1.ビギナーズラック?
ここから第一話です。
――本作品に登場するキャラクター及びストーリーは、実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
――ストーリーの都合上、不快な表現が含まれる場合がありますが、特定の人種、性別、宗教、性的指向などを差別する意図はありません。
「……雰囲気、ぶち壊しじゃん」
長いけれど素晴らしいOPの雰囲気を一瞬で台無しにする注意書を見つめていれば、暗かった周りが段々と明るくなっていき自分がどこに居るのか分かるようになった。
そこはファンタジー物の漫画でよく見るような部屋の一室だった。木製の簡素なベッドにこじんまりとした机と椅子、きっちりとカーテンを閉められた薄暗い部屋の真ん中に私は立っていた。
何も持っていない両手を見つめ、そのまま床に視線を移す。うん、真っ直ぐ立っている。何かあった時に掴めるようにと両手を前に伸ばして、ベッドの方へ恐る恐る歩いていくが、いつもみたいに急に力が抜けたりとか、膝が曲がらなくなったりとかもなく、何事もなくベッドへと辿り着く。
「すごい……歩ける」
目的地であるベッドに両手をついて、ゴワゴワな見た目と違ってさらりとした感触の毛布を撫でていれば、瞳の奥が熱くなってくる。
「杖なしで、また……私……」
震えた声が口からこぼれる。
普段なら絶対に言えない言葉、それを口にすればジワジワと、また、自由に歩けることを実感して思わず泣きそうになっていると、ポーンと軽い電子音が響いた。
『KaleidoBridgeへようこそ。この世界を冒険するあなたの分身であるアバターを作成してください』
続いて抑揚のない女性の声が背後から聞こえて、ビックリして涙が引っ込んだ。
そうだ、私はゲームをしてるのだった。慌てて目尻を脱ぐって声の方を向けば、ベッドの正面に2m近くある大きな姿見が淡い光を放っていた。
「わ……もう、獣人の姿になってる」
スマホの画面のように光を放つ鏡には、髪色と同じ黒い狼の耳と尻尾を生やした私が映っていた。
立ち上がって近くで見てみれば、耳が元あった場所は髪の毛で覆われ、オオカミの耳を引っ張ると実際に耳を引っ張られているような感覚がする。尻尾は意識してみたら何となくそっちの方向に動いた気もするが、ほとんど体の動きに合わせてゆらゆら揺れてる感じ。
「……ふふ、可愛い」
ピコピコと動く耳や尻尾を楽しんでいると、不意に鏡に手が当たり、目の大きさや角度、口の大きさ言った顔のパーツの変更項目がズラリと並ぶ。
「わ!? ビックリした……。
へー、けっこう、細かく変えられるんだ……それなら」
ギョロっとしたこの垂れ目を双子の兄達のような可愛い猫目に……は、課金をしないと無理みたいなので、無課金の範囲で頑張って小さく吊り目がちにしていく。
「鼻……は課金なのかぁ。なら、口角を上げて――」
無課金ではちょびっとしか変わらないけど、それでも雰囲気が変わったことに嬉しくなって、ポチポチと数値を弄って理想の顔に近づけていく。
「ふふふん、良い感じになった!
