2.チュートリアル
数年前に発売され、つい最近、有名アイドルがテレビでプレイしている話をしたことで一気に話題となったVRMMOゲームKaleidoBridge――通称“カブ”。
獣人だけが暮らす広大な世界を冒険者になって旅していくゲームで、旅の過程で自分達獣人や世界に蔓延る魔物が遥か昔に滅んだ人類によって作られたものだと知り、何故作られたのか、そして、何故人類は滅んだのかを調べていくストーリで、内容は種族毎に微妙に違う。
そのため、性能やレア度だけではなくストーリー見たさにRやSRを狙ってリセマラする人が多いのだが、私は一発でSRを引いてしまった。
「どどどどうしよう……っ! Rでもやっかみが多いって聞くのに、SRなんて悪目立ちしちゃう!!?」
同じレア度のSRのジャッカロープになれるかも?みたいな軽い欲はあったけど、それはノリで本当に引けるだなんて微塵も思っていたかったのでパニクってしまう。
「……そっそうだ、のんちゃんに連絡……っ!」
カブではゲーム内でのメッセージ機能の他にゲームをしながらLINKでメッセージや電話ができるようになっている。
リア友を誘って遊べるようにと言う運営の心遣いが今はとても助かる。急いでLINKを開いてゲーマーの兄に電話する。
――リリリン♪リンリン♪リリリン♪リンリン♪
――リリリン♪リンリン♪リリリン♪リンリン♪
「うぅぅぅ……出ない……この時間だとまだ授業中かな、うぅ」
リリン♪と明るい音共に切れたLINKの画面を見つめながらグルグルと頭を回転させ、もう一人の兄もカブをやっていたことを思い出しそちらにもかけてみることにする。
――リリリン♪リンリン♪リリリン♪リンリン♪
――リリリン♪リンリン♪
『ふぁぁい……満、です』
「あ、みっちゃん!」
『えぁっ愛華!? ど、どしたん……?』
「いきなり電話してごめんね、ちょっと助けてほしくって」
『助け……って、何かあったんか!!? 大丈夫か!!』
「大丈夫! 大丈夫だから落ち着いてっ、ちょっとKaleidoBridgeのことを聞きたくて――」
電話に出たもう一人の兄を落ち着かせていれば、私自身も段々と落ち着いてきた。
『――ふんふん。相談してくれるのは嬉しいけど、俺より望の方が詳し……ああ、講義か、うーん、俺、そこまで詳しないで?』
「大丈夫、大丈夫! 分かる範囲で良いから!
えっと、レアな種族の人のやっかみの対策とか分かる?」
『んんーーー、レアな種族の人とあんま話さんからなぁ……あ! モブ加工ONにするとか?』
「モブ加工? なぁに、それ?」
『えっと、フレンド以外にはアバターの目の部分がグレーのグラデになって顔を分からなくするやつだよ。
β版で未成年に対するストーカー被害があってさ。それに関していくつかのギルド巻き込んで運営に改善要求をして、正規版で実装された設定やったかな?』
「え、ストーカー?!」
『うん。無断でスクショ撮られてゲーム内だけじゃなくゲーム外の掲示板にも上げられたり、行動を記録されたりとか……あ、安心して、と言っていいか分からんけど、付きまとわれたんは望やから』
「のんちゃんが!!?」
みっちゃんの話によるとのんちゃんはβ版では女性キャラを使っていて、その見た目に惚れた人が厄介な人だったそうだ。確かに、あの顔がベースの女性キャラならモテそう。
身内贔屓かも知れないけれど双子の兄達はとてもイケメンだ。クリクリした猫目に少し丸みを帯びた輪郭をしていて、アイドルみたいなちょっと可愛い感じイケメンで、一緒に暮らしていた頃はよく二人について質問責めにされて……って、懐かしがってる場合じゃない。
「そ、そうなんだ。なら、モブ加工とか設定を駆使すれば安全……かな?」
『うーん……どうだろう、そこら辺は望に聞いた方が分かると思う。ごめんな』
「ううん、大丈夫!
