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俺の弟子は怪異かもしれない  作者: 雨白
杉乃木廃病院
4/4

杉乃木廃病院4(終)

 気が付いたら俺たちは病院の外にいた。月明りが木々の隙間から差し込み、さっきまでの暗さが嘘のようだった。


「……桐崎茂さんって、あなたの名前だったんですね」


「あぁ、そうだ。……とりあえず、ここから離れるか」


「……そうですね」


 冷や汗で服の中がぐちょぐちょだ。家に帰ったらシャワー浴びないとな……。そんなことを考えながら、杉乃木廃病院に背を向け、道路がある方に向かって歩く。


「改めて謝ります。すみませんでした」


「え?い、いやいいって!ほら、元はといえば俺が廃病院なんかに入ったのが悪いんだし……。むしろお前には助けられたよ。ありがとうな」


「……こういう経験、初めてって言ってましたけど、すごく落ち着いてましたよね」


「そ、そうか?」


 まぁ、確かに感情を表に出さないのは結構得意だったりするが。


「初めてです。怪異の対処法を見つけて、帰れた人」


 初めて……。ということは俺の前の人たちは……。そこまで考えて思考をやめた。


「……お前はよくこういうのに会うのか」


「週4で会います」


「週4!?」


「ああいう場所に連れていかれるのは月1くらいです」


「つ、月1 ……」


 尋常じゃなく多いな……。考えるだけで寒気が止まらない。


「そりゃあ、大変だろうな……」


「……」


 これからどうしようか。まぁ、こんな体験、めったに出来ない。この経験を利用して面白い小説が書ければ……。


 ……ふと、悪い考えが浮かんだ。……いや駄目だろ。普通に、倫理的に考えて。

 じゃあ、俺はこの先どうする?普通に生きてて、面白い何かを生み出せるだけの才能を、俺が持っているのか?


「……ちょっといいか」


「どうしました?」


『やっぱり経験かなぁ……』


 編集者の声が脳内でこだまする。あぁ、そうだよ。俺には特別な経験なんてない。俺が今までやってきたことを通ってる人間なんてごまんといる。平凡な生活、平凡な人間、平凡な人生。それで終わるはずだった。読みやすい文章が書けても、面白い物語を生み出す才能なんて無かった。


「桐崎さん?」


 さっきまでは。


「小説家なんだ。俺」


「!すごいじゃないですか。私結構本読みますよ。ジャンルは何ですか?」


「ホラーだな」


 嘘じゃない。これから書くのだから。


「ホラーか……。すみません。私ホラー小説は苦手で……」


「いや、いいんだ。読んでほしいわけじゃない。それでだな、お前には――



助手、になってほしいんだ」


「じょ、助手?」


 やめろ。


「あぁ、さっきので分かっただろ?俺はああいう場所に行っても、こうして帰ってくることができる」


「で、でもそれは毎回できるとは限らなくて――」


「俺は特別な経験が欲しいんだよ。面白い作品を書くために」


 やめろ。


「今回みたいなことが頻繁に起こるんだろ?それに他の誰かが巻き込まれることもある」


 高校生が俯く。ここは、大人としてお前のせいじゃないって言わないと駄目だろ。


「だが俺が一緒にいたらどうだ?一緒に誰かが巻き込まれたとしても帰り方が分かれば、無事に帰れる。そして俺は面白い小説を書くための経験が得られる」


 無責任なこと言ってんじゃねぇよ。


 ……沈黙が続く。最悪だ。悪い癖が出た。いつもこれだ。まるで自分じゃない誰かが勝手にしゃべってるみたいに、自分にとって都合のいい条件を相手に飲み込ませようとしてしまう。


「あ、あの」


 彼女が口を開く。


「あ、あー……。わ、わるい!今のは聞かなかったことに――」


「本当に、いいんですか」


「……え」


「わ、私!今まで、仲良くなった友達とか、家族とか、皆こういうのに巻き込まれると、絶対に私と関わらないようにするんです。ああいう場所に行くと、最後は、私がいなければ良かったのにって、言うんです」


「お、落ち着けって……」


「でも、あなたは違うんですね」


 俺は、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか。


「私、世月紗奈って言います。あ、あと、私も少しだけ小説書くの趣味で、」


 最低だ俺は。


「師匠、って呼んでもいいですか?私のことは弟子だと思ってくれていいので」


「あ、あぁ」


「!ありがとうございます」


 目を輝かせる。とはよく言ったものだ。分かってるのか。俺はお前を小説を書くための、いい材料にしようとしているだけなのに。


 


 以上が俺と世月紗奈の出会いだった。


 ……まだこの時は知らなかったんだ。この時であった怪異が、いかに単純な存在だったかなんて。

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