でも、ううん……身長を伸ばしたいけど、これは課金なんだ……」
個人情報を読み取って作られた、自分そっくりな基本アバターをカスタムしてアバターを作ることは攻略サイトを見て知っていたし、大きな変更は課金でしか無理だと言うのも知っていた。けど、身長や体型を無課金では少しも変えられないとまでは思わなかった。
「どうしよう……低身長の女の子だとバカにされるよね」
この間、久しぶりに出かけた時にわざとぶつかってきたオジサンを思い出して、身震いする。
「せめて、身長は高く……ん? 何で姿見の縁に♀のマークが……?」
姿見の縁には色んな動物が掘られているのだけど、下の方に丸く囲われた♀のマークがあった。
何だろうと触ってみると、クルリとマークが回転して四角に囲われた♂のマークに変わった。
「マークが変わっ……わっ、わっ! 何、これ!? 体が光ってる!!?」
ビックリして鏡を見れば“性別変更中”の文字が書かれていた。
せいべつへんこうちゅう? 性別を変えられるの?と不思議に思い光がおさまってきた掌を見れば少し大きくなってる気がする。服の袖をまくって腕を見れば、いつものヒョロリとした腕ではなく、年相応の太さになっていた。
「あまり、変わって……わっ!?」
そこまで変化は無いように見えて、首をかしげながら鏡を見れば、見知らぬ少年がこちらを見ていた。
驚いたように口をポカンと開ける少年を見つめながら、恐る恐る自分の頬に手を当てると、鏡の中の少年も不安そうに頬に手を当て、ニッコリと笑いかければ向こうも笑い返してくる……これ、私?
健康的な小麦色の肌に前髪だけ白いメッシュが入った黒髪。眉毛は太めで睫毛は短く、空色の目が印象的な“美少年”がそこには居た。
「わっわっ、すごい! あ、声も低い! 喉仏もある!
これなら、女の子だからってバカにされたりしないよね! 普通に歩けるから変な目で見られたりもしないよね!!」
いつもより低く聞こえる自分の声にキャーキャー騒いでいれば、鏡の中の少年も楽しそうに跳ね回っている。
「あ、でも、ウサギだとナメられるかな?」
こてりと首を傾げる美少年。可愛い。この容姿ならウサギにしても似合いそうだけど、“男の子”としてはウサギはあまり選ばなさそうだから変に思われるかも。
「う~んう~ん、どうしよう」
『種族について悩んでいますか?』
「ぅえ!? あ、はいっ」
突然話しかけられて声を裏返しながら返事をする。まさか、悩んでることまで判断できるなんて最新のAIはすごい。何か良いアドバイスを貰えればと期待していると、鏡が曇り、そこに文字が浮かんだ。
『KaleidoBridgeではランダム選択を推奨しています。
通常選択では六種類しか種族は選べませんが、ランダム選択ではその倍の十二種類の中から選択されます。さらに、ランダム選択ではボーナスとして“手鏡”を受け取ることができます』
「へー、ランダム推奨なんだ……でも、なんで?」
『KaleidoBridgeでは種族毎に得手不得手が設定されております。その違いからプレイヤー同士がお互いに協力しあってプレイしていただくことを願っております。
そのためランダム選択で種族に偏りをなくすことを推奨しております』
「…………もしかして、ランダム選択を選んだ場合、今多い種族にはなりにくかったりする?」
『その質問にはお答えできません。申し訳ありません』
ふむ、答えられないとは言っているけど、種族の偏りをなくしたいなら確率が毎回変わってる可能性はあるよね?
それなら、前の配信で出にくいと言っていた角の生えた兎の確率とかも、もしかしたら高いかな? ボーナスも貰えるみたいだし――優柔不断な私には決めてもらった方がいいかも。
「えっと、種族はランダムにします」
『かしこまりました。
ランダム選択を開始します。種族はアバター作成終了時に確定し、チュートリアル以降反映されます』
「はーい。あ、作成終わったんですけど、チュートリアルってどうすれば良いですか?」
『アバターの確認をいたします、しばらくお待ちください。
名前、メイン属性、サブ属性、職業が設定されていません』
あ、キャラクリに時間をかけすぎて色々忘れてた。
「メインは赤でサブは青、召喚士っと。あとは名前……う~ん、みっちゃんはミッチーだし、のんちゃんはノンノンだし、私も愛華から何か……あい……はな…………薔薇?
