16.あああ
「ミスイベ……あ、ミステリーイベントをしてたんすよ」
「ミステリー、イベント?」
聞いたことのない言葉に首をかしげると、アスリーさんは空中で何か操作した後、攻略サイトのイベントページをこちらに見せてくれた。
「えっと、カブでは五種類のイベントがあって、メインストーリーで出てくる“メインイベント”、NPCとの好感度で出てくる“キャライベント”、カブの世界に影響のある“ワールドイベント”この三種類が基本なんすけど、他に特別なイベントがあって、季節とかコラボの“限定イベント”、それから俺がやっているボスキャラから出される“ミステリーイベント”があるんす。
その通称ミスイベはストーリークリアとか、特定の公式ギルドに加入してるとか、一定の条件を満たしていたらボスキャラから月に一度出されるやつで、例えば俺がやってるやつだとこう言うのが貰えたりするんすよ」
ほら、これ。と見せられたのはピンクのふわふわと可愛らしいラピッグの等身大ぬいぐるみだった。
ゲーム画面とかで見たリアルな感じとは違ってデフォルメされて、クリクリとしたつぶらな瞳と大きな豚鼻はハートの形、地面につくくらい長く垂れた耳は頭の上でリボン結びにされていて――とても、可愛いっ!
「あ、良かったら……いります?」
「えっ!? で、でも、良いんですか? これって貴重なものじゃ」
「あー、コレクションアイテムは部屋に飾ったらNPCが特殊会話するくらいで、それ以外に使い道はないんすよ。だから、気に入ったのならどうぞ」
そんなに物欲しそうな顔をしてたのかと恥ずかしくなりながらも、ぬいぐるみに手を伸ばせばビビーッと警告音がなった。
「え、な、なになになに――“フレンドではないプレイヤーへのアイテムの譲渡はできません”?」
「あ、ごめ、ロゼくん、まだストーリークリアしてなかったんすね。あ、え……あっと、どうしよ」
「これがのんちゃんの言ってたやつか……あの、もし嫌でなかったら、僕とフレンド登録してくれませんか?」
「あ、俺で良ければ……えっと、ID、どうやって送ろう……えっと」
どうしようかとワタワタしてるアスリーさんにIDを読み上げて貰うことを提案すれば、その手があったかとアスリーさんは覚束ない動きで画面を操作して、ところどころ吃りながらIDを読み上げてくれる。
私はそれを何度か聞き直しながら入力して、一度IDを読み上げて間違ってないか確かめてからフレンド申請を送った。
「あ、あ、きたっ。えっ……と、承認して…………できた!」
「こっちもフレンドになれましたっ」
声に出しながら手を動かしていたアスリーさんへのフレンド申請が承認されたのがこちらから確認できたところで、アスリーさんも嬉しそうに声を上げてふにゃりと笑みを浮かべる。
その笑顔に思わずドキドキしてしまう。目のくまとか三白眼とか、パッと見は不健康そうなこと以外平凡なアバターなんだけど、笑うとなかなか整った顔立ちをしてる。カブでは容姿はリアルに近いのからカスタムするから、アスリーさんは元々はイケメンさんなのかもしれない。
「そうだ! あの、フレンドになったことですし、敬語、やめてもらってもいいですか? アスリーさんって、たぶん、僕より年上ですよね?」
「あ、えったぶん? でも、その、この話し方がなれてて……今すぐ、パッとは難しいっす、徐々にでもいいすっか?」
「はいっ、それでいいです!」
二人してニコニコ笑顔で見つめあっていたら、アスリーさんはハッとしたように表情を変えて、ぬいぐるみを差し出してきた。
「目的を忘れるとこだった……どうぞっす」
「そうでしたっ、ありがとうございますっ。ふぁ、ふかふかだ」
ぬいぐるみに手を伸ばせば、今度は警告文なく受けとることができた。
両手で抱えるくらい大きなぬいぐるみの触り心地はふわふわで、中身がしっかりつまってるからか独特の弾力があって癖になるような抱き心地。思いっきりぎゅうぅと抱き締めてみれば、『プピッ』と音がした後、抱き締めた形から元に戻る時に『ブゥゥゥウッ』と鳴き声のような音を上げた。
「お、面白い……っ!」
「ぷふ」
何度も潰しては戻して遊んでいれば、小さく笑う声が聞こえハッとして顔を上げる。あ、アスリーさんの前だった。
とたんに恥ずかしくなってぬいぐるみに顔を埋める。
「あっ、あ、ごめん。バカにした訳じゃなくて、その、行動がNPCの子に似てて、あは、はは……ふ、ふふ」
「むぅ……」
「ふふっふ、ふふ、ごめ……ふふふっ……ごめん」
ツボに入ったのかお腹を抱えて笑う姿はどこかで見覚えがある気がするけど思い出せない。
ぬいぐるみ越しにじっと見つめていれば、アスリーさんは涙を拭うような仕草をしてから、しっかりと頭を下げた謝罪をしてくれる。年下の私にも丁寧に対応してくれて、この人はけっこう良い人なのかも。
「そうだ、あの、向こうの方でうろうろしてたのってミスイベをしてたからですか?」
「うん、そうっすよ。俺がいましてるのはベラドンナ様からの“*****を探して”ってやつっす」
「ブッ……ゲホッ、ゴホッ。ええっと、何を探すって?」
「あのブルーベルっす。まあ、実際は本当に彼を探すわけではなくて、こう言う特徴の魔物が居たからブルーベルかどうか調べてきて~みたいな感じっす。
それで毎回、その特徴から対応する魔獣を探して、その魔獣からとれる全ての素材MAXを渡して、『これはブルーベルじゃない』って言われて終わりって感じっす」
「毎回、全て、マックス……え、それってすごく難しくないですか?
