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俺の弟子は怪異かもしれない  作者: 雨白
杉乃木廃病院
3/4

杉乃木廃病院3

 ……いや、まだだ。考えろ。


 ここで俺が死んだりしたら、責任を感じるのはこいつだろ。


「高校生」


「! は、はい」


 体を震わせながら彼女が返事をする。


「この病院に、俺たちが今いる304号室が現実では存在しないとしたら、ここはどこだと思う?」


「え、そう、ですね……」


 高校生は少し驚いた顔をしてから考え込んだ。頭の中では相変わらずあの言葉が鳴り響く。正直、思考がまとまらない。


「……怪異にとって大事な場所です」


「大事な場所?」


「テリトリーというか、なんというか、とりあえずその怪異にとって重要な場所です。もともと存在しない場所なのに作るっていうことは、その場所がどうしても必要だった。ということなので」


 やっぱり彼女は何かを知っている。おそらくこういうことを何度も体験してきたんだろう。俺とは見えてる世界が違う。


「重要な場所……」


 仮に、奴がもともとこの病院の看護師だとする。そして目の疾患を持つ患者を受け持っていたとする。……が、この病室が存在しない場所だとすると、このカルテの患者も存在しないことになる。


 もっと情報が欲しい。再びカルテに目を落とす。日本語ではない何かで書かれたそのカルテは、相変わらずここが304号室であることと、何かしらの目の疾患であること以外理解ができない。


「高校生、このカルテ、どこまで読める?」


 彼女ならもっと何かを読み取れるかもしれない。


「えっと……。まず、患者の名前は――さんですね」


「? ……もう一度言ってもらえるか」


「――、――さんです」


 高校生の滑舌の問題でないことははっきり分かった。彼女は確かに誰かの名前を言っている。


 なのに、俺にはまるで聞き取れない。

 




『見えてますか』



 ……奴が服装通りに看護師だとする。


 この304号室が実際にはない場所だとも仮定する。


『見えてない』


 感じる異常は脳内に響く『見えてますか』という言葉と目の違和感。


『見えないはず』

 

 患者の名前は高校生には読めて、俺には読めない。


 ……なんだ。簡単じゃないか。


「……高校生、お前は、帰れるんだよな」


「! ……ごめん、なさい」


「いいんだ。ただの確認だから。俺が今からすることで、お前が帰れなくなったら嫌だからな」


「……え、あなた、いったい何を」


 俺はまだ彼女に名前を伝えていないのだ。


 残された唯一の可能性がある。一息ついてから、俺は高校生に向かってこう言った。


「俺の名前は桐崎茂だ」


 高校生は一瞬、え? という顔をする。


「あの、誰かの名前、っていうのは分かるんです。でも、」


「聞き取れなかったか」


 高校生はこくんと頷いた。


 俺が聞き取れなかったのはこの病室の患者の名前、彼女が聞き取れなかったのは俺の名前。


 この304号室は現実には存在しない可能性が高く、カルテから読み取れる、目の疾患という症状は今の俺と一致している。



 震える足を動かし、奴に体を向ける。眼球は白濁し、ほとんど何も見えない状態になっている。平衡感覚が危うい。


「ま、待って!その人は悪くない!連れていくなら私を――」


「なぁ、看護師さん」


『見えてますか』


 震える声で言葉を続ける。


「ここの病室、俺のなんだろ」


『見えてますか』


「あのカルテには俺の名前が書いてあったんだよな?」


『見えてないでしょ』


「目の疾患だって書いてある。そういう病気にして、俺を――




ここに取り入れようとした」


『見えていないはず』


 言葉を言うのも危うくなるほど、脳内にその言葉が充満する。


 見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。見えていない。









 見えていないって言え。


 誰が言うかよ。


「俺には全部見えてる。目の疾患なんてない。だから、俺はここにいなくていい」



 そう言った瞬間、目の前が暗転し、俺の意識は途絶えた。


 最後に脳内に響いた言葉は――。










『……退院おめでとうございます』

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