あ、そうだ。部屋から出たんだけどチュートリアルが始まらなくて……どうすれば良いの?」
『ん? 階段の方行ってみ?』
明らかにしょんぼりした声に慌てて話題を変えれば、少し声は暗いが教えてくれた。
言われた通り右手の階段の方に歩いていけば急に足が動かなくなり、その後バタバタと慌てて何かが駆け上がってくる音がする。
「ぼ、冒険者の方ですか!? 助けてください!!!」
階段の方から眼鏡をかけた大人しそうな見た目のウマの獣人さんが息を切らしながら現れ、ポーンと軽い電子音と共に目線より少し上の辺りに文字が浮かんだ。
「“スライムをテイムしよう”?」
『んん? 退治って出てない?』
「え、スライムを退治に二重線が引かれて――「とにかく来てくださいっ!!!」
退治に二重線が引かれテイムになっていることを伝えようとしたら、おウマさんに手首を捕まれ強制的に階段を降りることになった。
自分の意思とは関係なく動く足が少し気持ち悪いなと思いつつ引っ張られるままに先が真っ暗になった階段を降りていけば、いきなり裏庭らしき場所に出た。
「わわっ?! 一階がない!!?」
『ああ、カブって移動とかカットされてる部分が多くて、町にある建物の中は基本的に扉開けてすぐ部屋とか外とかになってるんよ』
「そう、なんだ……」
内装とか見れると思っていたのでしょんぼりしてしていれば、購入した部屋の階やギルドとして登録した建物の中は細かく作り込まれると教えてくれる。
そのまま何かみっちゃんが話そうとしたところでおウマさんが声を上げた。
「あれです! スライムが井戸にくっついちゃって困ってるんですっ、宿代を無料にするのでやっつけてください!」
そう言いながら彼が指差す先には石を積んで作られた円い井戸の上を陣取るスライムが居た。
他のゲームで見るような半透明の体に顔があるタイプじゃなくて、半透明の2m近くある水まんじゅうみたいな姿のスライムだ。ちょっと美味しそう。
「あ、そうだ。チュートリアルが発生した時に出た文字の退治に二重線が引かれてテイムになってたんだけど、これって倒したらまずいの?」
『あー……愛華は召喚士にしたんか……大丈夫、倒れはせんよ。達成条件のテイムできるまで死なないようになってるから…………でも、召喚士かぁ……』
「え? 召喚士ってなんか問題あるの?」
『えっと、あー召喚士はソロガチ勢の玄人向けなんだよね?』
そう言われて慌てて兄達のギルドが運営している大きなカブを開けば、そちらには玄人向けと書いてあった。
テイムが難しい――レベルの十の桁の数字の数しかテイムできない――召喚獣でPT枠が埋まる――魔物はテイムできない――。
「え……そんな、モフモフ達とのんびりプレイの夢が……」
『えっと……一応、魔獣を連れ歩けるのは召喚士だけだからモフモフ?を連れ歩くのを目指してるならその選択は間違ってないと思うよ? でも、VRMMO初心者の愛華には召喚士はちょーっとプレイしにくい、かも?』
しどろもどろで慰めてくれてるが、サブアバターの職だとガッツリ書かれている。私が見た配信者のオススメとか別の大手の攻略サイトでは“可愛い物好きは召喚士がオススメ!”と書かれていたのに……完全に騙された。
あちらはVRMMOをやり込んだ人向けだったんだ、兄達の攻略サイト方を見とけば良かった。
『と、とりあえずチュートリアルを終わらせよっ、転職もできるからさ!』
「……うん、ちなみにどうすれば良いの? 何のアナウンスもなくて」
『あー、召喚士だとチュートリアルがちょっと面倒なんだよね。
ユニンってことはランダムだから…………まずは手鏡を出して、鏡面に触れてステータス開いて?』
しょんぼりしながらも言われた通りに手鏡を取り出して触れると、キャラクリのように別のウインドウが開いて名前とその横に種族と獣化段階、職業Lv、HPは黒い三角でMPは黒い丸で表現され、あとのスキルや装備は空欄だった。
『ランダムやと種族スキルが設定されとらんから、それを設定しよっか? ストーリー序盤やと二つからしか選べんから良さそうなのでええよ』
「そうなんだ……えっと、幸運と純潔ってのがあるんだけど――幸運は敵の攻撃が急所に当たらないってので、純潔は状態異常にならないっての、どっちが良い感じ?」
『え、確率じゃなくて絶対? うっわ、さすがSR……あ、ごめんごめん、こっちの話。えっと、序盤は状態異常とかそんなにでえへんから幸運かな』
「わかった、幸運……っと」
『次は武器がアイテム欄にあると思うからそれ持って、そしたらアナウンス流れるから。あ、手鏡は壊れるタイプのアイテムやから閉まっとき』
