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短編集【ホラー】

腕を掴むもの〜魔の三叉路にて

作者: ポン酢

通学路に何故か事故が多発するY字路がある。

その中には当然、死亡事故もいくつかあった。


うちの学校ではそこの事を「魔の三叉路」とか「死のY字路」とか言っていた。

そこまで都会と言うほどでもない、地方都市の学生にに過ぎない俺達生徒は、他に騒ぐネタもないのでふと思い出しては誰かしらがその話をしている。


そして当然、尾ひれ背びれがついていく。


夜に通ったら半分腐乱した女を見ただの、通っていたら誰かに腕を掴まれて目の前で事故が起きただの、まぁ、どこにでもありそうな内容だ。


「お~、今日もいるなぁ~。1年か?あれ??」


「さぁな。」


部活が終わり、暗くなった帰り道。

例のY字路に差し掛かると、数人の生徒がキャッキャしながら、動画やらなんやらをスマホで取って盛り上がってる。

盛り上がんのはいいけどよ、供えてある花とか荒らすなよ?!

霊がどうのとか祟りがどうのとかじゃなくて、うちの学校の評判が悪くなるから。

ただでさえ、暗くなると週数回ぐらいでうちの学校の生徒がたむろすっから、この辺からの苦情が耐えないんだからな?!


「どうするよ?!」


「放っとけ。」


「でもさ~、苦情が来ると姉ちゃんうるせぇからさ~。」


俺は親友にそう言って、チャリをそいつらの方に向けて漕ぎ出した。

俺には年子の姉がいて、何と生徒会長様様だ。

だからこう言った地域とのゴタゴタがあると家でキレまくって八つ当たりされるのだ。

俺が悪さした訳じゃねえのに、本当迷惑だ。

親友も諦めた様にため息をつき、後ろからついてくる。


「おい、お前ら。」


「は?何??」


キャッキャ騒いでた奴らは、盛り上がっていた所でいきなり声をかけられ、ムッとしていた。

だがナメられたら話しにならない。

こちらも負けじと睨みつける。


「何年だ?お前ら。」


「関係ないだろ?!」


「あるんだよ。お前らみたいのが騒ぐから、ここいらからしょっちゅう苦情が来んだよ。その度、ホームルームなんかで注意されてんだろうが?!てめぇらが事故に合おうと呪われようと構わないけとよ?学校の信用問題になる様な真似すんじゃねぇよ?!」


「は?!何、偉そうに言ってんだよ?!俺らが女連れてんから羨ましいのかよ?!」


「おい、その辺にしとけよ?」


俺がそいつらのリーダーらしきチャラい男と言い合っていると、早く帰りたい親友が低い声で言った。

コイツはガタイもデカイし、何よりうちの部のエースで地域新聞や高校体育連盟の広報にも載るような男だから、それなりに顔が知られている。

それに気づいたらしく、連れの女の子たちがキャッ♡と高い声を出し、他の男の連れがチャラ男をそれとなく止める。


「おい、まずい、やめとけって……。」


チャラ男はせっかく女の子といい感じになった所で邪魔されたのか、なかなか惹かない。

初めのナメ腐った態度は落ち着いたが、ごちゃごちゃ俺に言い訳がましく言ってくる。

直接、親友の方に絡まない所がヘタレだよなぁ。


「別にここに来んなって言ってねぇだろ?!騒いだり、物を荒らしたりすんなっつってんだよ?!」


「はぁ~?!別に何も壊してませんけどぉ~??いいががりつけてんじゃねぇよ?!」


「何だと?!」


「……黙れっ!!」


その時、急に俺達の言い合いには無関心を貫いてきた親友が、唐突に鋭い声を上げた。


「はぁ?!アンタ、ちょっと有名だからって……。」


「うるさいっ!!黙れっつってんだよっ!!」


寡黙な親友が、ごちゃごちゃ絡んでくるチャラ男を一喝した。

あまりに大きな声でキツく言うものだから、チャラ男以外も、ついでに俺もビクッとしてしまった。


「……しばらく息を止めろ!喋るな!!」


ただならぬ雰囲気で親友はそう言った。

びっくりして固まったせいか、辺りがシン…っと静まり返っている。


静まり返っている??


