戦隊を辞めたい~俺を無能だと罵倒して追放してくれ!え?ダメ?~
「司令、ギルメンジャーを辞めさせてください!」
部屋の中で男の声が響き渡る。椅子に座る初老の男の前で一人の若者が叫んでいた。
大きな魔女鼻に縮れた髪。お世辞にも整っているとは言えない青年だ。感情任せに叫ぶ姿もどこか滑稽な悪役のようだ。
彼はギルメングリーン。世界征服を企むマオギューンから地球を護るヒーロー、冒険者戦隊ギルメンジャーのメンバーだ。
地球を護る使命を帯びている彼が何故? 司令の男は驚きながらも冷静にグリーンを諫める。
「落ち着きなさい。いったいどうしたんだね?」
「俺は……俺はもうたくさんなんだ。こんな所で働きたくない!」
「給料も働きに見合ったものを出している。何が不満なのだ?」
「こんな……こんなリア充の巣窟にいれないんだよぉ! こいつらいつもいちゃついてんだ! 俺だけ、俺だけ…………もう耐えられないんだ!」
背後にいる四人を指差す。二組の男女、彼と同じく地球を護る戦士達。ギルメンジャーのメンバーだ。
四人ともグリーンとは別世界の住人かのような美男美女。横に並べば恋愛漫画とギャグ漫画のキャラクターのように見えるレベルだ。
「レッドとピンク、ブルーとイエロー。こいつら付き合ってるんだぞ。俺だけのけものにしてるんだ。どーせ俺を邪魔だって思っているんだ」
「そんなの誤解だ」
茶髪に凛々しい顔立ちの青年、レッドが叫ぶ。
「邪魔なんて思っていない。大切な仲間だって思っている」
「取り繕うなよ。俺は攻撃力の低いスキルしか使えない。戦闘員はともかく、怪人は倒せないんだぜ」
自嘲するような笑いだ。しかしそんなグリーンの肩を黒髪に中性的な青年、ブルーが掴む。
「攻撃力だけが全てじゃないだろ。僕達はグリーンにいつも助けられているよ。なぁイエロー」
ジャギーカットのボーイッシュな女性を呼ぶ。
「ああ。先月のクラーケン男だって、グリーンが背後から不意打ちしてできた隙のおかげで勝てたんだぜ」
「そんな事言いながら、透明化とか罠は卑怯だって思っているんだろ。SNSでもセコグリーンって言われてんだぜ。勇者パーティーに相応しくないって思っているんだろ」
「卑怯だなんて思ってませんよ。私達は地球の命運を背負っています。勝つためには手段を選んでいられません。……勇者パーティーってなんですか?」
長く艶やかな髪の美人、ピンクが首を傾げる。
四人からの評価は上々。誰もがグリーンの実力を認めているのだ。
「グリーン、君はギルメンジャーに必要な人材だ。世間の誹謗中傷については法務部が対応しよう。落ち着いて考えてくれないかな?」
司令の落ち着いた声が部屋に響く。ゆっくりと、諭すような声だ。
それでもグリーンは悲観し絶望しきった表情から変わらない。醜い。あまりにもブサイクな顔だ。
「お前ら、俺がどれだけ惨めな思いをしているのか知ってんのか? そうか、引き立て役がいなくなって困るんだろ」
「そんな事を思っていない! 俺だってグリーンが世間から笑い者にされて許せないんだ」
「そうだ。君がいいやつだって知っている。きっと君の事を愛してくれる女性は現れるさ」
レッドたブルーの説得を受けてもグリーンは拳を握り敵意の目を向けている。
「なんで、なんでそんなに俺を褒めるんだよ! ここはボロ雑巾みたいに罵倒するべきだろ! そうやって嗤いながら追放してくれよ! てかそんなに評価してんならなぁ」
キッとイエローとピンクを睨む。怒りではなくどこかすがるような瞳だ。
「この前言っていた女の子紹介してくれる話し。どうなったんだよ」