「はーい」
手鏡をしまって初心者の杖を取り出す。名前からして魔法の杖かなと思ってたのは当たりのようで、30cmほどの木でできたいかにもな感じな魔法の杖が出てくる。これは、ちょっとテンション上がるかも。
『スライムに攻撃しましょう。スライムの方向に杖で三角形を描いてください』
杖を眺めていると無機質な女性の声が響く、少しビックリしたがみっちゃんの言う通りチュートリアルが進んだようだ。
言われるがままスライムを囲うように三角形を描くと、描いた線が光りながらが浮かび、そこから卓球ボールくらいの火の玉が現れてフラフラとスライムに向かって飛んでいく。
火の玉はそこそこのスピードでスライムへと近づき、その体に触れたとたん、ボッ!と大きく火が膨れた。
『スライムがこちらに気づいたようです。戦闘開始です』
アナウンスの声の後に井戸の上に居たスライムの頭上に黒いハートマークが表示され、ボヨンボヨンと跳ねながらこちらに向かって突進してきた。
「わっ、わわっ」
動きは遅いけれど2mもある生き物?が近づいてくるのに驚いて避ければ、私が居た場所にボヨンと着地する。
「え、こっこれどうすればいいの?」
『愛華、落ち着いて。もう一度攻撃して弱らせるんだ』
「う、うん!」
みっちゃんの声に励まされ、もう一度、スライムに向かって三角形を描いて火の玉を飛ばす。
二度目の火の玉を受けたスライムはフルフルと小刻みに震えた後、プシュウ……と、目玉焼きみたいに真ん中の色の濃い核らしい部分だけ丸みを残して潰れてしまう。
「……死んだ?」
『いや、気絶とか弱ってるモーションだよ。その状態でテイムでスライムを回復させて』
「え? 回復させるの?」
『ああ、召喚士の基本は相手を弱らせてジョブスキルのテイムって言うスキルで回復させて仲間にするんだ。
相手のレベルが下なら確定、同じなら半々、一つ上がっていく度に成功率は下がる。まれに連れてる召喚獣によって確率は変動するけど、基本はレベル差で属性は関係ない感じ。
あと、召喚士は直接敵を倒すことができないから仲間にしたいモンスターがいたら直接攻撃すれば死ぬことないからな』
説明を聞けば聞くほど、召喚士が思ってた感じと違う……とりあえず、転職することを目指してチュートリアルを終わらせよう。
「えっと……“テイム”」
杖の先をスライムに向けてそう呟けば、杖の先に紫色の光が灯り、そこからスライムを照らすように光が伸びていく。
光はスライムに当たるとフワリとスライムの全身を包むように広がり、そのまま真っ白に光り出す。
「うっ……眩し……」
強い光に目を細めつつ見れば、白い光の中に紫色の魔法陣が浮かび、それがクルクルと回転しながら赤と青の文字が書かれたリボンのようなものに分かれて光の上からスライムを縛っていく。
まるでスライムをラッピングするような光景は、ちょっとファンタジーらしくて綺麗かもしれない。
『おめでとうございます、スライムが仲間になりました!
仲間になった記念に名前をつけてあげましょう』
パンッパンッとクラッカーみたいな音と一緒に、光の収まったスライムの周りにキラキラとした色んな色の星のエフェクトが飛び散る。
「あ、見た目、変わってる……んー? これなら、ジェリーとかどうかな?」
『お、可愛いんじゃないか?』
先程の水まんじゅうみたいな黒色の透ける半透明な姿とは違い、30cmくらいの透明なゼリー状の体の中に白いハートが浮かぶ姿はとても可愛らしい。
スライムのステータスらしきウィンドウにジェリーと入力して完了ボタンを押すと、ぴょんぴょんと何度も跳ねてこちらに近づいてくるとぴとりと足にくっついた。か、可愛い。
「ありがとうございます冒険者さん! これで井戸が使えます!
あ、これ、少ないですがお礼です」
――ソーダ×3を手に入れました。
ポーンと音共にメッセージが流れ、チュートリアルクリアおめでとうございますと女性の声がした後、何やら色んなものを手に入れたとメッセージがいくつも流れる。
やっとメッセージが終わったと思ったら、デイリークエストやらストーリークエストとかまた色々メッセージが出て、あまりの情報の多さに圧倒さている間に終わってしまった。
「……いっぱいメッセージが流れたけど、ほとんど読めなかった」
『最近のチュートリアルではクリア報酬が増えたからね……覚えきれる人、いないと思うよ』
みっちゃんのどこか諦めたような声に、少しこのゲームを始めることに不安を感じた。とりあえず、ご意見BOXにチュートリアルの改善を送っておこう。
5/26:主人公の魔法属性変更にともない内容を修正しました。