……本当にこれ、貰っても良いんですか?」
イベントのタイトルも驚いたけど、全てのってことはまれにしかドロップしないアイテムもMAX手に入れないといけないってことだよね。
そんな大変な思いをして手に入るアイテムを貰っても良いの恐る恐る確認すれば、大丈夫っすよと笑った。
「すごいんですね……全部、集められるなんて」
「まあ。時間だけはあるんで……」
「そう、なんですね」
尊敬の念を込めて見れば、ふいと視線をそらされて歯切れの悪い返事が返ってくる。この話はあんまりしてほしくないのかな?
何か別の話題をと考えて、抱えていたぬいぐるみを見て思い出す。
「あ、あの。ラピッグの探し方のコツ?を教えてくれませんか?」
「え、コツ? コツと言うか……ジャンプして、それで見えたピンクの塊を探して、そこに向かう……って感じ?……っす」
「ジャンプして……探す?」
「あ、えっと、こう言う感じ、っす……と」
そう言いながらアスリーくんが目の前から消えた。
えっえっと周りを見れば、私の身長より上、その場ですごく高く跳んでいて、数秒後、フワリと着地した。
「す、すごいすごいっ!」
まるで漫画みたいなすごい動きに拍手をしながらすごいすごいっとはしゃいでいれば、アスリーさんは目を丸くした後、照れ臭そうに頭を掻きながら“そんなことないっす”と謙遜をする。
「いやいやいや、そんなことないっ、すごいよ。こんなのみっちゃんやのんちゃんでもできないよっ!」
「ふへ、へっ、へへ。そ、そうっすか?
でも、俺がこんな動きできるのはVRチェア使ってるからで、ミッチーさんのがすごいっすよっ。あの人、VRヘッドギアで高レベルのモンスターとか倒すんすよ?
あ、VRヘッドギアはわかるっすか? VRチェアが出る前にVRゲームで主流だったハードで、VRゴーグルとヘッドフォンがセットになったヘルメットと両手で握るように持つコントローラーがセットのやつで操作は普通のゲームと変わらない感じなんすけどそれであんだけの動きができるってのはすごいんすよっ!」
敬語すら忘れて褒めた何倍もの言葉でアスリーさんはみっちゃんを褒め称える。そ、そんなにすごいの?と、みっちゃんの顔を思い出してみるが、ほわほわと優しく笑いかけてくれた顔が浮かび、そこまですごいとはどうしても思えず、首をかしげてしまう。
「そ、そんなに……すごい、の……か?」
あ、ぶない、危ない……アスリーさんの前では男の子みたいに振る舞う練習をしていたのに、また、素で話しそうになっちゃった。
みっちゃんからアスリーさんとか、入ったばかりのギルドのメンバーなら私が女だと知らないはずだって教えてもらって、向こうも“ロゼくん”と呼んできてるから男の子のふりをしていたのに、自分からばらすところだった。アスリーさんが女の子だよね?と聞いてくるまでは練習をかねて口調は男らしくしなきゃ。
「ほんっとーにっすごいっす! あの人はプロっすよ!」
「えぇ…………でも、みっちゃん、普通の大学生だよ?」
「それは聞いたっす。でも、こう、大剣でバッサリとモンスターの群れを一気にアイテムにしちゃうのとかすげーんすよ!」
「そ、そうなんだ」
「そうっす! 俺もあんな風にかっこよく戦いたいんすけど、体幹が弱くて、大きい武器の取り回しとか無理なんすよね……体が引っ張られて……」
興奮したようにそう叫ぶように話した後、アスリーさんは自分の手のひらを見つめてしょんぼりと肩を落とす。
へにょりと垂れた耳と尻尾が何とも哀愁を漂わせてる。そんなにみっちゃんのことが好き(?)なんだ、なんだか少し嬉しくなる。
「わっ……んん。
僕もそんなに力とかないし、召喚士だから武器の使い方とか知らないけど、頑張ればきっと、みっちゃんと同じようには無理でも、アスリーさんなりのかっこいい戦い方ができるようになるよ」
「俺なり……の?」
「そう! ほら、ほらほら、さっきみたいにすっごいジャンプしたり、素早い攻撃で敵を倒すのだってかっこいいよ! 大剣を振り回すのも力強くてかっこいいのかもしれないけれど、ビュビュッーンって素早い動きで敵の間を掻い潜って倒すのも、かっこいいじゃん!」
「あ……そ、そうっすかね? かっこいい……っすかね?」
「そうだよ! かっこいいよ!」
ね?と、アスリーさんの手をとって笑えば、アスリーさんは大きく肩を跳ねさせて表情を固めて、ゆっくりと表情を緩めて笑みを浮かべた。
「あ、ありがとう、ロゼくん」