何か変だ。

いくら何でも静かすぎる。

車が通ってなくても、何もない田んぼの真ん中の道じゃないんだ。

いや、田んぼの真ん中だってこんなに静かじゃない。

虫や蛙、どんなに無音でも風の音が聞こえるはずだ。


「え、ヤダ…何?!怖い……っ!」


「黙れっ!」


異様な静けさに、キャルっぽい女の子が思わず言葉を洩らした。

それを親友が小声で一喝する。


変に寒い。

寒いというか、訳もなく鳥肌が立つのだ。

音という音が消えると、やけに自分の心音や呼吸音が大きく聞こえる。

そして本当の無音なんて経験した事のない耳が、キーンと張り詰めた空気から幻聴を拾いだす。

俺も騒いでいたチャラ男たちも、状況に飲み込まれ固唾を飲んでいるしかなかった。


「……クソ、こりゃぁ来るな……。」


親友だけがこの訳のわからない状況を少しだけ理解しているらしく、表情を固くしてそう呟いた。

どれくらい時間がたったのかわからない。

俺達はただ、何の音もしない異様な三叉路の隅で固まっているしかなかった。


「……あ…あ……ああ……。」


チャラ男の連れの男の一人が、掠れた声を上げて道路の反対側を凝視していた。

自然と皆の目がそこに向く。


「……っ!!」


「ヒッ…っ!!」


全員が息を呑んだ。

向かい側のガードレールのところから、何かがズルズルとゆっくり顔を覗かせてていた。

スローモーションの様にその姿を表したそれは、腐敗して顔なのか何なのかもわからないものをこちらに向けている。

ただ、目と口と思われる場所に黒々とした穴があった。

全身から冷たい汗が吹き出し、背筋を下からゾワッとした強烈な恐怖が駆け上がってくる。


「…ア…ア……ア……。」


声と言っていいのか、何かが聞こえる。

恐ろしくて仕方がないのに、目が反らせない。

酷く浅い呼吸をするのが精一杯で、眉一つ動かす事ができない。



「……ア…アブ……ナイ…ヨ………。」



それは声というより、直接頭の中に響いた。

まるで耳元で囁かれた様だった。



「う…うわあぁぁぁぁっ!!」



その瞬間、チャラ男が弾かれたように叫びながら、逃げようとして走り出した。

俺を含む他の連中は、その叫び声にすら恐怖を感じ、逆に動けなくなってしまった。


「馬鹿野郎っ!!動くんじゃねぇっ!!」


親友だけが少しだけ冷静で、慌てて自転車を乗り捨てると走り出したチャラ男を追いかけた。

パニックできない走るチャラ男だったが、さすがはうちの部のエース、余裕で追いつきやがった。


「動くんじゃねぇっつってんだろっ!!」


物凄い怒声を浴びせ、パニックで逃げようとするチャラ男をひっ掴んで引っ張った。

そして自分ごと、来た方に戻るように飛びのけて倒れ込んだ。


「いやあぁぁぁっ!!」


俺の側にいたチャラ男の連れの女の子が叫んだ。

仕方のない事だ。

だって、チャラ男がいた場所、そこに物凄く大きな黒い何かがいて、かぷりと大きすぎる口を閉じたのだ。

いや、ただ異様に黒いものだから口なんかわからない。

でもそれでも俺達には、その黒い何かがチャラ男を飲み込もうとしていたのだとわかっていた。




キキキキキキキィィィィーッ!!

ガシャーンッ!!




