3.双子の兄
『チュートリアルも終わったし、フレンド登録しないか?』
「うん、したいしたい! えっと、どうやるの?」
『まずはメニューを開いて――』
みっちゃんの指示通り、フレンド一覧からID検索でみっちゃんのアバターにフレンド申請を送ると、速攻で申請許可が返ってきてチャットルームへの招待も届く。
確か、カブの中では公式のチャットルーム、ギルドのチャットルーム、個別のチャットルームと色々チャットルームを作って話をするんだったよね。
招待を承認するとLINKに似た透明のウィンドウが視界の左半分に表示された。
〔ミッチー}これで、LINK開かなくてもやり取りできるね
私も返信をしようとするが、文字入力が難しい……スマホのフリック入力じゃなくてパソコンのキーボードで慣れない。
「文字入力が難しい……」
『絵文字とか入れないんだったら、音声入力を使ってみたら? 開始と終了の合図を決めてその間の声だけ文章にしてくれるから、変な言葉を送ったりとかならないはずだし』
そう言われてチャットルームの設定をいじって始まりを“チャット開始”、終わりを“チャット終了”で登録する。
もしもしで開始してバイバイで終了するのも考えたんだけど、会話で使う可能性もあるのではと思い、長いけど確実に使わないであろう単語にしといた。後で変えられるみたいだし、他の人に聞いたりして慣れたら変えていこうと思う。
〔ロゼ}あー、あー。これで入力……できてるね!
〔ミッチー}いけてるいけてるv
〔ロゼ}みっ……ちー色々とありがとう!
危ない危ない、LINKと同じ要領であだ名で呼んじゃうとこだった、ゲームではちゃんとゲームの名前で呼ばないとね。
〔ミッチー}みっちゃんって呼んでくれんの?
〔ロゼ}え、でも、ゲームではミッチーなんでしょ?
〔ミッチー}そうだけど、ミッチーのみっちゃんでも変じゃないじゃん?
〔ロゼ}そう、かな?
〔ミッチー}そうそう。あと、愛華のことは弟としてフレンドに紹介した方がいい? それとも妹としてでもいい?
みっちゃんの質問に何でそんなことを?と思って、そう言えばアバターは男の子にしていたことを思い出した。
役割演技するなら周りからも男の子として扱ってもらった方がいいけど、男の子として振る舞い続けれるかと言うとちょっと微妙。
〔ロゼ}うーん、末っ子として紹介してもらっていい? まだ、男の子としてロープレできるか自信なくて
〔ミッチー}りょーかい
〔ミッチー}あ、でも、ギルマスとか一部の人には妹がいるって言っちゃったからバレるかも……
〔ロゼ}みっちゃんのところのギルドではバレてても良いよ! 他の人には内緒にしてくれれば
笑顔の顔文字に私も笑顔になる。うん、もし男の子として振る舞いたかったらそうすればいいし、今はこれでよし。
そう満足していたら、ピコンとみっちゃんからメッセージが送られてきた。
〔ロゼ}ID?
〔ミッチー}うん、望のやつ。さっき帰ってきてログインしたみたいでさ、個チャで教えたらフレンドになりたいって
そうなんだ、嬉しいなと早速フレンド登録するとチャットルームにのんちゃんが入ってくる。
〔ノンノン}愛華~カブの世界にようこそ( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
〔ノンノン}愛華とこうやって遊べるのめっちゃ嬉しい(*´∀`*) 何でも相談してや( ´∀`)σ
て、テンション高い……。昔は二人とも明るくて友達多い感じだったけど、今のみっちゃんは大人って感じだけど、のんちゃんはまだまだ子供って感じの文面だ。
二人とも二十歳なはずなんだけどなぁ。
〔ロゼ}うん、ありがとう! 早速で悪いんだけど、のんちゃんはレア種族引いた人のやっかみ対策ってわかる?
〔ノンノン}んー、レア種族(°-°??) どのぐらいかにもよるかなぁ
〔ノンノン}Rくらいならそこまで性能に大差ないから見た目だけって感じだし、SRは魔法と物理がずば抜けてるけど、武器とか装備で抜こうと思えば抜けるから、高ランカーから嫌がらせとかはないだろうし……酷いとしたらURのドランくらいじゃない?
〔ノンノン}そんなこと聞くなんて愛華、レアでも引いた(+*°∀°)?
〔ロゼ}うん、ユニン
〔ノンノン}Σ(・ω・ノ)ノ
〔ノンノン}SRじゃん! くるくるたてがみと星が光るお目々が可愛いし、愛華にピッタリだね(σゝω・)σ
〔ノンノン}設定でできるのはモブ加工とプライベートモードかなぁ。行動としては魔法特化だからとりあえず遠距離系の職について、確か隠しで素早さが高かったはずだからもしもの時は逃げれば大丈夫かな? 職業は何? やっぱり魔法使い( ´~`*)?
