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過去に書いたもの

私を好きな人

作者: 西埜水彩



 ある日突然告白されること何て、少女漫画でしかありえないことで、現実的じゃない。


 特に私のような異性とはあんまり縁がない女子は、そんなことがあり得ることが無いと思っていた。今その時までは。


「付き合って下さい」


 花束を私に向かってつきだし、その男性はゆっくりと聞き取りやすい声で言う。


 もちろんこれは少女漫画じゃない、現実だ、現実。


 いつものように訓練を終えて新大宮駅へ向かう途中、男性の声を掛けられて、こんな状況になったんだ。


「私と(あさひ)さん、何度も会っていないですよね」


 私は差し出された花束をじーっと見つめながら答える。


 今声をかけてきた男性こと旭さんは私が今通所している就労移行施設で食事する場所に使われている飲食店で、たまに話をするくらいだ。要するによく話しているわけじゃないし、話している回数や密度は訓練生の方が高いくらい。そうなのになんで旭さんはこんなことを言い出したんだろうか? 分からない。


「好きになるのに回数は関係ないと思う。毎日会っても好きになれるわけないよ。大事なのは好きになれるかどうか、だから大丈夫」


 いやいや大丈夫じゃない。そもそも私を誰かが好きになってくれるなんて想定外だし、回数は関係絶対あると思うし。ああ何から手を付けたらいいのかな?


「そうですか……。とりあえず移動しませんか? ここでいると邪魔ですし、何よりも移行の人が通るかもしれませんので」


「あっそれもそうだね。それじゃあ移動しながら話そうか」


 私の提案に旭さんはのり、差し出した花束を持ち直して歩き始める。


 よかった、これで少しはごまかせるし世間の目を気にしなくて済む。それにもしこんなところを同じ訓練生に見られたら、明日何を言われるか分からない。就労移行施設はぶっちゃけ結婚する見込みのない人がいっぱいいるんだから、こういった恋とかに関わることはなるべく隠しておきたい。


「私と旭さんの話した回数なんて少しくらいですし、大体会うのはお昼の時間だけですし。確かに回数は関係ないかもしれませんが、少なすぎるとよく分かりません」


 私は前を向きながらきっぱりと断る。ほとんど知らない人に対して失礼かもしれないけど。


 でもそこまで言わないとダメなような気がする。会う回数や頻度で恋する気持ちが高まることがないのは当たり前だけど、これだけ縁が薄ければ恋以前の問題のような気もする。


 なんならまだ私達の関係は友達ですら無くて、単なる知り合いでしかないのだ。


「それもそうだね。それじゃあどうすればいいと思う?」


「どうすればいいと言われましても」


 困っちゃう。別に私は旭さんとお付き合いしたいとか好きになりたいとか思う必要がないから、別にどうでもいい。なんならめんどくさいからこれ以上かまってほしくないと思うくらい。


「デートとかかな、やっぱり。なんかふらーっとお出かけするのどう?」


「どうと言われましても、どこに行くんですか?」


 デートとかって言われても、今一つピンとこない。第一どこに行くんだろうか? 私はこの辺りのことは移行があるビル以外は知らないし、他のお店なんて入ったことが無い。そんなわけでこの周辺にどんなお店があるのか分からない。


「この辺りいっぱい飲食店あるじゃん。お昼にそこで一緒に食べるとかどう? 川津(かわつ)さんはあの食堂以外のお店にはあんまり行かないよね?」


「ですね。食堂でパンを食べたり定食を食べたりするくらいです」


 そもそも私は食事にあんまり執着があるわけじゃない。お昼ご飯は食べることができたらいいくらいの認識で、食事場所としてされていない場所で食べたいとは思わない。だってめんどうだし。


「それはもったいない、めっちゃもったいない。ということであちこち一緒に回るとかどう?」


「訓練と訓練の合間にあちこちまわるとかめんどうです」


「それじゃあ訓練終わりや休みの日とかどう? この辺だけじゃなく奈良駅周辺の方に行けば、歩くだけで楽しいし」


「そうですね、一応観光地ですし」


 一応毎朝JR奈良駅周辺に行ってるし、ここから観光地がいっぱいの場所に行くのは難しくない。


 でもそういうところに旭さんと一緒に行くメリットは私にはない。そこまでして旭さんと一緒にいたいとは思わないから。










 私が通っている事業所には男性が多い。


 職員さんのほとんどは女性なのに、訓練生は男性ばかり。一体なぜかは分からないけど、不均等だなとは思う。


 そんな状況で男性と話さないわけはなくて、毎日話している男性も普通にいる。それで私にとって男性と話すことは日常茶飯事で、まさか少ししか話したことがない男性、しかも普通の人に告白されるとは思わなかったんだ。


