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「な、なんで……?」

「困ってるって聞いたから」


 勝手に人の荷物をどかして、隣に座る。

 そのまま困惑している私の顔を覗き込むと、楽しそうに微笑んだ。

 いたずらっ子のような顔は、学生時代によく見たものと変わらない。

 彼女とは将来どうするかをよく話し合ったものだ。

 私はバカ王子と結婚して、この国でキャリアを築く。

 マルグリットは家業である貿易で名を挙げる。

 彼女の家は様々な国で貿易をしている大きな商家であり、早く働きたいと常々言っていた。


「もっと早くに来なさいよ」

「まぁまぁ、今はあたしに怒っている場合じゃないでしょ」


 困ってる、という時期はすでに通り過ぎた。

 私はこの国で立場をなくし、国外追放になった身だ。

 文句のひとつくらい言ってもバチは当たらないだろう。


「生きてるかもわからなくて、心配したんだからね」

「まぁ、随分優しくなったのね」


 からかい半分の言葉に、顔が熱くなる。

 学校を卒業して、家の手伝いをするとは聞いていた。

 最初は忙しいのだろうと放っておいたが、ずっと連絡がなければ心配もする。


「あなたが連絡をすれば良いだけの話でしょ。そうすれば、私にもできることがあったのに」


 マルグリットがいれば、できることはたくさんあった。

 人付き合いが得意な彼女がいれば、あれこれ対策を考えられた。

 バカ王子と浮気相手がくっつくのも防げたかもしれない。


「なに、あの馬鹿王子と本当に結婚したかったの?」

「少なくとも、ここまでコケにされることはなかったと思うわ」


 私の言葉に、マルグリットは驚いたように眉毛を持ち上げると、少しだけ機嫌悪そうな声を出した。

 結婚したかったか?