突然、俺達の耳に音が戻った。

何が起きたのか、直ぐには理解できなかった。


「あ?!え……ッ?!」


動かなかった俺達は目を瞬かせ、目を見張った。

目の前で、軽自動車が事故を起こして大きな音を立てている。

周囲の家から音を聞きつけた人たちが出てきて騒ぎ始めていた。


「嘘……。」


キャルっぽい女の子が口元を押さえて呟いた。

でもそれしか言いようがない。


だってその事故は、今さっき、黒い何かがいたと思った場所で起きた。

その事故現場の前に、親友とチャラ男が倒れ込んでいる。


集まった人が、軽自動車の運転手の状況を確認しながら電話をかけている。

エアバッグが作動しているから、こちらからは状況が確認できない。

そのうち車の周りに集まっていた一人が、転んでいる親友とチャラ男にも声をかけてきた。


「君たち!大丈夫か?!怪我は?!」


「あ、大丈夫です。転んで打ったくらいで……。」


親友は何事もなかったように立ち上がり、何が起きたのかわからずに腰を抜かしているチャラ男の腕を引っ張って立たせた。


「おい、しっかりしろ。」


「え……え……?!何で……?!」


「とりあえず、救急車に乗るかもしれないから家に電話しろ。乗らなくても警察にも何か聞かれるだろうから、今日は多分遅くなっからな。」


「は、はい……。」


「後な、明日、学校が終わったらここに行け。それから、今日見た事は誰にも話すな。一生な。お前は目をつけられたんだ。話せば見つかる。ここはできる限り通るな。いいな?」


「は、はい……っ!!」


チャラ男は真っ青になっていた。

慌ててスマホを取り出して電話している。

親友の方は面倒な事に巻き込まれたと言わんばかりの顔をして同じくスマホを取り出すと、どこかに電話をし始める。


「あ、母さん?悪い、親父に変わって。……あ、……うっせぇな、好きで遅くなってんじゃねぇよ。今、あの三叉路にいんだよ……ああ、巻き込まれた。馬鹿なのがいて……だから!関わりたくてやったんじゃねぇよ!!ユウが……ああ、……ああ。わかった、言っとく。……怪我??あ~転んで打った。」


どうやら親友も家に電話してるみたいだ。

そういやコイツんちって、小さいけど寺だったなぁ何て思ってぼんやり聞いていた。


ふと、なんの気なしに反対側を見た。

一番始めに気持ち悪い何かを見た所だ。


「……え?」


そこには、事故の野次馬に紛れて白いワンピースみたいな服を着た女の子が立っていたように見えた。

もう一度ちゃんと見ようとしたが、野次馬とパトカーが通り過ぎて見失ってしまった。

救急車も到着し、あたりはてんやわんやだ。


「おい、お前ら。」


いつの間にか親友がこちらに戻ってきて、俺の肩をぽんっと叩きながら言った。


「今日の事は下手に話すなよ。お前らが見てたって事は、向こうもお前らを見てたって事だからな。まぁそれでも食われそうになったアイツほどじゃねぇからあんま気にすんな。念の為、心配なら明日、ここに行け。それから今後ここはあんま通るなよ。」


