独心術
駅からの帰り道。キッチンカーにて。たこ焼きを買う女性。なにかで揉めている。
通り過ぎようとした。カラダを、少し反対方向に向けつつ。視線を、それとなく。ガンガンに残した。
見つかってしまった。捕まってしまった。『ねえ?』の乱れ撃ちで来られた。
[全ての動物がネズミの十二支]を唱えてる。そんな『ねえ?』の感じだった。
「あの店員、腹話術師みたいなんだよ」
「はい?」
「助けてよ。耳が聞こえないんだよ」
「誰がですか?」
「私がだよ。とにかく、なんて言ってるか教えてよ」
「何を言われていたのですか?」
「マヨネーズと割りばしは、必要ですか? って聞いてました」
「マヨネーズと割りばしが必要か、聞いているみたいです」
「そうか。ありがとうよ」
「いえ」
「では、マヨと割りばし、両方お願いします」
「600円になります」
「あっ、600円ぴったりみたいです」
「ありがとう」
「はい」
「600円ちょうどで」
「はい。ちょうどですね。たこ焼き、どうぞ」
「ありがとうよ」
「耳、聞こえないんですね」
「まあね」
「唇が読めるんですか?」
「まあ」
「読唇術ですか?」
「そうなの。全く聞こえないけど、かなり研究したから」
「僕、手話が出来るので。助けられるかもしれません」
「あっ、ごめん。私、そういうのまったく分からないの」
「そうなんですか。じゃあ、役に立ちませんね」
「難聴の友達との通訳には、なれそうだけれども」
「マスク時代には、耳聞こえていたんだけどね」
「はあ」
「唇を動かさない人には、対応できなくてね」
「手話は、勉強しないんですか?」
「面倒でね」
「ビデオ通話なら、喋れるわよ」
「そうなんですね」
「助けてもらおうかな、ピンチの時は電話で」
「分かりました」
「良かった。唇が読めて」
「あの。文章通話って知ってますか?」
「なにそれ?」
「音声通話で喋っている言葉を、リアルタイムで、文字にしてくれるやつです」
「えっ、スマホの画面に?」
「はい。スマホの画面に、表示してくれます」
「いいね」
「まあ、スピーカー通話になっちゃうんですけどね」
「スピーカーでいいよ。そんなのあるんだね」
「はい」
「骨伝導って、難聴の人は使えないんですかね?」
「試したことないからね」
「試したいと思ったことは、ありますか?」
「ごめん、私、骨弱いから」
「えっ?」
「私、骨粗鬆症予備軍だから」
「そんなに、振動がかかるんですか?」
「知らないけど」
「ああ」
「ごめんね。画数が多い漢字を、7つも並べ立てちゃって」
「『骨粗鬆症予備軍』のことですか?」
「そう」
「ごめんなさい。僕は、言葉を受け取ってから、脳内で漢字変換しないので」
「なんだ、心配して損した。テトリスみたいに、脳内に溜まらないタイプなのか」
「はい」
「初めまして、カノンです」
「は、初めまして。よろしくお願いします」
「ありがとよ。私の友達に会ってくれて」
「いえ」
「この子は、目が見えないけど、ほぼ目が見えるようなものだから」
「そうなんです」
「あっ、あの。どういう?」
「私たちは、イルカとドックシンなわけ」
「すみません。よく分かりません」
「その言葉の感じ、バーチャルアシスタントかよ」
「あの。私の好きな顔のタイプは、おにいさんです」
「どういうことですか?」
「えっと、あの」
「目が見えてないんですよね?」
「カノンさ、超音波的なやつだよね?」
「うん」
「僕は、イケメンではないので」
「顔が平らな人が、好きなので」
「そうなんですか?」
「私は、イケメンとかブサイクとか、気にしませんし」
「うんうん。ホリが深いと、跳ね返りが複雑で疲れるからだよね」
「ほぼイルカですね」
「はい」
「イルカは、超音波の跳ね返りで、距離を測るっていいますから」
「はい。知識も、豊富なんですね」
「私も、おにいさんの顔は好きだよ」
「あっ、ありがとうございます」
「その分厚めの唇とか、いいよ」
「あっ、どうも」
「ずっと見てたから。ずっと、唇見てたから」
「でも、すごいですよね。唇で、言葉が読み取れるのは」
「唇の動かし方は、人それぞれだけ
ど。イントネーションの微妙な違いも、わかるの」
「本当にすごいですね」
「唇は、読むのも、チュバチュバするのも、好きだから」
「それって、キスのことですか?」
「うん」
駅からの帰り道。キッチンカーにて。焼きそばを買う彼女。また、なにかで揉めているのか。
通り過ぎるわけはない。カラダは、磁石のように、そちらに向いた。視線も、まっすぐぶつけた。
見つかってしまった。捕まってしまった。そう思っていたのは、過去の自分。今は、見つけてやったぞ。そんな気持ちだ。
『ねえ?』の乱れ撃ちをしてきた。少し訛っている、可愛いひつじさんの群れ。そんな感じのやつだった。