ローズはまんますぎるし、ロゼとか?」
属性や職業は前から考えてたのでさっさと設定を終わらせ、空白の名前欄とにらめっこする。
ゲームはいつもデフォルト名でプレイしていたから、兄達を参考に自分の名前から考えてみたけど、ちょっとダサい感じがする。でも、変に懲りすぎて妙な名前になるよりも、ダサくてもありきたりな方が良いと自分に言い聞かせて名前を決定する。
『アバターの確認をいたします、しばらくお待ちください。
アバターの確認が終わりました。チュートリアルは部屋の外に出た時点で開始となります』
「よし! 冒険の始まりだ!」
意気揚々と外に出てみれば、そこは廊下で肩透かしを食らう。
向かいの壁には窓が等間隔で並んでいて、明かりはそこから差し込む光だけで廊下は少し薄暗く、左手には少し歩いて壁、右手には間を空けて二つの扉。むむむ、三部屋ってことはここは小さい宿屋とかかな?
目の前にある窓にかかっているカーテンを開けて外を見ようとしたけど、カーテンには触れられなかった。
「うー、目の前にあるのに触れないのって変な感じぃ……」
手をグッパして奇妙な感覚を振り払っていると、ふと、自分の指先が太くなっているのに気づいた。
「そー言えば、種族はチュートリアルの時には決定してるんだっけ」
ペタペタと顔を触ってみるけど、人型だからよく分からない。たぶん、手鏡って言うので姿を確認できるんだと思うけどと体を探れば、キャラクリの時にはなかった肩掛け鞄をいつの間にか持っていた。
「おお! これが噂のマジックバッグってやつかな? えっと中身は……わわわっ」
早速、手鏡で顔を確認しようと鞄を開けると半透明のウィンドウ画面が表示され、そこには手鏡と初心者の杖、種族の石と書かれていた。
これは中に入ってるものの一覧かな? ウィンドウをタッチしようとするけれどカーテンのように触ることができなかった。
「あれー? どうやって取り出すんだろう……」
『アイテムは鞄の中に手を入れた状態で、中に入っているアイテムの名前を言うことで取り出すことができます。
アイテムはプレイヤーと紐付いているため、同じ鞄でもアイテムの表示はプレイヤーによって異なります』
「へー、鞄一つを共有で使えるんだ、ちょっと便利かも」
説明を聞きながら一つの鞄に大勢で手を突っ込んでいる様子が浮かびちょっと笑ってしまった。
クスクスと笑いながら手鏡と呟くと鞄の中に入れた右手に、固いものが触れたのでそれを握って引っ張りだす。
「わわっ、意外と大きい……これは、ラスボスか何かかな?」
出てきたのは30cmほどある大きな手鏡で、取り出したとき、裏面だったのでインパクトの強いその絵柄が目に飛び込んでくる。
大きな体に不釣り合いな小さい羽、額に一本、目の上から後頭部にかけて二本づつ、計五本の角を持つ立派なドラゴンの彫り物だ。手鏡の持ち手の部分は長い尻尾が巻き付くようなデザインなのも凝っていてすごい。
「ん? 尻尾の太さがおかしい? あ、これ、もう一本尻尾が巻き付いているのか!」
太さに違和感があると思いよく見れば黒い尻尾の他に白い尻尾が巻き付いている。
クルリと表に返せば、鏡の縁がアジア系の白い龍になっていて、そちらの尻尾が同じ様に持ち手に巻き付いていた。
「おおー、白い方は枝角で――え? 誰、これ?」
鏡の中には先ほど見ていたのとは随分と違う少年が映っていた。
メッシュの入った前髪を掻き分けるようにして額からは白く輝く角が伸び、頭の上には白い耳がピコピコ動いている。驚いたように真ん丸になった目には星のような模様が浮かんでいる。
「え、これ、私? しかも、ここここれって、もっもしかして……っ!?」
ビックリして声を上げればお尻のあたりにバタバタと何かが当たり、振り返れば体の動きに合わせてぐるりと黒い何かが一緒に動く。
頑張って体を捻って見てみれば黒い毛を束ねた――いわゆる、ポニーテールがお尻の上辺りから生えている。いや、ここから生えてるなら髪じゃないからこれは尻尾と言うことで……。
「SR族――っ!!?」
5/26:主人公の魔法属性を変更しました。




