに代表される近代要塞へとその姿を変えてゆくのである。


 セヴァストポリ要塞は堅牢なことで知られる。有名なのはクリミア戦争の時であろう。オスマントルコ率いる連合軍は十七万の兵力をもって、ロシア軍八万五千の守るこの要塞を攻め落としにかかったのである。──最終的に要塞は陥落するも、連合軍は十三万人近くの戦死者を出すに至っている。要塞とはかくも、厄介なものなのである。


 このセヴァストポリ要塞は、後にふたたび戦場となっている。今度ここを守るはソ連赤軍であり、攻める側はナチスドイツ軍であった。前回の戦いより1世紀近く経っているがため、その防御力は以前とは比較にならぬほどに上がっていた。まず、前回にはまだなかった機関銃が幾つも配備されていた。これは厄介である。歩兵であろうと騎兵であろうと、前進突撃を大きく阻むということは、旅順やヴェルダンで嫌と云うほどわからされたハズだ。


 無論、銃のみならず砲も。要塞の各所に据えつけられた砲の数々は敵をよせつけぬ。対空砲陣地も有しており、空への備えも万全だ。──陸上砲のみならず、黒海艦隊旗艦チェルヴォナ=ウクライナや、果てはガングート級戦艦より取り外された艦砲までもが要塞を守っていた。


 セヴァストポリは黒海艦隊の基地でもあるがため、海上からの支援も有している。──この難攻不落の要塞に、ドイツ軍はいかにして立ち向かったのか。


 ナチスドイツと云えば、急降下爆撃である。ドイツ空軍第8航空軍団は要塞突入前の五日間にわたり、1日に千機から千五百機という数にて要塞に爆撃を行ったのである。こんな大編隊で来られては、さすがの対空砲陣地も抵抗しきれぬ。


 この間、爆撃と同時並行にて、大小合わせて千三百という頭おかしい数の砲より放たれた弾丸が要塞へと撃ち込まれている。大口径砲には42センチガンマ砲、60センチカール砲、80センチグスタフ列車砲というのであるから、たまらぬ。攻撃終了時には要塞の外側がことごとく瓦礫の山となるほどに破壊されたも、無理もないことである。


 だが、これで要塞が陥落したわけではない。要塞内部に突入し、占領してしまわねばならぬのである。これは航空爆撃隊にはできない。無論、砲兵隊にも。この役目は歩兵でなければ、やれないのである。“最後の決は我が任務” と、『歩兵の歌』に謳われているとおりである。


 ともあれ、歩兵の突撃時にも火力支援は行われる。これは旅順要塞攻囲戦や一次大戦に於ける要塞戦から得られた教訓である。要塞突入後も、砲撃や航空爆撃は続けられたのである。


 ところが要塞はまだ陥ちぬ。突入より1週間、ついに大口径砲は弾丸をすべて撃ち尽くした。そこよりさらに1週間後には航空隊も引き上げてしまう。敵の増援を阻止、或いはソ連艦隊による要塞への補給を妨害しに別方面へまわらねばならなかったためである。──セヴァストポリ要塞が陥落し、ナチスドイツに占領されたは、歩兵突入開始よりじつに三週間後のことであった。


 この時も、攻撃側は無事では済まなかった。正確な死者数は資料によってまちまちで不明確にあるが、すくなくともかなりの損害が出たことは確実にあった。2度とふたたび以前の規模に戻ることができなかった部隊が師団単位でいくつもあり、中には攻撃部隊としてはもはや使えず後方の守備隊にまわすしかないものさえあった。それほどの被害をドイツ軍は被ったのである。──この損耗が後々まで後を引き、モスクワ占領というチョビ髭総統の野望が夢と消えたばかりか、やがてはベルリン陥落という悪夢までつながってゆくのである。


 このように、防御壁そのものの有効性は航空戦力のみによって完全に消えたわけではない。これら要塞が消えた理由は他にも存在するのである。──その最も大きな理由とは、『動けない』というところにあった。