「ねーねー、何か考えてくれた?」


「いえ別の何も考えていません」 


 帰り道、また旭さんと会う。お昼は会わなかったので、今日は来ないのかなと思っていたら、ビルの外で出待ちのように待っている。本当に何でいるのかな?


「川津さんって大和西大寺大丈夫? あそこでなら軽く食事したりふらっと話したり出来ると思うんだけど」


「定期あるから大丈夫ですけど、今からですか?」


「ううん、いつか。川津さんが行きたい日でいいよ」


 それなら一生行きたくない。


 大体朝九時三十分から朝礼に参加して、ウォーキングでJR奈良駅近くに行き、訓練を頑張り、その後昼休みで休んでから、昼礼に参加して四時まで少し休憩を挟んで訓練を頑張ったんだ。


 その状況で旭さんという知らない人とデートなんてしたくない。気を使って疲れるし、何か色々なことを考えなくちゃいけないから大変そう。


「それならもしかしたら永遠にこないかもしれません」


「そんな冷たいことを言わないで。この辺居酒屋ばかりで簡単に入ることができるお店、少ないしー」


 私の返しに対して旭さんは若干拗ねて、その後周りを見渡す。


 もちろんこの周りにあるお店は居酒屋やお昼でご飯を食べるようなお店ばかりで、喫茶店っぽいのは少なくて見つけづらい。そういったお店を見つけるのなら観光地である奈良駅周辺か、買い物ができる大和西大寺周辺に行った方がいい。その辺なら喫茶店とか軽食を出すお店とかあるから。


「そうだ、カレー屋ならあそこにありますよ」


「いやそこじゃなくて、なんつうかお洒落なところがいいんだって」


「そういえばバームクーヘン屋がありますよ」


「テイクアウトじゃなくて」


 私が提案するそれっぽいお店は不評だったらしい、旭さんは難しそうな顔をする。


 カレー屋もバームクーヘン屋もお洒落な喫茶店よりも入りやすいし、カレー屋なら空いているような気もする、なのになんで駄目なんだろうか? よく分からない。


「旭さん的にはどこへ行きたいんですか?」


「座ってケーキやパフェとか食べておしゃべりできるようなとこ」


「そんなお店この辺には無さそうですね。ということは無理ですね」


 私はきっぱりと断る。ほとんど交流の無い異性とデートだなんて、抵抗がある。


「じゃあ昼休みにカレー屋とか近所のお店へ行こうよ? あっ別の場所で昼食取って良いの? 場所決まっていない?」


「特に昼食の場所は決まっていません。一時からリラクゼーションがあるので、それまでに戻ってくればいいですから。でも訓練生は補助が出ているので二百五十円で食べることができて、そうでなくても五百円しかかからないので外出することは少ないです」


 だから私は周りのどんなお店があるのかをよく知らない。


 通所中やウォーキング中に昼食が取れそうなお店をいくつか見かけたことがあるけど、行ったこともないしどんなお店かは噂も聞いたことがない。周りにいる人も外のお店へ行かないから、当然かもしれない。


「じゃあなおさらどこかに行こうよ。せっかくお店が多い新大宮でいるんだから、行かなきゃ損損」


 旭さんがなおもすすめてくる。どうやら本気で私と一緒にどこかへ行きたいんだろうな。


 なんで私と一緒なのか、そう真剣に思ってしまう。少ししか話したことがなくて、どうでもいいことしか話すことはないのに、告白してきてあまつさえデートのお誘いをしにくる旭さん。どうしてそうしてくるのか私には全く分からなかった。


