【短編】ヒロインに転生したので悪役令嬢を助けます
乙女ゲームのヒロインに転生してしまった。
実に残念である。
私は平凡で平穏な日々を望むのだ。
王子には興味がない。
イケメンは見るだけでいい。
社交なんてもってのほか。
紅茶を飲みながらウフフオホホとか意味分かんね。
ポテチ食べながら部屋でマンガ読むのが至高。
私の平和を守るため悪役令嬢を助けます。
そういうことで、私の朝は念入りなメイクから始まる。軽く二時間はかかる。
盛らない、あか抜けない、輝かないメイクがモットー。
足し算ではない、ひたすら引く、良さを全部消す。
なんならバサバサまつ毛も短く切る。
目立たないこと、それ一択。
学園に行かないことも考えたけど、世界の強制力とやらに攻略対象と引き合わせられると困るではないか。なんの対策も取らないままエンカウントして、うっかり惚れられたら目も当てられない。
それならば、学園に行ってモブと化しながら、悪役令嬢を支える方が安全と考えたのだ。悪役令嬢はスペックが高いはず。ツンデレ体質や悪意なきKYをフォローしてあげれば、きっと攻略対象をまとめてホイホイしてくれるに違いない。
はあー、毎日ストレスが半端ない。
今日のイベントは、ワンコ系年下メンズとの出会いだ。子爵家のひとりっ子で甘やかされて育ったから、ガツンと叱ってくれるお姉さんに弱いと。
よしよし、計画通りにベアトリーチェ様が噴水のところまでやってきたな。そろそろワンコが来るはずなんだけど……。あ、来た。
「あなたですの? わたくしに話があるのですって? 何かしら。早くおっしゃいな」
ベアトリーチェ様が腰に両手の悪役令嬢スタイルでワンコを見下ろす。
「な、なんですか突然。僕はここに休憩に来ただけです。お昼ごはんを食べようと思って……」
モゴモゴと口ごもるワンコ。手にはサンドイッチや果物の入ったカゴを持っている。
「あら、そうですのね。わたくしが一緒に食べて差し上げますわ。ひとりで食べるのが寂しいのでしょう?」
「そんなことない。寂しくなんかない。失礼ではないか」
顔を赤くしながら言い返すワンコ。
「まあ、それは失礼いたしましたわね。……ぐぅ〜きゅるきゅる……」
「……お腹が空いてるのなら、ひとつあげるよ」
「んまあ、なんですのその言い方。し、仕方ないからいただくわ。そうねぇ、そちらの鶏肉がはさんであるのなら食べてみてもよくってよ……むぐむぐ……お、おいしいわ。」
「……もうひとつどう?」
「あ、あら、でしたら次はそちらのゆで卵とキュウリのサンドイッチがいいですわ……パリッパリッ……これもなかなかいけますわ。あなたの家の料理人、腕がよろしいわね」
はあ、ふたりともチョロくてよかった。あー疲れた、帰ってポテチでも作るか。
あ、ヤッベ、急いでたら誰かにぶつかってしまった。ひーダメだ、よりにもよって王子じゃないか。必殺、目潰し。よろめいたフリをしながら、パーにした手の甲全体で王子のアゴから目までをなで上げる。これでしばらく目が見えないはず。
「ごめんなさい。今救護のものを呼んできます」
なるだけ低い声で言うと、猛ダッシュで駆け抜ける。頼む、いてくれー。
「まあ、あなた、どうなされたの? 女の子がそんなに走ってはダメではないですか」
「し、失礼いたしました、ベアトリーチェ様。あちらの廊下で殿下が倒れていらっしゃいます。救護室まで行ってきますので、ベアトリーチェ様は殿下についていていただけませんか?」
「まあ、もちろんですわ。わたくし少しなら癒しの術が使えますもの。あちらですね」
タタタタッと走り去るベアトリーチェ様を見送ると、やや早足で救護室にむかう。ノックしてドアを開けるとそこには、白衣のイケメンがーーー、まずい、こいつも攻略対象じゃねえか。必殺、水責め。水筒の水をイケメンの顔にぶちまける。
「あああああー、申し訳ございません。今手拭きを取ってきます」
ダメだ、今日は厄日だ。さっさと撤収しよう。
目立たぬよう気配を消しながら校門へ急ぐと、後ろから声をかけられた。
「おい、君、ハンカチ落としたぜ」
あかん、これ攻略対象とのイベント。スカートのポケットの中のブツを握りしめ、振り向きざまに投げる。必殺、まきびし。
「それ、私のではありませーん」
そのまま走って家まで帰った。
もう学校行きたくない。
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