 夢のために、結婚()()()()()()()()()()()のだ。

 ましてや国外追放されたのに、国の外に出れないから処刑などという、馬鹿げた終わりを迎えることはなかった。


「昔から敵ばかり作るから」

「勝手に湧いてくるのよ」


 結婚には微塵も未練は残っていない。

 それが伝わったのか、呆れたように肩をすくめられた。

 人付き合いの得意なマルグリットと違い、私は殿下の婚約者ということもあって、遠巻きにされていた。

 都合の悪いことは私の仕業になることが多かったのだ。

 いや、今はそんな昔の話は良い。

 誰よりそんな状況を知っているのは、ずっと隣にいて呆れたように話を聞いていた彼女なのだから。


「で、あなたは?」


 わざわざ笑いに来たのだろうか。

 この悪友は人がピンチに陥っていても放っておく事が多い。

 自分のことは自分でする。

 それが2人のルールだった。

 もちろん、助けを求められたら、その限りではない。

 とはいえ、私もマルグリットも素直に助けを求められる人間ではなかったのだけれど。


「ああ……助けに来た」


 だから、すんなりと言われた一言が最初理解できなかった。

 港の雑踏に音が紛れてしまったのかと思ったほどだ。

 このとき、私は随分マヌケな顔をしていたことだろう。


「え?」

「出ないと処刑なんでしょ? 流石にセシルが殺されるのを見てられないわ」


 首の前で親指を横にするような動作。

 上品とはとても言えない。

 ニヤリと笑うマルグリットの手を慌ててとり、下げる。

 顔を寄せて、周りに声が聞こえないようにした。


「意味分かってるの?」


 学園に通っていた頃とは違う。

 今、私を助けるということは、犯罪者になるということだ。

 極端なことを言えば、今このとき憲兵に捕まってもおかしくない。


「分かってる。じゃなきゃ、来ないでしょ」


 マルグリットは学園時代と何も変わらない笑顔を浮かべた。

 まるでこれから悪戯をしかけるような顔。

 そんな悪友の姿に大きく息を吐いた。

 私からすれば願ってもない申し出だったが、喜んで頷くこともできない。


「そうじゃなきゃ、来ないって……あなた、そりゃ、もうちょっと早く来てって言ったけれど」

「どうするの?」

「私は」


 どう返事をするべきか。

 先程も思い悩んだ内容だ。

 少しの沈黙が二人の間に落ちる。

 迷っている内に港が騒がしくなり、ざわめきの中心が徐々に近づいてくる。

 マルグリットと2人でそちらに目を向けていると、保安所の入り口のすぐ近くーー私のすぐを側を見たくない顔が通り過ぎる。

 相変わらず無駄な人数の取り巻きに、わざわざ新しい婚約者まで一緒に来ていた。


「……殿下」

「もうすぐだな」


 呆れも何もかも含んで名前を呼べば、楽しそうに笑う顔が返ってきた。

 相変わらず、見た目だけは良い。

 ツヤツヤした黒髪で前髪だけを上げている。絶世の美女といわれた王妃様に瓜二つの顔に、王様のしっかりとした体格。

 まさに良いところだけを受け継いだ王子なのだ。

 能力以外は。


「第三王子殿下、ご機嫌麗しゅう。わざわざ、こんなところにまでおみ足をお運びいただけるなんて、セシルも愛されているわね」


 マルグリットが立ち上がり、私と王子の間に立つ。

 殿下と知っていながら、ここまで厭味ったらしく名乗れる女性も珍しい。

 何を言われたかわからず、面食らったような顔をした王子は、目の前の女性が誰か認識したらしい。

 忌々しそうに顔を歪める。


「学生時代からセシルの手柄を奪い続けて、最後にこれ?」

「マルグリットか。相変わらず、ウルサイ女だな」


 なおも続くマルグリットの言葉を切り捨てた。

 対するマルグリットも引くわけがない。

 彼女は基本的には誰にでも優しいし、人当たりも良いが、自分の敵には容赦しない。


「そのまんま、お言葉お返しするわ。成長が見られない……いや、浮気をしていると思えば、悪化してるわね」

「浮気などではない。新しく婚約しただけだ!」

「そうですわ。昔から不敬な態度を取り続けるアナタの方が問題ではなくて?」

「浮気女が、いつの間にか偉くなったわね」


 マルグリットの目が鋭くなる。

 殿下の新しい婚約者は、私たちより年下の伯爵令嬢で、王家と婚姻を結ぶにはギリギリの階級だ。

 だからこそ、わたしが難癖つけられて国外追放になったのだけれど。

 私はポンポンと打ち返される言葉の応酬を見ているしかなかった。


「セシルが俺のために考えたのだから、俺のものだろう」

「話にならないわね」

「大体、セシルの案を使うことは彼女も納得している。それが、この国の形だ」

「そうですわ」


 王子がこちらを見る、私は唇を噛みながら、俯いた。

 そうだ。自分で納得して、渡した。

 王子のためではない、国のため。それが一番スムーズに通ると思ったのだ。


「まったく、この国は変わらないのね」


 マルグリットのつま先がグリグリと地面をいじめていた。

 苛ついているのだ。彼女がこうやって怒りを爆発させるのは、よくあることだった。

 母親が隣国の貴族であるマルグリットは、この国のあり方によく怒っていた。

 もっともそれが表面に出ることは少なく、彼女の怒りに気づいている人間は少ない。


「あんたに、この国に、セシルは勿体無いわ」


 はぁと深いため息とともに、首を小さく横にふる。

 それはまるで、説得するのを諦めたような仕草だった。

 王子たちの方を向いていたのを、くるりとこちらに振り返る。

 それから私の前に彼女の手が差し出される。


「あたしと一緒に共和国へ行こう?」


 目の前に出されたチケットに固まる。

 私の手の中でクシャクシャになってしまったものが落ちていった。

 彼女のもう一つの故郷である共和国行きのもの。共和国の理念は、男女平等。

 実力があるものが上に立つ。厳しいけれど、わかりやすい国。

 いずれ行きたいと願っていた場所。

 私は、チケットとマルグリットの顔を壊れた人形のように首を振りながら見るしかなかった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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