第二十八話 ''殺してやる''
本から発せられていた閃光がやみ、俺はそーっと目を開けた。
「うわっ!?」
なんと目の前にいたのはなんとも美しい少女だったのである。
「ど、どこだここ…?どっかの…城?」
ここはまさにドラ○エに出てくる王様が居るタイプの玉座の間のようだったのだ。
一度、周りを見渡してみる。
華やかに飾られた装飾の数々、壁にはサイ○リアにあるような絵画が掛かっているが多分こっちが本物っぽい。
やはりここは城かもしれない。
甲冑の騎士達の先、大きな玉座が三つ。
両脇にはおそらく、王様と王妃様と思われる人物、真ん中には俺が最初に目にした少女が座っていた。
王はくたりかさびらに深紅のマントを羽織っており、王妃と位置的に真ん中の子は王女だろう、二人は煌びやかなドレスを着ている。
もれなく全て高そうだ。
ほんとにこの人たちは王族の方だな…。
「それにしても…。」
この少女、見たことあるような…。
真ん中の子の顔を凝視する。
なんかつい最近見たよな…?
「ああ…美しい。我が娘は世界一美しいですわ…。」
隣にいた王妃がなにやらうっとりした様子でため息まじりに言った。
この人、親バカなのか?
「ああ、我が愛娘アンドロメダの美しさに敵う者などこの世には存在せぬな。」
え?今なんて…?
「皆もそう思うでしょ?」
王妃が騎士たちにむけて問いかける。
「はっ!!ケフェウス王とカシオペア王妃が御娘アンドロメダ王女はこの世で最も美しいと思います!!」
「ですよねですよねえ!」
なに言わせてんだ…。
しかしそう言うのも納得できる美しさをこの少女は持っていた。
俺は…この子を知ってる。
さっきこの人に感じた見覚え…。あれは本当だ。
ここに居るアンドロメダ王女と俺が出会ったアンドロメダは同一人物かもしれない。
じゃあ今見ているのはアンドロメダの過去ってことなのか?
「よして下さい父上、母上。この世界にはネレイドという海の妖精が居ると言われております。彼女らはとても美しいとされていますよ。それに比べて私などは…。」
喋る声まで一致している。
他人の空似…というわけにはいかないレベルだ。
しかしこのアンドロメダは俺と話していた時の無邪気さがない。
そりゃそうか王と王妃の御前だからな。
でも俺はあのアンドロメダの方が好きだけどなあ…。
「おお!流石我が娘。学問も修めているようだな!しかしネレイドなどという存在するかも分からぬ奴らにアンドロメダ、お前が負けるとは思えぬがな!」
「王様のいう通りですよ!たとえ存在していたとしてもネレイドなんかよりもあなたの方が美しいに決まっています!」
「二人とも…これ以上はやめて下さい。」
少しうんざりした顔でアンドロメダが二人を止める。
俺から見ててもありゃだるそうだ…。
キーン…!!
「な、なんだ!?」
突然、見ていた光景がどんどんと早送りにされ、瞬く間に進んでいく。
録画していたアニメのCM部分を早送りてま飛ばす作業のように、だ。
しばらく進み続け、ある場面で止まった。
——————
「剣部隊は前方から!!弓部隊は後方から支援だ!なんとしてでもアンドロメダ王女様たちをお守りする!!」
「ハッ!!!」
ここは…戦場なのか…?