 またしてもナチスドイツで申し訳ないが、今度はフランス攻めの話である。フランスは一次大戦より得られた苦い教訓にて、ドイツ軍を一歩も領内に入れてたまるかと、ドイツとの国境に要塞を張り巡らせたのである。さながら現代によみがえった万里の長城。それも中身は近代要塞なのである! この長大な要塞は考えた人の名をとって、『マジノ線』と呼ばれた。


 結論から云うと、マジノ線は突破された。だがアンドレ=マジノの名誉にかけて云うが、陥落したのではない。──『迂回された』のである。


 マジノ線には隙間があった。ベルギーとの国境地帯である。ここにはアルデンヌの森という、湿地まみれの森林地帯で、云わば天然の要害。ここを突破するのはむずかしいと考えられており、故にわざわざ要塞を築く必要はないとされていたのである。


 だがこのアルデンヌの森を、ドイツ機甲師団は突破した。ここからドイツ大戦車軍団が領内になだれ込み、フランスは蹂躙されるだけされた後に首都が陥落。首脳陣は英国へと亡命し、残った連中はナチの子分になった次第である。──なお後にノルマンディー上陸作戦からはじまる反攻作戦の際、今度はナチ側がマジノ線を防御拠点として使うことになるが、この時も迂回して進軍されるというつまらねぇオチがつく。


 このような弱点はあるが、海峡付近や主要航路沿岸部という、『通らないといけない場所』につくられた要塞というものは非常に厄介なものであり続けた。映画『ナバロンの要塞』の舞台になったものなどが、それである。


 完全に無用の代物(シロモノ)となり果てたわけでこそないが、その有用性が21世紀現在にては大きく下がったことは事実である。──だがそれも、機甲師団や航空戦隊などといった機動力にすぐれた部隊の存在あってこそのもの。そこに加え、主要都市の分散という防衛戦略、及び広範囲を高火力で破壊する核兵器の配備というものがあったからこそ、いよいよもって存在意義がなくなったという次第なのである。


 故にファンタジー世界に於いていかに航空戦力が充実しようと、要塞などの防御壁は完全に無用とはならぬのではないか? と考えられる。


 なるほど魔法は強力であり、砲の代わりとして使えるかもしれない。実際に砲兵のようなものとして作中にて運用している人も多くおられるであろう。──とて、城塞都市を陥落させるは生半可なことではないというは、先のセヴァストポリ要塞の例からも理解できるであろう。


 魔法はたしかに便利である。とて、その使用にも限度があるものと思われる。なるほど、ウィザードリィの『ティルトウェイト』や、ファイナルファンタジーの『フレアー』のような、核爆発魔法も存在しよう。だがそれらは、果たして街ひとつ消し飛ばして滅ぼすような、広島や長崎で使われたような運用ができるものであろうか?──人間が蒸発して壁面に影が焼きつけられ、或いは人体が溶解し、さらには深刻な放射線被害をもたらすといった酸鼻を極める光景を、ファンタジー世界に再現できるものであろうか?


 ──まあそのあたりは書き手の自由であるのだが。書きたければ書けばよいのである。


 しかしながらそのような、云わば生きた核兵器のごとき者を周囲が放っておくであろうか。間違いなく、『脅威』である。存在そのものが危険すぎる。能力がバレたが最後、世界中の皆が先手を打って殺しにくる可能性が極めて高い。殺されぬ可能性はかなり低くとも決してゼロではなく、生き残る方法もあるだろうが、それとても、おそらくはどこかしらの陣営に囲い込まれ、術者の自由というものは限りなく制限を受けるであろう。基本的人権なぞ、望むべくもない。──万一の叛逆を避けるため、四肢切断により移動の自由を奪われることも考えられよう。或いは自我すらも奪われて、もはや生体兵器の類となるやもしれぬ。


 まあそれはそれでおもしろいが──ともあれ、まあまあな割合の書き手がそうした運用方法を望まぬと仮定して先を進めるものとする。


 城壁の、有効活用である。


 ファンタジー世界に於いて、町や城を取り囲む城壁の中には、継ぎ目にあたる部分に塔が立っているものを眼にすることがあるだろう。これは完全な空想の産物ではなく、我々のいるリアル世界にもしっかりと存在したものである。これは『側防塔』、或いは『防衛塔』と呼ばれるものである。