そう言われたチャラ男の連れたちは、言葉も出ずコクコクと頷いて、親友にもらった名刺みたいなものを大事そうに握りしめていた。

俺はちらりとかったるそうな親友を見た。


「大丈夫か?お前??」


「あ~、転んだ時、肘打ったわ~。」


「えええぇぇっ?!マジかよ?!」


「明日は練習出ないで病院行くわ。」


「今すぐ行けよ!!救急車来てんだし!!」


「でも親父が軽トラで迎えに来るっつってるし。」


「せめて冷やせよ?!」


俺はそう言ってカバンから冷却スプレーを出した。

親友は上着を脱いで腕まくりすると冷やし始める。


「君も怪我をしたのかい?状況を話してくれる??」


そうしていると、救急隊員の人が声をかけてきた。

親友は面倒そうに俺にスプレーを返す。


「悪い、ちょっと行ってくるわ。親父が来たら自転車運んでもらってくれ。ついでにお前も送ってもらえよ。」


「お~、わかった。気ぃつけてな~。」


俺はそう言って親友を見送った。

動かなかった俺達は軽く警察に事情を聞かれたが、直ぐに帰っていい事になった。

そんな事をしているうちに親友の親父さんが来て、親友と俺の自転車を軽トラの荷台に積むと、家まで送ってくれた。


「悪いね、巻き込んで。」


「いや、むしろ俺が巻き込んだっていうか。あいつはほっとけって言ったんですけど、騒ぎになると姉ちゃんがうるさいから声をかけちゃって……。」


「ああ、お姉さん、生徒会長だったけ?」


「はい、すみません。」


そんな事を話しながら送ってもらい、その日は終わったのだった。











あれから、警察から注意が来たらしく、遊び半分で遅くにあの三叉路に行かないようにと学校で言われた。

流石に警察から注意を受けては学校も放置できなくて、とばっちりを受けた先生が当番で毎日誰か一人か二人、暗くなる頃そこに立たされてて可哀相だった。

あの時のチャラ男たちがどうなったかは知らないが、親友が言うには、全員、寺を訪ねてきたそうだ。

おじさんが何かしてやったらしいが、ついでに高い御札を買わせてやったと親友が鼻で笑っていた。

あこぎな奴だ。


あれは何だったのか聞こうとしたら、お前だってあの場にいたんだから、話してばかりいると目をつけられるぞと脅されて、聞くに聞けなかった。


そんなこんなで特に代わり映えもなく、俺はいつも通り、あの三叉路を通学で通る。

ここを避けると、1時間通学にかかってしまうので避けようがないのだ。

だいたいは部活の朝練と午後練があるから、行きも帰りも親友と一緒なのだが、その日は久しぶりに一人だった。

親友は念の為に通っている病院に行く為に、今日は午後練を休んだのだ。

遠回りして帰れよと言われていたが、特に何もないのだ。

俺は気にせず三叉路に向かった。


あの黒いのも気になるが、俺としてはその前に見た腐敗したみたいな幽霊が気になる。

俺の中で、事故の後に見た白いワンピースみたいな服を着た女の子は、あの幽霊の様な気がしていたのだ。

そんな事を考えながら信号待ちをしていた。


「………何か、全然変わんねぇんだけど??」


信号で止まってだいぶ待っている気がする。

車だって、1台も通っていない。

なのに何でこんなに待たないといけないんだろう??