〔ロゼ}ううん、召喚士
あ、返信がなくなった。さっきまで即レスだったのに職業を伝えたらピタリと止まってしまった。やっぱり、みっちゃんと同じくのんちゃんも私が召喚士をすることに心配してるのかな、うう、転職しようかな?
ぐるぐると悩んでいるとピロンとアイテム付きのメッセージが送られてきた。
〔ロゼ}これ……“ギルドへの招待状”?
〔ノンノン}うん、とりあえず、こっち来て
みっちゃんが打ったのかと思うくらい文面が大人しくなったのにちょっとビビりながら招待状を使うと、足元に複雑な魔法陣が現れてフッと視界が暗くなる。
真っ黒い視界にテレポート中の文字が私の周りをくるくると回っていて、ここはガッツリゲームって感じがする。文字が私の周りを二週ちょっと回ったところで視界が明るくなり――高級住宅街にありそうな豪邸の庭に移動していた。
〔ロゼ}え、ここ、ゲームの中なの?
「ようこそ、ロゼ。“大きなカブ”へ」
「よく来たね」
聞き慣れた声に振り向くとそこには双子の兄達のアバターがそこに居た。
みっちゃんは銀髪に褐色肌に金の瞳と、色合いだけは違うけど最後に会った姿を大人にしたままのオオカミのアバターで、のんちゃんは前髪の一部とうなじから下の三つ編み部分は緑色で、あとは金髪の不思議な髪型に、閉じた弧を描く目のキツネみたいなオオカミアバターをしていた。二人とも配信で見たことあるけど生(?)は初めてなのでちょっとドキドキした。
チャットを閉じて二人の方に駆け寄ればのんちゃんが両手を広げて迎えてくれる。は、恥ずかしいけどニコニコと嬉しそうなので腕の中に飛び込む。
「みっちゃん、のんちゃん! 元気だった?」
「元気元気」
「ん~、ロゼも元気やったあ~?」
ぎゅうぎゅうと抱き付きながらのんちゃんは私のつむじ辺りに何度もキスをする。ちょ、ちょっと、流石にそこまでは恥ずかしいって、と引き剥がそうとするけど剥がれない、レベル差のせいだろうか。
「のんちゃん、恥ずかしいって」
「う~、ロゼ不足やったんやから充電させてぇや~」
「迷惑がってるからやめー……おい、お前スキルで抱き付くんとちゃうわっ!」
「ぃって!?」
みっちゃんが引き離すのを手伝おうとのんちゃんの肩に手をかけたとたんに顔をしかめて、背中に背負っていた大きな剣の面の部分で思いっきりのんちゃんの頭を叩く。
なんか、鈍い音と一緒に黄色い星みたいなのが散った気がするんだけど……あれ、ダメージエフェクトじゃなかったっけ?
「……ん? スキル?」
「え? ああ、カブのレーティング的にアバターやNPCは基本的に手足以外お互い触れられんようになっとるんよ。
例外的にイベントとかスキルとかだと触れられるって言うか触れてる感じのがあって……さっきまでノンが抱き付いてたんはそのスキルの一つ」
これも、β版で問題になった痴漢対策のためだと教えてくれた。ストーカーに痴漢にと、いくらゲームとは言えみんな何でそんなことするんだろうと考えたが、私もRPGとかで人の家に入ってアイテムとか盗ったりしてるし、ゲームだからしちゃうんだろうなと複雑だけど納得。
クッキーを食べながら頭をさするのんちゃんに視線を戻せば、クッキーを咥えたまま両手で手を振ってくる。うん、実の兄だけど、ちょっと……ほんのちょーっと引いちゃう、テンション高過ぎ……。
「つーか、ミチさんよぉ、HP削られたんやが???」
「スキル使ってセクハラするからやろが」
「スキンシップやしーっ!」
「ね、ねえ、のんちゃん、何で私をギルドに呼んだの?」
明らかに喧嘩し始めそうな雰囲気に慌てて間に入ってのんちゃんに尋ねれば、ピリピリした空気をコロッと変えて嬉しそうに私の両手を掴む。
「ロゼは召喚士になるんやろ? 召喚士ってちょーっと癖があるからさ、僕が持っとる召喚石を渡そう思て」
「召喚、石?」
「魔獣を倒した時にドロップするレアアイテム。召喚士以外が使うと時間制限で魔獣を召喚できるんやけど、召喚士が使うとその石の魔獣を召喚獣にできるアイテム」
よく分からない単語に首をかしげれば、私の手を掴むのんちゃんの手を手刀で叩き落としながらみっちゃんが答えてくれる。
ふむふむ、テイム以外にもそう言う捕まえ方もあるのか……って、喧嘩し始めちゃった。配信動画では喧嘩とかしてるとこほとんどないのに、この短い間で二回も喧嘩してる……二人ってこんなに仲悪かったっけ?