 一見すると飾りのようにも見えるが、とんでもない。しっかりとまじめな任務を仰せつかった防御施設のひとつである。


 この役目はいろいろあるが、ひとつは、近づいてくる敵を監視するというもの。いわゆる物見櫓(ものみやぐら)である。櫓とは矢倉とも書き、戦闘に備えて矢をしまっておく倉庫でもあったが、ここは矢を放つ射手が控えている場所でもあった。


 この側防塔も同じようなはたらきをする。頂上の見張り台から射手が敵に向かって矢を放ち、塔に開いた窓は銃眼の役目を果たす。ここからも矢が放たれるというわけだ。こちらは城壁に取りついてよじ登って来ようとする敵に向けて矢を放っていたという。──陸上の敵に対する強力な防御施設となっていたわけである。


 この側防塔を、空の敵にも使えないか?


 いや充分に、使えるのである。


 またしてもナチスドイツの話になるが、ドイツの防空戦略のひとつに、強力な対空砲陣地をつくるというものがあった。そのうちのひとつに、『Flaktürm』(高射砲塔)というものがある。


 この高射砲塔、読んで字のごとく高射砲、すなわち対空砲を据えつけた塔である。屋上、及び側面へベランダ状に張り出した台座に、これでもかと対空砲や対空機銃が上空へとにらみを効かせているのである。


 塔という高所に備えた理由としては、機甲師団などの強力な陸上機動部隊の突入にて対空砲陣地が壊滅するを避けるというものでもあれば、遮蔽物のない高所に砲を置くことによる利点もあったがためである。まわりに高い建物がなければ、射角が自由にとれるのである。


 これと城壁とを組み合わせてみれば、どうか? つまり城壁にそびえる側防塔を、高射砲塔化するのである!


 銃火器を用いぬならば、先ほどからしつこいくらいに出てくる射手や、もしくは魔法使いを用いるのが妥当なところであろう。──対空砲火の代わりとなるは、やはり魔法であると思われるが故に。


 そもそも対空砲とは、砲弾そのものを航空機にぶつけるものではない。発射した砲弾は上空にて炸裂し、飛び散った破片を航空機に当てるものなのである。


 故に爆裂魔法、或いは範囲攻撃能力を有する魔法が、対空砲の代わりとなるものと考えられる。


 しかしながらこれら対空砲の命中率はそこまで高くはない。だいたい千発撃って三発くらい当たるといったところである。故に対空砲は数を揃えて弾幕を張って運用するのである。


 対空魔法弾が現実の対空砲と同じくらいの命中率と仮定すれば、対空要員としてかなりの数の魔法使いが必要となる。これはたいへんなことかもしれぬが──しかしながら逆によい効果をもたらすとも考えられる。魔法使いの需要である。


 昨今のファンタジー作品にては、魔法使いを養成する学校が登場する者も多い。そのような育成機関の規模や数、或いは卒業率にもよるが、かなりの数の魔法使いが量産されていると考えてよかろう。


 そうなると、卒業後の雇用問題が出てくる。治癒や回復の魔法を用いる者は医者や看護婦、軍医や衛生兵として引く手数多にあろうが、攻撃魔法専門の者はどこへ就職するのか?


 冒険者の一員となるにしても、なかなかにそれは険しい道。冒険者は不安定な職と云える。組む相手が見つからず、いつ来るかわからぬ相手を待って酒場で飲んだくれる日々が続く……運良く組む相手が見つかってパーティの一員となれども、ひと度リーダーの機嫌を損ねると装備を剥ぎ取られて追放される……という、就職難民或いは失業者問題というものを内包しているとみてよかろう。


 そのような攻撃魔法専門家の受け皿となるが、軍である。先に述べた対空要員など数を揃える必要があるため、かなりの数が必要とされるであろう。リアル世界でいう砲兵としての需要も高いであろう。


 今回はここまで。

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