5.追い上げられる
「白、上段突き有効!」
諏藤 5―3 其倉
まずいですね。はっきり作戦を絞ってきたようです。リードされて開き直りましたか?
諏藤が推測した通り其倉は落ち着きを取り戻し作戦を絞って遂行してきた。
其倉の作戦は以下の通りだ。
先ずは姿勢を正し、大きなステップを封印して少しずつ歩を進める。
そして隙を見せないよう注意を払いながらリーチ差と経験を活かして距離を合わせる。
最後は小さなステップからの右上段突きで仕留める。
利き手でない左の突きや、コントロールの利かない上段回し蹴りは捨て、攻撃はコントロールの利く右の突きのみとして強打反則のリスクを減らした。
「エアアア!」
そして再度其倉の上段突きが決まった。
諏藤 5―4 其倉
諏藤も左上段突きや左中段回し蹴りで反撃するがポイント獲得には至らない。
特に左中段回し蹴りは最初にポイントを取った直後は其倉はバックステップで躱していたが、今はその場から動かず右腕前腕の肘に近い部分を諏藤の脛に叩き付けるようにブロックしてくる。
タイミングを掴まれたようだ。
再開後、諏藤は攻撃を仕掛けてはバックかサイドに大きくステップして間合いを外す作戦に出たが、やはりジリジリと詰められ気付けばコーナーに追い詰められていた。
あ、……
「エアアア!」
後ろに副審がいるのでバックステップで凌げないことに諏藤が気付いた瞬間、其倉の右上段突きが決められた。
◇◆◇
諏藤 5ー5 其倉
「追いつかれちゃったっすよ!」
「いや、違う」
「へ?」
「今回のルールは同ポイントの場合、最初の1ポイントを先取した方が勝ちになる。追いつかれたんじゃなくて逆転されたんだ」
「えええ!?どうにかなんないんすか?」
「ううん……」
麻岐部はそれ程寸止ルールの試合を見てきたわけではないが、諏藤が突きを打つ前に相手が自分の突きを打てる状態を作っているのは判る。
リーチ差があるため打ち終わりをカウンターで狙うこともできない。
「あ、また中段回し蹴りをブロックされたっすよ。くそお、あんな腕ぶつけるようなブロック、諏藤さんが本気で蹴れば弾き飛ばせるのに」
「寸止ルールで無理を言うな」
……ん?
「狙えるかもしれない」
「え?何すか?」
「相手は中段回し蹴りを躱さずに腕で受けるようになった。あの距離なら中段回し蹴りと見せかけて上段回し蹴りを狙える」
「諏藤さんはそのことに」
「気付いてるとは思うけど……」
攻防が続き、時間が過ぎていく。
そして諏藤が何度目かの左中段回し蹴りの体勢に入る。
だがそれまでと上体や蹴り出しの角度が僅かに違う。
左上段回し蹴り!
だが、その折りたたまれた膝が伸びる前に其倉の腕がその左脛に叩きつけられブロックされる。
万事休すか——