05 神様、話し相手ができる
野外訓練が始まるまでは静かだった私の学園生活にも、あれ以来少しにぎやかになっていた。
なんと、私にも名前で呼び合える話し相手ができたのだ。
そんなわけで今日も私は彼とお話をする。
「ねえアルディック。」
「なんだ、セリアナ。」
「暇すぎて死にそうなんだけど。」
「暇なのは同意するが簡単に死ぬとか言うな。そもそもお前は簡単には死なないだろ。」
「確かにそうかもね、何なら死んでも死ななさそう。」
「だろうな。」
なんというか、物騒な会話である。まそんな冗談めいた話を言い合えるあたり、私とアルディックの仲はそれなりにいいんだろう。
「あ、死ぬ死なないの話して思い出したんだけど、今日の剣の授業の時にペアになってくれない?」
「死ぬ死なないで思い出すって、お前はどういう気持ちで授業に望んでいるんだ。もちろんペアになるのはいいが。」
「手加減に失敗したら死ぬ、成功したら死なない。みたいな?
もちろん冗談だけどね」
「冗談に聞こえない。」
「大丈夫、最近は手加減できるようになったから。」
「そうだな、昔は学園創立以来一度も破壊されたことのない的を破壊してたもんな。」
「あ、それ本当に思い出したくない。」
あの時は本当に最悪だった。周りの人間には引かれてしまった。
挙げ句の果には王城に呼び出しまで受けてしまったのだ。
もう私のことを災害とでも認識してるんじゃないんだろうか。
思い出しただけでもイラついて来た。いっそのこと滅ぼしてしまったほうが楽になるんじゃないだろうか。
「思い出させた俺も悪かったが、怒りに任せてこの国を滅ぼすとかはダメだからな?」
「いやいや、そんなことしないから。それに滅ぼすならアルディックを範囲外に逃してからよ。」
何故かバレていた。
「やっぱり考えてたんだな。」
「そうだけど、なんでアルディックはわかったの?」
「顔に出てたからな。」
あれ、私って年中真顔で有名なはずなんだが。すごいなアルディック、私でも自分の顔で何考えてるか読み取れなかったんだぞ。
「ところでセリアナ、さっき俺のことは逃がすと言ったか両親とかはどうするんだ?」
「もちろんそのまま滅ぼすわよ。」
「お前には慈悲という言葉がないのか?」
「もちろんあるわよ。でも私は親と生まれてから一度も会ってないから慈悲なんていらないの。」
「親と会ったことがない?それはどういうことだ?」
おっと、なにか言ってはいけないことを言ってしまったようだ、アルディックの食いつきがすごい。
「ほら、私ってみんなから避けられてるでしょ?それは私の親だって同じってことよ。」
「そうか、辛かっただろうに…」
あれ、なんか私より辛そうな顔をしてる人がいる。
「気にしないでアルディック、私は気にしてないから。」
「本当か?親への恨みで王都を焼くとかそんなこと考えないよな?」
「考えるわけないじゃない、私には名前で呼び合える人がいれば十分よ。」
「そうか、ならよかった。」
なんか重い話になってしまった、とりあえず軌道修正しなくては。
「ねえ、やっぱりこの後の剣の授業の時に打ち合いじゃなくて剣術を教えてくれない?」
「別にいいが、急にどうしたんだ?」
「私ね思ったの。あなたみたいに上手に剣を使えたら魔法以外でも戦いやすくなるんじゃないかなって。」
「これ以上強くなってどうするんだよ。」
「さぁ?どうするんだろ。」
嘘です。 このあと大量に敵が出てきます。
「セリアナが強くなりたいと言うなら俺は止めないが、程々にな。」
「わかってる。」
なんでアルディックは私のしようとすることが分かるの?こわい。
「とりあえず、そろそろ訓練場へ行かない?」
「ああ、そうしよう。」
私の言葉に頷いたアルディックは歩き始める。
彼の後ろについて行くように私も歩き始める。彼の方が私より10cmくらい大きいのでついて行くのは少し大変だ。
そして、いつも通り私はアルディックについて行く。巷では懐いている子犬のようだと言われているが、聞こえているからな。私は地獄耳なのだよ。
色々思うところはあるが、とりあえず私たちは無事に訓練場にたどり着いた。
無事というのは私に恨みを持った人間が襲ってくるかもしれないからである。
「おい、また変なことを考えてないか?」
「考えてないわよ、最近なんでもかんでも私のせいにしてない?」
「いや、それはすまん。」
「別に気にしないわよ、私に話しかけてくれるだけでも結構嬉しいし。」
あれ、今私なんて言った?何か無茶苦茶恥ずかしいことを言ったような気がする。
こんな時、どんな表情をしてアルディックの方を見ればいいかわからない私は俯く。
あ、でもよくよく考えたら私の表情ってほとんど変わらないし見ても大丈夫か。
とりあえず言おう、ものすごく気まずい!
