09 神様、ボスを討伐する
狼の群れなんてさっきのスライムなんかよりよっぽど楽勝だ。何も考えないで殴っているだけでダメージを受けてくれるからな。
でもスライムは5匹でしょ?
「流石にこの数は多すぎない?」
私たちに襲いかかってくる狼たちの勢いは止まる事を知らなかった。すでに100匹は倒しただろうか、私は大丈夫だがアルディックの体力が心配だ。
本当に武器を持ってくればよかったな、今の絵だと完全に拳で殴る武闘派貴族令嬢だぞ。
「おい!大丈夫かセリアナ!」
狼の鳴き声に混じって人の発する声が聞こえてきた。
声の方を見ればアルディックがギリギリの戦いをしていた。
「集中を切らしちゃだめ!『ふぁいあぼぉる』」
高速で放たれた炎がアルディックに向かっていた狼を貫く。
「すまん助かった!そっちは大丈夫なのか?」
「私は大丈夫だけど!そっちこそ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない!今すぐにでもこいつらを片付けて欲しい気分だ。」
「やっちゃっていいの?」
「ああ、今回はやむを得ない。」
「わかった、じゃあ離れてて。」
私がそう言うとアルディックは後ろに下がった。これだけの距離があれば安全面は十分だろう。
この世界に生まれて初めて神の力を敵に向ける。しっかりと狙って…
ああもういいやめんどくさい。
『ふれいむのぉと』
体を巡る力を一点に集め、圧縮して放つ。
何も考えずとにかく威力を重視した炎魔法(自称)だ。これに耐えられたら拍手喝采ものだ。
そしてしばらくして炎は消える、そこには大量の焼けた狼の骸と未だに燃えている数十匹の狼の姿があった。
「ねえ、なんでこんなに残ってるの?」
「これだけ減らせれば十分だろ。」
そういうアルディックの目には光がないように感じられた。流石にやりすぎたようだ。
「残りはどうするの?」
残った狼は瀕死の体を無理やり動かして陣形を組み直していた。
「このまま焼かれるより今のうちに倒しておいたほうが楽だろ。『サンダー』」
アルディックの手から稲妻が放たれ一直線に狼に向かう。そして狼にあたった瞬間近くにいた狼にも感電した。
感電を繰り返し、やがて残っていた狼全てが感電した。
「雷属性ってそういうこともできたんだ。」
「ああ、まとまっている相手には便利だぞ。」
「便利って言われても私は使えないから。」
「ほんとか?なんかお前なら使えてもおかしくなさそうなんだよな。」
「そんな訳ないじゃない、3属性でも前代未聞なのに4属性とかどうなるのよ。」
嘘です。多分全属性使えます。
「各国で取り合いが起こるだろうな。」
冗談でもそんなことは言わないでほしい、私がほしいのは平穏なのだ。
そんな恐ろしい会話をしながら私たちはダンジョンの奥へと進んでいく。どうやら下へ下がっていくタイプのダンジョンのようだ。
当然のように奥へ行けば行くほど敵は強くなっていったが、やはり最初の狼の大群が一番手強かった。
やっぱりアルディック一人で向かわなせなくてよかった、私がいなかったら本当に危なかった。
流石は初級ダンジョンと言ったところだろうか、最初の狼以外特に苦戦するところがなかった。
そしてそのまま最下層、ボス部屋までたどり着いてしまったようだ。
溶岩が所々にあり、地面自体も熱で赤くなっている。
そして中心には赤を基調としたドラゴンのような生物が鎮座していた。
「なあセリアナ、こいつ絶対ボスだよな。」
「そうねアルディック、私もそう思う。」
「どうする?引き返すか?今ならまだ間に合うぞ。」
「少し待ってて、考えるから。」
「ああ、ゆっくり考えてくれ。」
アルディックから時間がもらえたことだしとりあえず考えるとしよう。
まず目の前のドラゴン、あれはおそらく【炎天の飛龍】で間違いない。何度か文献で読んだことがある程度だが、神話の時代から生きているとかなんとか。
なんでそんなのが初級ダンジョンにいるの?意味わかんない。
ただ強さ的にはアルディック一人でギリギリ倒せる程度だ。私が横で手助けすれば何も問題ないだろう。