目の前では騎士達が雄叫びを上げて勇猛果敢に突っ込んでいく。
ボロボロに崩れ去った玉座を囲んで王と王妃、そしてアンドロメダを守るように…。
三人はガクガクと震えながら自分達を襲う敵を見ていた。
「グオオオオ!!」
それが迫ってきた。
「なんだ…あれ!?」
俺は見た。巨大な鯨のような生き物を。
そいつは宙を泳ぎ、尾を一度振れば騎士達が一気に死体の山となっていった。
大きく開けた口からは激しい竜巻や雷、炎を纏ったブレスが吐き出される。
「あんなのに…勝てるはずないだろ…!!」
まさに生きる天災。
奴の動き一つ一つが天変地異を引き起こす。
あっという間に何千万といた兵士は死に絶え戦場が屍で覆い尽くされた。
鯨は巨体をうねらせ残された三人の前に顔を向けた。
「っ……!!!ど、どうか…娘だけは手を出さないで下さい…お許し下さい…!!」
「そ、そうだ!わしらの命はどうだって良い!だからアンドロメダだけは…!!」
「だまれ。」
王と王妃の娘を庇う言葉を一声で黙らす鯨。
その声には''従わねば殺す''という強い念が込められているのがよくわかったのだ。
「なんなんだよ…あの魔物…!!」
悲惨な光景に見ていることしかできない俺。
しかし心に少しだけ引っかかりがあった。
あの鯨…アンドロメダと同じようにどこかで感じたことがある気配だ…。
鯨が再び口を開いた。
「我が名は賢者ケトス。この地では''ポセイドン''とも呼ばれる神が一柱である。貴様らが我が臣下ネレイドを侮辱したと報告があり、来てみれば…ふむ。」
…は?賢者ケトス?
聞き間違いじゃなきゃその名は最大の敵である男と全く同じじゃないか…!!
だがコイツから発せられるオーラ…。
邪悪の塊のような力…。
あまりにも似すぎている。
まさか…これがアイツの姿…なのか!?
ケトスは震える三人を気にもせず話を続ける。
巨大な金色の瞳はアンドロメダを捉えたままだが…。
「確かに美しい。それに僅かだが魔力も流れている。お前は実験で使えそうだ。連れて行く。」
ケトスの言葉に絶望する王と王妃。
「お待ちください…!どうか…どうかアンドロメダだけは…!!」
「アンドロメダだけは許して下さいませ…!お願いしま………」
「はあ…。」
ケトスのため息と共にカシオペア王妃はぐちゃぐちゃに潰れていった。
王妃がいた場所には''王妃だった肉塊''が転がるのみ。
「クソッ…!!!」
俺ははらわたが煮えくりかえるような怒りが湧き上がった。
「母上…!?母上!!」
「カシオペア…カシオペア!!」
二人は母だった物をみて泣き叫ぶ。
「人間は五月蝿くて敵わんな…。娘、お前が素直に私と共に行くと言えばそこの父だけは見逃してやろう。さあどうする?」
ケトスは父、ケフェウスを見下すような目で見下ろし、アンドロメダに問いかける。
「あ、アンドロメダ…!!私のことは気にするな!お前は生きるんだ!!」
ケフェウスが涙を流し、叫ぶ。
そんな父を見てアンドロメダは悲しそうに弱々しく微笑んだ。
「父上には国を治める役割があります。私の事は気にせずどうか生きて下さい。」
「それで良い。」
ケトスは大きな口を開き、アンドロメダを中に入れてしまった。
「アンドロメダァァァァァァァァ!!!」
父ケフェウスの悲痛な娘を求める声がこだますると同時に再び場面が進んでいく…。
——————
次に俺が見たのはどこかの建物の中だった。
ケトスは憎々しくも見覚えのある人の姿になっており、隣にはアンドロメダが座っていた。
しかしその顔には表情がなかった…。
「成功だ…!!やはり異界からこちらに連れてくる際に生じる魔力の歪みによって魔力現象が起こる…!!その際に人間に力が与えられる贈与説…!!正しかった…!!」
珍しくも賢者は喜んでいた。
贈与説…?なんだそれは…?
「アンドロメダ。お前は''全知全能''となったのだ!魔力贈与によってな…!最高の実験材料だ!お前を連れてきて良かった…!!」
アンドロメダの表情は相変わらず無表情。
死んだような顔だ。
「なにがどうなってるんだよ…!!」
そしてまた場面が転換する。
——————
「いやああああああ!!やめて!!!」
場面が変わった瞬間、アンドロメダの叫び声が響き渡った。
「な、なんだ…!?」
声の方を向く。
すると台のようなものに体を縛り付けられているアンドロメダの姿があった。
衣服は脱がされており裸で寝かせられている。
「これからお前の脳内情報と肉体を切り離す。お前の全知全能のスキル…。私はそれさえあれば神をも凌駕した存在へとなれるのだ…!」
アンドロメダの頭に手をかざし、魔法を使うケトス。
アンドロメダは苦しみ、もがいている。
「私は人為的に人を依代とすることで''太古の魔術''を創り出す魔術の開発に成功した。お前には私の第二の''太古の魔術''となってもらうぞ!」
「きゃあああああ!!!!!」
光が照らし、辺り一面を包み込んだ。
「うぐっ……。」
あまりの眩しさに俺も目を瞑ってしまう。
どうなったんだ…!?