「――のっ、離せって……はぁ、はぁ、とりあえず、僕ん部屋に行こか。流石にギルメン以外の人をずっと庭に居させるんわ、ギルマスに怒られるかもしらんし」
「はぁーっ……せやな……でも、ノンの部屋よりは俺ん部屋のが荷物少ないから召喚するならそっちのがええやろ」
「……癪やけど、正論や。ミチの部屋にしよう。
行こっか? ロゼ」
喧嘩しながらも話はまとまったらしく、私はみっちゃんの部屋にお邪魔することになったみたい。
フレンドとは言え、他人の部屋に入るには“パーティーを組む”もしくは“手を繋ぐ”必要があるらしく、今回は私を挟んで三人で手を繋いで部屋に行くことになった。
「“自室に移動”」
みっちゃんがそう言いながら扉を開けるとベッドとタンスしかない大きな部屋に出た。
「……何にもない」
「リスポーン用のベッドと荷物入れるタンス以外全部売ったからな。
一応、ギルド標準の部屋がこんくらい、ノンはさらに拡張してるみたいやけど散らかっとる」
「人の部屋を汚部屋みたく言わんといてくれますぅ? 生産やっとるから色々置いとるだけやし」
「へ、へー生産とかもあるんだ」
「そうよ~、と言っても、サブ職業はストーリー進めな解放されんからロゼにはもうちょっと先やけどな~
薬術師、錬金術師、料理人、鍛冶屋、色々あるで~、あ、僕は錬金術師やから薬系やアクセサリーが欲しがったらいつでも言ってな?」
二人と久しぶりに遊べるのは楽しいけど喧嘩しそうになる度に声をかけなきゃいけないのは大変。ため息をついてる横では二人が何やら話し合いを始めていた。
「――前のバレンタインイベントのやつとかよくないか?」
「茶色ばっかやん、あの時のやつ。それならハロウィンのが」
「ハロウィンのはあんま可愛くないやろ」
どうやら私にくれる召喚石を考えてくれてるみたい。
「「ロゼはどんなのがええん?」」
同時に振り向かれてビクッとする。こういう時は息が合うんだね、流石双子……って、言ったらそれは褒め言葉じゃないと二人して拗ねられちゃったっけ。
懐かしいことを思い出しながらどんなものが良いか考える。お世話になってる叔父さんの家はマンションで犬猫のペット禁止だし、叔父さんのパートナー――律佳さんが鳥が苦手で小鳥とかも飼えないから。
「うーん、犬とか猫とか、あとは小鳥とか……こう、可愛い感じの、ペットって感じのが良いかな?」
「犬や猫……」
「ペットって感じ……」
「あ、難しいなら二人のオススメで良いよ!」
「いや、猫ではなくてネコ科で」
「ペットって感じじゃないけど綺麗なやつに心当たりが」
まるで示し合わせたようにそう言うとみっちゃんが何やら空中で手を動かすとウィンドウが現れ、そこに映し出されていたのはとても綺麗なモンスターだった。
長い睫毛で縁取られた瞳はアイシャドーをしたように華やかな赤い色が添えられ、綺麗な顔からすらりと胸元までは灰色のフワフワした羽毛でおおわれ、下半身には黒い花のような斑点模様――私の語彙力では説明しきれないが、分かりやすく言うと上半身はヘビクイワシ、下半身はユキヒョウのグリフォンだ。
「わ、わ、すごいっ。すごく綺麗!」
「あ、良かった。気に入ってくれた?」
ホッとしたように笑うみっちゃんの後ろではタンスを開けるのんちゃんの姿……って、ここみっちゃんの部屋だよ!?
ギョッとしたけど、そう言えば鞄の中身は共有されないらしかったし、タンスとかもそういう仕様なのかもしれないと思い直し口を閉じる。
「こいつはミラーズマ、過去に開催されたイベント“蜃気楼の怪物”で出てきた裏ボスやで」
「あれはまじ、クソイベントやったわ」
「口が悪いぞ、ノン? でも、あれはエグかったわ」
注意しなからもみっちゃんも“クソ”イベントだと思っていたみたいで、苦々しげに顔を歪めた。