よし、決めた。こいつを倒そう。
「決めた、私たちでこいつを倒すことにする。」
「勝算はあるか?」
「もちろん、私でも勝算の無い戦いはしないから。」
「わかった、俺はセリアナを信じるからな。」
私たちはその龍へ向かって歩き始める。近づけば近づくほど温度が高くなる。流石は炎天の名前を持っているだけはあるな。
そして大体10mの距離まで近づいたところでそれは動き出した。
「よく来たな、勇敢なる人間よ。我に怯えず向かってくるその心意気、称賛しよう。」
「魔物が喋った!?」
喋りかけてくるドラゴンと驚くアルディック、なかなかレアな絵面だ。
「魔物如きと我を同一視するなど笑止千万、我は太古の時代から生けし古龍よ。」
「古龍というより神では?」
あまりにも重症だったので流石にツッコミを入れる。
「そうなのか!?」
アルディックが食いついてきた。言葉選びを間違えたかもしれない。
「よく気づいたな小娘よ、我の真なる力を見抜くとは褒めて遣わす。」
うん、後輩のことなんて覚えてて当然だ。向こうは絶対覚えていないだろうが。
「だが、おしゃべりの時間は終わりだ。」
古龍が尻尾を振り上げる。それを見て私とアルディックも戦闘態勢を取る。
「行くぞセリアナ!」
「うん、任せて。」
その尻尾が振り下ろされたと同時に戦いが始まった。
巨体に見合わないスピードで繰り出される攻撃を避けながら私たちは反撃をする。
アルディックお得意の雷魔法や私の手加減をして放った炎を古龍は全て弾いてしまう。
口から吐き出されたブレスを避ける。ブレスが当たった所は溶岩のようにドロドロに溶けている。こんなの当たったら即死だ。
「残念だったな!貴様ら程度では我に傷をつけることなどできぬのだ!」
「アルディック!」
その声が聞こえたと同時にアルディックに古龍の腕が迫る。だが空中落下している彼に避ける術はない。
ああもうこれだからダンジョンって危険なのよ。
私はアルディックと同じ位置まで飛び上がり、そのままアルディックを押し飛ばす。
「おい!何をしてるんだ!」
「ごめんねアルディック、でもこうするしかないんだ。」
彼が古龍の攻撃範囲から出たところで私と古龍の腕が接触する。
ただ私も簡単に攻撃は受けてやらない。空中で姿勢を直して拳を突き出す。
「バカめ!そんな小さな体で何ができるというのだ!」
おい、結構気にしてることなんだぞ。
私の拳と古龍の拳が正面からぶつかる。ありえないくらいの大きさの衝撃波が発生し、拮抗状態になった。
「馬鹿力ね、何を食べたらそんなことになるの。」
「小娘こそ!我の力と互角など本当に人間か?」
「当たり前じゃない、私は人間よ。」
「そうか、あくまでも白を切るか!」
その瞬間、古龍の力が大幅に増した。まずい、このままだと押し切られる。
いや、なんで私はそんなに熱くなっているんだ。別にこれと張り合う必要なんてないじゃないか。
そう考えて私はあえてこの状態で吹き飛ばされる。
音を置いていくほどの速度で私は壁に叩きつけられ、そのまま地面に落ちる。
人生初ダメージは、古龍の攻撃でした。
「いたた、流石に音速はだめだったか。」
私は座り込んで背中を擦る。まだ少し痛いが、なんとか大丈夫そうだ。力で押し負けたのは初めてじゃないだろうか、少しムカついてきた。借りは確実に返してやろう。
『斬理刀 神無月』
私が前世で愛用していた刀。数多の神々を斬り裂き、骸へ変えて行った。
それを手に取り、私は立ち上がる。
「セリアナ!大丈夫か!?」
地面に落ちてすぐにアルディックが駆け寄って来た。
「大丈夫よ、少し怪我しちゃったみたいだけど。」
「セリアナが怪我をしただと…本気で言っているのか!?」
「私だって人間なのよ?」
「そうだな。ただ規格外なだけで普通の人間だもんな。」
心配しているのかしていないのかどっちなんだ。
私のそんな考えなんて気にも留めず、アルディックは踵を返す。
「ちょっと、どこに行こうとしてるの?」
「決まってるだろ、あのデカブツの所だ。」
