①ファンタジー飛行生物は実際に空を飛べるのか? または彼らはいかにして飛行する力を得ているのか
ファンタジー世界の住人は多種多様である。二足歩行する犬猫のような獣人もいれば、数多くの魔法を使いこなすエルフや、強靭かつ筋肉のかたまりである巨体を誇るオークや鬼など、挙げればキリがないほどに。
そうした住人らの中には、飛行能力を有する者たちもいる。飛翔爬虫生物たるドラゴンやドレイク、或いはワイバーンといった魔獣の他、天使や有翼人、悪魔や堕天使といったような、『飛行能力を有した人間型の生き物』までも。
ここでひとつの疑問が生ずる。「そのような飛行能力を有する者らの存在する世界に於いては空戦前提で戦争が発展してゆくのではないか?」と。──或いはそこより派生し、「ファンタジー世界に見られる城塞都市は航空戦力に対し無力、或いは『無意味』なのではないか?」と。
それらの疑問に対し、幾らかの科学的な見地に基づいた視点より、解説及び返答をなしてゆこうと思うものである。
先に述べた飛翔生物、ドラゴンにせよ悪魔にせよ、それらのほぼすべては、『翼を有している』ものであり、『その翼をもって飛行能力を得ている』とまず定義しよう。この前提に立って、以下に論を進めるものとする。
無論、例外もあるが。たとえばその両手をもって頭上にて槍を回転させ、回転翼機のように飛行する者もいようし、飛行魔法なるもので空中に浮遊し、アメリカヒーローや空想科学世界の超人のように翼を用いず飛行する者もいよう。──だがここでは、それらは『あくまでも例外』として、除外するものとする。
では翼をもって飛行する仕組みについて述べてゆく。翼のはたらきのひとつに、『揚力を得る』というものがある。揚力とは簡単に云うと上向きに持ち上げる力である。この場合己の身体を空中へ持ち上げる力、云い換えれば『空へと浮かぶ力』である。
この揚力を得る源は、空気の流れ。すなわち『風』である。これは実際に実験してみるとわかりやすい──下敷き、或いは薄い本などを己の身体の前に斜めに向けて持ってみよう。そのまま前方へと疾走、或いは強い向かい風に向かって立ってみよう。すると下敷きが自然と上向きに持ち上がってくるのが体験できると思う。
これが揚力である。これをもって、鳥や飛行機はまず空へと浮かぶことができるのである。有翼人やドラゴンも、この原理にて飛行していると説明できるであろう。
さてその揚力は、下向きに打ち下ろされる翼の動きにても得られる。反動にて浮き上がるということだ。先に述べた回転翼機も、打ち下ろしと回転という違いはあれど、原則は同じというわけである。
この打ち下ろしと向かい風の違いは、鳥を例にしてみるとわかりやすいであろう。小鳥、或いはカラスどもを注意深く観察していると、まず足にて地面を蹴って軽く跳躍し、そこから羽ばたきをもって飛行に入っているのがわかるであろう。「まず地より離れる」、これが飛行に対し重要な意味をもっている。
これは自動車の運転を例にとってみるとわかりやすいかもしれぬ。自動車がまず1速で発進し、段階的にギアを上げてゆくのは何故か? 速度のはやい4速や5速で発進しないのは何故かという理由に通ずるところがある。──それは、高速ギアは速度ははやいが物を動かす力がよわいためである。速度を乗せる前にまずは1トンにもなる自動車自身を、停止状態からまず動かしてやる必要がある。それが速度はおそいが力のつよい1速の役目である。
動きさえすれば、次第に慣性がはたらいてくるのである。ひと度慣性が乗ってくれば次第に力は必要がなくなってゆく。勝手に動き出すからだ。──この1速にあたるのが、跳躍というわけだ。己の身体を大地より、まず動かしてやるはたらきなのである。
ところが、鳥の種類によってはこの飛びかたを取らぬものがいる。有名なのはアホウドリである。これは大型鳥類であり、ただ跳躍したのみにては不充分、いかに羽ばたこうとも空へと飛び立つことができぬのである。
では彼らはどうしているか?