そんなよくわからない空気の中、授業の始まりを告げる鐘が鳴り響くのだった。
授業が始まってからは先ほどまでの空気感は消え、私とアルディックは普通に話していた。
「セリアナ、お前は剣の才能でもあるのか?」
「多分あるんじゃない?私はそこまで剣に触ったことないし。」
嘘です。私は前世で剣は2番目くらいのかなりの高頻度で使っていた。
ちなみに完全に余談だが私が今握っている剣は前世で使っていた刀をこの世界の木刀に見えるようにしたものだ。
私はこの刀以外を使うと剣術が絶望的なことになってしまう。さすがは私が作り出した神器だ。いつかアルディックに貸してあげるとしよう。
「とりあえず初歩的な剣術は大丈夫そうだな。これなら飛んで上級でも行けるな。」
「え、いきなり?」
「ああ、お前なら大丈夫だろ?」
「そうだけど。」
「だろうな、なら行くぞ!」
アルディックは私に有無を言わせず飛び上がり体重を載せた斬撃を放ってくる。おいおい、か弱い少女にそれはないだろう。
そんな冗談を言ってる場合じゃないな、このまま避けると恐らく物凄く怒られる。だけど受け止めると彼の剣が真っ二つになってしまう、それだけは避けねば。
そうだ、前アルディックがやっていたように受け流せばいいんだ。
私はとっさに頭上に上げていた刀に角度をつける、そのままアルディックが持つ木刀と当たった瞬間刀を体ごと横に動かし攻撃を受け流す。
危なかった、危うく人生で初めて殺人を犯す所だった。
そんないつの間にか危険に晒されていた当の本人は首を傾げながら私の方を見ている。
「やっぱりセリアナは剣術の才能があるのか?でも今の動きは完全に素人の動きじゃないよな。」
「あれ、今の動きそんなに変だった?」
「いや、変じゃないぞ。ただセリアナが素人とは思えないくらい上手な受け流し方をしたから驚いてるだけだ。
気になったんだが、本当にセリアナは剣をほとんど触ったことがないんだよな?」
「ふっふっふっ、もうバレちゃったみたいね。実は私は前世で剣豪だったのよ。」
「なるほど、本当にほとんど触ったことがないんだな。」
何その判断の仕方。冗談が全然通じてないんですけど。
でもさっきのアルディックの感は凄かったな、危うく私の前世のことが見抜かれちゃうところだった。
「本当にこれ以上俺が教えられるところがあるか怪しいが、とりあえず3段振りでもやってみるか。よく見ておけよ。」
そう言ってアルディックは私から距離を取る、どうやら集中しているらしい。なんか本気の雰囲気だ。
「行くぞ!」
そんな掛け声とともにアルディックは木刀を振るった。
1段目は左から右へ真横の一線。2段目は右から左下へ振り下ろす一線。そして3段目は左下から右下へ切り上げる一線。
その手順を美しい動作で彼は行う。これは剣術として完成されているものなのだろう。
「どうだ、できそうか?」
「ちょっと無理かも、流石にここまで上手な剣術は初めて見たし。」
「そうか、無理そうならやらなくてもいいぞ。」
「うん、そうする。」
多分できる、だけどそんなことをしてしまったらアルディックの自信を粉々に砕いてしまうだろう。そうなることは避けねば。
あれ、なんで私はアルディックのことを心配して。きっと話しているうちに愛着みたいなのが湧いたんだ、きっとそうだろう。
私は妙な気持ちを納得させて、剣の素振りを始める。
きっと誰もが思うことだろう、セリアナは手加減を覚えたと。
だが実際には刀が極限まで軽いため全力で振っても風がほとんど起きないだけなのだ。
大丈夫、アルディックにバレたとしてもきっと彼ならみんなには言わないでくれるはず。多分だけど。
「ねえ、もう一回くらい打ち合ってみたいだけど。」
「やめておけ、死者を出すつもりか?」
「そんなつもりはないわよ。殺すなら最初から全力で行かないと。」
「前々から思ってたんだが、セリアナってたまにやばいこと言うよな。」
「そう?そんなつもりはないんだけど。」
「なるほどなるほど、つまり無意識で言ってるわけか。」
「引かないでよ。」
「引いてはいない、セリアナらしいなって思っただけだ。」
「何よ、私らしいって。意味わかんない。」
よくわからないアルディックの言葉で、打ち合いたいという話は横にそらされてしまうのであった。