「私が行かせると思ってるの?」
「たまにはいいだろ。俺にも格好つけさせてくれ。」
あの古龍の重症が移ったのだろうか、こうなってしまっては止められないな。
「わかった。でも行くならこれを使って。」
私は刀をアルディックの前に投げる。1回転した刀は地面に突き刺さる。
「これは、剣か?」
「そんなものよ。お店で売っているものより圧倒的に切れることを保証するわ。」
「そうか、ならありがたく使わせてもらおう。」
アルディックは奥へと歩いていく。その背中はどこかたくましくて、そして優しさを感じた。
「終わったら、ちゃんと返してね?」
彼は私のそんな言葉に頷いたような気がした。
「ほう、小娘の次は貴様が出てくるか。小僧。」
「悪いな、残念なことに俺のほうがセリアナより身長は上だ。」
「我からしたら人族の身長なんてほとんど同じものよ。」
「知るか。実数値を見てから言うんだな。」
「貴様、面白いことを言うな。我を恐れず勇敢に立ち向かうその勇姿、とくと付き合おう。」
龍の視線が俺に注がれる、はっきり言って怖い。
当たり前だ。自分の何倍もの大きさのある存在に見つめられて恐怖を感じないほうがおかしい。
だが、格好つけて出てきた以上ここで引くわけには絶対にいかない。
「行くぞ!」
セリアナから受け取った剣を構え、自分を奮い立たせるように声を張り上げる。こいつの構え方は持った瞬間からなんとなく頭に浮かんできた。
「来い!全力で相手をしてやろう。」
そう言って尻尾が振り下ろされる。可能性を作るなら今しか無い。
俺は走り出す。龍が腕を振り下ろしたりブレスを吐いたりして俺のことを止めようとしてくるが、もう遅い。
飛び上がって剣を上に振り上げる。恐ろしく軽い刀身は素直に持ち上がった。
そしてそのまま俺は剣を振り下ろす。古龍が受け止めようと腕を俺に向けたがもう遅い。
「食らいやがれ!」
雄叫びにも近いその声と共に俺の持った剣が古龍の腕を引き裂く。そのまま3段切りをお見舞いしてやる。
腕を割いた勢いのまま近づき剣先が古龍の体に触れる。やるなら今しかない。
1段目は左から右へ真横の一線。2段目は右から左下へ振り下ろす一線。そして3段目は左下から右下へ切り上げる一線
軌跡は光り輝き、古龍の体を斬った感覚が確かにあった。
「馬鹿な!我が人族如きに負けるだと!?」
古龍は崩れながら話しかけてくる。そんな状態で話せるとはどれだけ強いんだ。
「人族如きなんかじゃない。知恵を持ち、思考をし、不可能を可能にする種族なんだ。」
「ハハハ、不可能を可能にか!面白い事を言うな!
一つ教えてやろう、貴様はここで神を殺した!神殺しのその力、どう使うかは貴様次第だ!」
「言いたいことはそれだけか?」
「ああ、もうない。」
「悪いな。これは、俺の力じゃない。」
剣を横に薙ぐ、その斬撃は崩れかけている古龍に命中し砂のように崩れた。灼熱のように赤くなっていた地面は瞬く間に黒くなり、温度が正常に戻った事を示していた。
「終わったの?アルディック。」
「ああ、しっかり倒したぞ。」
「流石ね、神話時代の古龍を倒しちゃうなんて。」
「いや、お前のおかげだ。お前があの剣を渡してくれなかったら多分俺は負けていた。」
「あ、それ貴重だから返して。」
「わ、わかった。」
セリアナに急かされたので俺は剣を地面に刺す。
「ありがとう。壊れてないよね?」
「そりゃ壊すわけないだろ。」
「冗談よ、私の剣がこの程度で壊れるわけないじゃない。」
「この程度って、神を斬ったんだぞ?」
「やっぱり今のなし、気にしないで。」
「わかったよ。」
セリアナ、今のは流石に無理があるぞ。
「帰りましょう、多分もうここには何もないと思うし。」
「そうだな、帰ろう。」
入ってきた道とは逆をセリアナを前にして歩く。
彼女の小さな足取りに合わせていると、時々思うことがある。
体の大きさに見合わないくらいの力を持っていて、さらに周りから恐れられている。そんなセリアナも、年相応の少女のようなところがあるのだ。
そんなセリアナの事を、俺は好きなのかもしれない。