「私と一緒にどこかで食事しても楽しくないですよ。なのになんでお誘いしてくるんですか?」


「そりゃー川津さんのことが好きだから。好きな人と一緒にいたいと思うのは当たり前じゃん」


「好きな人ですか……」


 人を好きになるってよく分からないし、そのわけの分からない感情を自分に向けられた困る。


 別の人を旭さんが好きになったらいい、それを切に願う。ていうかそれ以外の望みは今、私には無い。










 なんだかんだあって、毎日旭さんと話すようになっていた。お昼の時とか帰り道とかでばったり会い、少し話す。そんな関係性がいつの間にかできていた。


「川津さんってクリスマスイベントとか忘年会とか出ますか?」


「両方でないです」


 そんなある日の昼休憩、出雲(いずも)さんに話しかけられる。


 出雲さんはよく分からない不思議系の人で、その割りに色々な人と話している。あの恐くて有名な巌本(いわもと)さんとも話しているから、この事業所の中では話しやすい。


「そうなんですか。私も出ないです。クリスマス会はフランボワーズのケーキでないらしいですし、忘年会はビールすら出ないらしいですし」


「うちはお金がいっぱいあるわけじゃないから、それは無理だと思います」


「そうですね。ところで川津さんはクリスマスとかデートするんですか? あのよく話している人と」


「そんなことないですよ。あの人とは単によく話すだけで、知り合いですから」


 いつかは聞かれると思っていたけど、いざ聞かれるとびっくりする。


 私と旭さんの関係、それはたまに会って話すくらいでしかない。なんなら事業所で話している人達よりも関係は薄いからしゃーない。会話以外の時間を共有したくないから。


「話す必要のない人と話しているからよっぽど何かあるんだと思いますよ。そういうことでクリスマスデートとかどーですか? いいですよー」


 出雲さんはそう無邪気に提案してくるけど、もちろん私はそんなことしない。


 実際ほぼ毎日デートのお誘いは受けているんだけど、それを断っているんだし。それに今どこかで誰かと一緒に、訓練が絡んでいなければ行く気分にならない。


「デートなんてすること絶対にないですから。大体どこに出かけるんですか? この近辺に喫茶店とかないですし」


「えっありますよ、喫茶店。ほらウォーキングの時、帰り道にケーキの写真を出しているお店があるでしょ? あそこが喫茶店ですよ」


「へー喫茶店あったんですか。初めて知りました」


 ウォーキングの帰り道ということは雨の日以外は平日にほとんど行っているはずだけど、ケーキの写真が出ているお店なんて見たことなかった。


「えー私はそこに行くたびに行きたいなって思っていたんです。まあデートに行くなら少し歩いてJR奈良駅から近鉄奈良駅の間がおすすめです。あそこはデート向きですって」


「だーかーら私はデートなんてすることはないですって。大体出雲さんはあまり知らない相手とデートすることがあるんですか? 無いでしょ、普通」


「デート行かない方がいいと思いますよ。知らない相手ですから、問題無いです。それにまとわりついてくる変な人って可能性もありますよ」


 私が否定すると、なんと草野(くさの)さんが会話に入ってきて、私を擁護する。


 あまりないことで少し驚いてしまう。ていうか草野さんと話すこと自体少ないから、話しかけられたこともびっくりする。


「大体よく考えてください。私達は障害者なんですよ。しかもコミュニケーションとか対人関係に関してで、遺伝するかもしれない、そんな障害もちです。恋愛なんてできないし、してはいけない。そう思いませんか? 私達が恋することを考えるのは無理なんです。だからそういったこと、しない方がいいです」


 そういえばそうだ、私は深く納得する。


 出雲さんや草野さんはどういう感じが分からないけど、私が持っている障害はまさしくそれだ。


 見た目は普通だけど、脳が普通じゃない。しかもこれが生まれつきだから、普通がどんな風なのか分からない。一生このまま異常として生き続けるほかないんだ。


「そういう言い方ないですよー。人として産まれたから恋愛する自由はあると思います」


「そんなものあるわけないって、第一今回の相手はよく話さない相手でしょ? 障害のことを全く知らなさそうな人と恋愛なんて絶対無理」


 ふてくされて反論する出雲さんに対して、すかさず言い返す草野さん。その言い方から出雲さんは恋に夢を見ているみたいで、草野さんは夢見ていないことが分かる。


 それじゃあ私はどうしたらいいのかな? 障害があるからという理由で恋愛を諦めて切り捨てるのか、諦めずに一度デートしてみるのか。


 私には分からなかった。どうしたらいいのか、どうすればいいのか。私、本当に何をすれば良い?