二人の額に冷や汗が伝う。戸惑っているようにそっとお互いに視線を交わした。
それだけで解る。きっとろくでもない結果だったと。
「えっと、今フリーの……」
「嘘をつくのか? やっぱり俺の事を仲間だなんて思っていなかったんだな」
イエローが肩を叩き頷く。意を決したように一呼吸し、ピンクは言いにくそうに重々しく口を開いた。
「その…………泣いて土下座をしながら止めてくれと」
「こっちは、紹介したらあたしの家族を怪人に売るって」
空気が一気に重くなる。
グリーンは予想通りだと乾いた笑い声を溢す。誰がこんな醜男と、と言われるのが彼の評価だ。金持ちなら、ヒーローなら、そんなステータスも覆る。必死に地球を護るために戦ってきた、命懸けで頑張っても不細工に人権は無い。
「ブルー、これが現実だ。俺を好きになってくれる娘は人間にはいないんだよ……」
「グリーン……」
悲しみ、そして微かに混ざる怒り。どうして彼がこんな目にと四人は唇を噛み締める。
そんな空気をぶち壊すように、グリーンの泣き叫ぶような声が再び耳をつんざく。
「だから俺を追放してくれ! そうすれば美少女怪人が俺を見定めてくれるんだ」
「はぁ?」
一気に空気が腑抜けた。
「隠された力が覚醒して、美少女ハーレムを作って俺は……なれる系主人公になるんだぁぁぁぁぁ!」
唸り吠える。魂の雄叫び、煩悩の咆哮。我欲にまみれた願望だった。
呆れたとしか言えない。あまりにもくだらない願いと妄想だ。
「…………あのさあ、怪人が俺ら人間と友好的な関係を築ける訳ないだろ」
「それに美少女怪人って。それ、何回も引っ掛かってるじゃないか。もう脱走怪人は信じないって言ってたでしょ」
「うぐっ」
うんうんとイエローとピンクも頷く。
「そんな漫画みたいな事になる訳ないじゃん。可愛い女の子かと思ったら、中身ゲテモノで散々だったでしょ」
「ええ。そうやって人々を利用するのが怪人です。グリーンさん。陰キャを利用する怪人は許せなかったのでは?」
「うぐぐ」
自身の言動と過去を思い出し言葉を失う。
そうだ。四人の言う通り、怪人は骨の髄まで人類の敵だ。裏切り地球の味方のふりをした怪人なんて何人もいる。自分のような非リア充を弄んだ怪人もいる。美少女怪人なんて、そんな都合の良い存在は無いのだ。
ある意味目覚めたのだろう、グリーンは落ち着きへたり込む。そんな彼を見て司令はため息をつく。
「やれやれ。そうだ、私の娘を紹介しよう。交際までこぎつけるかは君次第だがね」
「し……司令!」
感激し目に涙を浮べる。天の恵み、救いの手だ。辞めたい気持ちも一転する。
「ははは。まあ自己肯定感が低いのを除けば、君の事は評価している。さて」
善は急げと言わんばかりに電話をかける。数コールのうちに通話はつながりった。
「ああ、パパだ。たしか彼氏欲しいと言ってただろう? 実はグリーンが……」
『パパ』
スピーカーから酷く冷たい声が聞こえる。
『もしかしてギルメングリーンとのお見合い話し?』
「お見合いってのは大げさだな。なあに、一回合ってみないか?」
『親子の縁切るから。あとママにすぐ離婚するように言っておくね』
サーっと血の気が引いていくのが解る。同時にグリーンの心にも亀裂が走った。
「ま、待て冗談だ。そんな話しは無いよ」
『本当に? レッドやブルーなら大歓迎だけどさ。あんなブサイクに娘を売るなんて、最低最悪の毒親だよ。マジ最悪』
一方的に切られる通話。静まり返る室内。司令は錆びた人形のように苦笑いをしながら振り向く。
「……すまない」
「チクショー!!!!!!」