アンドロメダはどうなったんだ…!?
光が晴れ始める。
「ハハ…ハハハ…ハハハハハハ!!!」
ケトスが笑い声を上げて立っている。
その手には一冊の本が握られていた。
「''神の書物''…!!」
アンドロメダはこうやって本になってしまったのか………。
「ケトオオオオス!!!!!!!!」
俺は走り出して賢者を殴ろうとする。
もちろんこっちでは干渉ができないから俺の左腕はすり抜けた。
だけど…今すぐにでもコイツを殺してやりたい気持ちが俺の中で溢れかえっている。
「クソオオオオオオ!!!!」
空っぽとなってしまったアンドロメダの体を見る。
怖いほど綺麗な体だ。
美しい顔はそのまま、銀髪も輝いている。
しかし…その瞳は俺が見たような澄んだ青色をしていなかった。濁ってしまっている。
それに…肌には賢者による度重なる実験のせいで傷が目立つ。至る所にあった。
そこでもう一度、場面が変わる。
—————
俺はもう…辛い…。
賢者ケトスの悪行でアンドロメダがどんどん利用されていく様を見るのは…苦しすぎるよ…。
今,俺の目の前に広がった光景は…どこかの部屋だ。とても薄暗い。
「な、なんだよ…あれ…!!」
見えたのは…カプセルのようなものに入れられたアンドロメダの姿。
既に抜け殻となっていた肉体はカプセル内を浸す液体の中でぷかぷかと浮いていた。
「なぜだ…!!なぜ動かない…!何が足らんのだあ!!!」
叫ぶケトスの前にあるのは…一人の少女の体。
髪は水色で少しばかり幼い体をしている。
「アンドロメダの情報はコピーしたはずだ…!なのになぜ!なぜ動かぬ…!!」
コピー…?
ケトスの前に横たわる少女の顔を覗く。
「……………くぅ……!!!!!」
聖女様だ。
聖女様がアンドロメダのカプセルに伸びたチューブに繋がれている。
俺が知ってる頃よりも幼い…。
これは聖女様の過去なのだろう…!!
どうしてだ…どうして気が付かなかった…!
二人の顔はこんなにも似ていたのに…!
「そうか…!」
ケトスが何か思い立ち、顔を上げた。
「アンドロメダのクローンよ…。お前に原動力を与えよう。さあ動き出せ…!」
ケトスが幼い聖女様の胸に手のひらを置くと魔力が流れ出した。
「我が''神の采配''よ…!原動力となるのだ…!!」
じわりじわりと彼女の体が光出す。
するとぴくりと微かに動き、やがてゆっくりと起き上がったが、その場でこてんと倒れた。
「おとう…さん…?」
「成功だ…!!私は創り上げた!アンドロメダのクローンを…!よし、お前には''星''の名をとり''ステラー''と名付けよう。私の役に立ってくれよ。」
「すてらあ…?」
「そうだ。ステラーがお前の名だ。…しかし動作に異常があるな…。やはり完全なアンドロメダのコピーを作る事は出来ぬか。まあだが''全知全能''で得た情報は残っておるな。」
こうして聖女様が誕生してしまった…!
—————
視界が晴れ、元いた図書館のようなアンドロメダの精神世界へと戻った。
目の前にはアンドロメダが心配そうに俺の顔を見ている。
「大丈夫だっ…………」
言葉の途中で俺はアンドロメダに飛びついた。
「俺…強くなる…。」
いつのまにか溢れ出る涙を気にせずに言う。
アンドロメダの体はあたたかい。
そう、生きてるんだ。
今だってぴくぴくと震えている。
「うん……うん……!」
俺は絶対に賢者ケトスを殺してやる…!
遅くなりました!
申し訳ごさいません!