 恋愛をしたらいけない、そんなことくらい分かっている。だって普通じゃないから、普通に誰かと一緒にいることが難しいから。


 これじゃあ恋愛なんて難しいに決まっている。


 そう、私は誰とも付き合ったらいけない。デートももちろん行ってはいけない。そう思うんだ。


「あれっ今日は早いね。もう帰るの?」


「今日は1年の振り返りをしておそばを食べただけなので、早いんです」


 就労移行施設から帰ろうとしたら、旭さんとまた会ってしまう。


 今日はおそばを食べて、更に今日卒業する訓練生と話していたから、変える時間がイレギュラーなことになっている。そういうことで変える時間が分かりづらいから会わないと思ったのに、残念ながらそうじゃないみたい。


「そうなんだ。いつもの時間になっても来なかったから、何かあったんじゃないかなと思った。でこれから帰るだけ? 一緒に帰っていい?」


「いいですよ」


 断ったらめんどくさそうなことになりそうなので、渋々了承する。よく考えると旭さんは仕事、どうしたんだろうか? 普通は昼からも仕事があるはずなんだけど。


「仕事は大丈夫ですか?」


「だいじょーぶ。昨日が仕事おさめで、今日は休みだから」


「それいいですね。うらやましいです」


「いーだろー。でも休みだと川津さんと会えないのが残念なとこ。だから今日会えてよかった」


「そうですか」


 旭さんは嬉しそうに言うけど、もちろん私はそうは思わない。休みで誰とも会わないこの期間が幸せだって思ってしまう。


 旭さんだけじゃない。よく話す出雲さんや親しげに話しかけてくる志木(しき)さんや柚城(ゆずき)さん、暴言をはいたり大きな音を立てたりして生理的にあわない巌本さん、それからあまり話さない草野さん。


 優しい人も恐い人も含めて、関わるのがしんどい。誰とも話したくない、誰とも関わりたくない。そう思ってしまう。


 就労移行にはいってすぐはそうは思わなかったのに、いつからこんなに人間関係が嫌になっちゃったんだろうか? それは分からないけど、なんとなく仕方ないことだったと思う。何をしてもこうなるのを避けることはできなかった。


「そういえば話変わるけど、川津さんって好きな人いるの?」


「いません」


「婚約者とかも?」


「それもいません」


「じゃあつきあって」


「無理です。ていうかなんで私を好きになったんですか?」


 つきあってとかデートしてとか、旭さんはこりない。


 何度断っても、どれだけつれなくしても、またアタックしてくるんだ。


 旭さんは決して諦めてくれない。早く諦めて欲しいのに。私は障害がある以上、普通に恋愛なんてできないんだから。


「初めて会ったときからずっと気になっていたんだ。普通じゃない感じがして、一人だけ違うような考え方をしているような感じがするから」


「あそこにいる人達みんな普通じゃないです」


 あそこには普通の人なんてまずいないと思う。


 第一普通じゃなければ通所する必要なんてないから、一人だけ違うような考え方はしていない。むしろスタンダードな方だと思う。


「そういう世間的な普通とか違うとか関係なくて、僕にとって普通じゃ無いということ。どんなに可愛い子と一緒にいても、どれだけ綺麗な子と一緒にいても、つまらない。それよりは僕は川津さんがいい。そんな特別なんだ」


「めっちゃ熱烈ですね」


 なんだか恋愛小説とかで登場しそうな言葉、そうぼんやり思う。それほど現実味がないし、なんなら自分が言われているという実感もない。


「旭さんはお世辞がめっちゃうまいですね」


「えっお世辞じゃないよ。事実だって」


 旭さんは慌てたように言葉を紡ぐ。旭さんにとって、これは真実なんだと思う。だからこれほど慌てているのかもしれない。


 でも私にとってどっちでもいい。真実であれ嘘であれ、そういった言葉を私に向けてくれること。それはそれでうれしい。誰も信じられないけど、この言葉だけは信じたいと思ってしまう。


「お正月が終わってからもまた会えると良いです」


 恋愛なんてしたらいけないのかもしれない。


 でも少しだけ近づいても良いかなって思ったんだ。これからどうなるのか分からないけど。


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