その答えは、『離陸滑走』である。
飛行機(固定翼機)は、まず地上を走行し、加速してから離陸してゆくものであるが、アホウドリもこれをやる。しばらく地上を走ってからでないと、彼らは離陸できぬのである。
これは先に述べた下敷きの実験のように、向かい風をもってその翼に揚力を得ているのである。アホウドリは滑走して己の身体を浮かせる力を得てからはじめて、跳躍し空へと舞い上がるわけだ。飛行機ではこのはたらきは機首を上げることによって行われる。
このあたりは高校の物理の授業でやると思われる。まっすぐな矢印に向き合うななめの矢印から上向きの矢印を書く、アレである。ベラルーシだったかベイルートだったかベイエリアだったか……いやベルヌーイの定理を使うやつである。
ともあれ高校物理の授業の矢印を使うやつで考えれば、向かい風に対する速度でどれだけの向かい風を受けるか、及びどれだけの揚力を得られるかが求められる。そこに加速と速度とを当てはめていけば離陸に必要な滑走距離を弾き出すこともできる。──理数系学問とはかくも便利なものであるか。
さてなぜこのような高度な理数系学問を持ち出してきたのかと申せば、「充分な揚力を得られれば飛べる」ということを理解していただきたいがためである。猛烈な颱風で犬や牛が風に飛ばされているのを映像かなにかで見たことがある読者諸兄もおられるであろうが、つまりはそういうことである。
極端な話、充分な揚力さえ得られればサメでも下駄でも空を飛ぶのである。その方法が跳躍からの羽ばたきか、槍や回転力による下向きの風によるか、向かい風を受けるために滑走するか、という違いでしかない。
故によく云われる、「超大型爬虫生物であるドラゴンが空を飛ぶのは物理的に可能か?」という問いに関しては、「可能である」という返答がなされる。最大重量六百トンもに達するアントノフ・ムリーヤという超大型航空機が実際に空を飛んでいたのであるから。──くり返しになるが、充分な揚力さえ得られればサメでも超大型爬虫生物でも六百トンの金属のかたまりでも空を飛べるのである。
その揚力を得る方法のひとつとして離陸滑走が行われるわけであるが、当然ながら飛ぶ者の重量が大きくなればなるほど長くなる。その距離を短縮するには、向かい風を受けることが必要である。アホウドリも飛行機もアゲインストの風に向かって走っているわけである。このあたりはゴルフボールとは逆だと考えれば、理解がはやいと思われる。向かい風が強くなればなるほど、飛ぶ者の力や重量が変わらぬ限り、滑走距離はみじかくなるのである。
この向かい風を利用して滑走距離をさらに縮める方法がある。それは滑走速度を速めること。しかしこれには限度がある。生物の力にはどうしても限界があり、また耐久力の問題もある。一定の速度を超えると下手をすると空気抵抗に身体が負けてばらばらになってしまいかねぬ。
そこで、滑走路そのものを動かすという手がある。これが航空母艦である。母艦つまり艦自体が風上へ向けて全力航行することにより、向かい風に艦の速力を足した風速を航空機に与えるのである。──これにより、陸上滑走路が二千メートル必要なところが、二百何十メートルしかない航空甲板から飛行機を飛ばすことができるというわけだ。
母艦から飛ばす方法はまだあり、ひとつは射出機を使うこと。さながら砲弾を撃ち出すように、揚力を得るに充分な速度まで加速させた上で空へと射ち出してやるわけである。
もうひとつは坂を利用すること。空母の中には航空甲板の先端部がまるでスキーのジャンプ台のように坂道になっているものがあるが、これも空中へと放り出してやるための工夫のひとつである。
航空母艦の場合登り坂となっているが、アホウドリや大型の猛禽などは下り坂を用いることがある。重力による加速、或いは山岳の峰に沿って上昇する気流に乗って揚力を得るという次第である。
このように、科学的見地に立った視点からでも、飛行生物を飛ばすことは可能である。──魔法に頼りすぎることなく、読者諸兄もファンタジー生物を空へと飛ばしてみないか。