車も来ないし、渡っちゃおうかなと思い、俺はペダルに足をかけた。


「……え?!」


漕ぎ出そうとした瞬間、誰かに腕を引っ張られた。

びっくりして振り向くと、そこにはあの、腐敗したような何かが立っていた。


「!!!!」


俺は超えが出なかった。

ガードレールに隠れていた時とは違う。

全身が見えている。


やはりあの女の子はコイツだ。

俺は確信した。


それは腐敗していて強烈な臭いを発していた。

それが俺の腕を掴んでグイグイ引っ張ってくのだ。

暗く穴が開いただけの目が、何の感情もなく俺を覗き込んでいる。

片腕は肩が外れているのかだらんと垂れ下がり、片手で俺を掴んで引っ張っているのだが、それが異様な力なのだ。

前と違って真横にいて、しかも直接、俺を引っ張ってくる事が恐ろしくて仕方がない。


「やめろ!離せっ!!」


俺は振りほどこうともがいたが、びくともしない。

自転車ごと、ズリズリと引っ張られてしまう。


恐ろしかった。

明らかに死んでいるものとのわかるものが俺の腕を掴み、ものすごい力で引っ張っているのだ。


俺は半ばパニックになって、自転車を飛び降りて逃げようとした。

けれどそれは俺の腕を離さず、なおも引っ張ってくる。

腐って剥れかけた肉の中に、暗い穴みたいな目が何を言いたいのかわからないまま俺を見ている。

気持ち悪い。

怖い。

こんな事なら親友の言う通り、遠回りすればよかった。

恐怖でガクガクと震えながら、俺は必死に抵抗した。



「……ア……ア…ア…………。」


「離せ!俺が何したって言うんだよ?!死にたいなら一人で死ねよ!!俺を巻き込むなっ!!」


「……ア……ア…ブナ……イ…ヨ………。」



それは前と同じく、片言でそう言って俺の腕をグイグイ引っ張る。

次第にそれに力負けして、こんなに踏ん張っていると言うのに、俺は少しずつ後ろに後ろに引きづられて行ってしまう。


怖い。

食いしばる歯がガチガチなった。

その手を剥がそうとしても腐敗した肉がめくれるだけで、どうする事もできない。

肉がめくれた事で見えた骨が、しっかりと俺の腕に食い込んでくる。


「やめろ!!やめてくれ!!俺が何したって言うんだよ!!やめろよぉぉっ!!」


「……ア…ブ……ナイ……ヨ………。」


俺はもう、恐怖で頭がおかしくなっていた。

涙と鼻水が出て、なりふり構わず暴れまくる。


「嫌だぁっ!!やめろぉっ!!俺を連れて行くなぁぁっ!!」


「…………チガ…ウヴゥ……。」


「やめてくれよっ!!俺が何をしたって言うんだよおぉぉぉっ!!」


俺はここを荒らしたりなんかしてない。

なのに何でこんな目に合わなきゃならないんだ?!

俺があまりにも必死に泣き叫んで暴れたせいか、ふっと引っ張る力が緩んだ。

暗く穴の空いた目が、何か悲しそうに訴えていた。

だがそれが何かなんて気にできる余裕は俺にはなかった。

力が緩んだその一瞬の隙をついて、俺を掴んでいる腕を振り払った。

そして反対側へ、道路の方に無我夢中で走り出した。


その時だった。


目の前に、あの、異様に黒い影が現れた。

あの時と同じ。

ただただ黒いそれなのに、俺を超えるほどの大口を開いて俺を待ち構えていると感覚で悟った。

腐敗した幽霊から逃れようと走っていた足は、奇跡的に急ブレーキをかける事に成功した。


だが、目の前には大口を開けた闇。

後ろには腐敗した幽霊。

俺はどっちに行くべきか悩み、ちらりと後ろを振り返った。


「!!!!」


俺は瞬時に判断した。

どうしてだかなんてわからない。

でも頭で考えるよりも先に体が動いたのだ。


俺は、後ろにいた幽霊を抱きしめるように抱え込み、歩道側に思いっ入り身を投げたのだ。


俺が振り返った時、腐敗した幽霊は恐怖に慄いていた。

崩れた顔に開いている、ただ黒い穴でしかない目と口を見開いて恐怖していたのだ。


幽霊が怖がるなんて、とも思った。

しかも顔は腐敗して崩れているし、目も口もただの黒い穴でしかない。

それでも、俺はその幽霊が恐怖で立ちすくんでいるように見えたのだ。


ダンッと俺は腐敗した幽霊ごと地面に叩きつけられた。

あれだけ腐敗していたんだ。

体中ヤバイ液体と肉片塗れだろうと思いながら体を起こした。


「…………ふぇっ?!?!」


しかし……。

俺の下敷きになっていたのは、腐敗してドロドロに溶けた死体じゃなかった。

真っ赤な顔でぷるぷるしている、白いワンピースみたいな服の女の子だった。


「きゃ~っ!!」


「ぶへっ?!」


えっ?!と固まる俺に、女の子が平手打ちしてきた。

ぶん殴られた衝撃で、俺は一瞬、意識が飛んだ。

そしてその瞬間、物凄い音と衝撃が背後で聞こえた。


びっくりして振り返ると、後ろで車同士が正面衝突している。


「………は?!どういう事だ?!」


俺は訳もわからずその光景を眺める。

大きな音に、またわらわらと近所の人が出てきていた。


俺はハッとして自分の下を見た。

けれどそこにいたはずの女の子は消えていた。

慌てて辺りを見渡すと、初めて腐敗した彼女を見たガードレールのところからひょこっと顔を覗かせぷるぷる震えている。

真っ赤な顔で俺を睨み、ツンっと顔を反らせると消えてしまった。


俺は何が起きたのかわからず、ただ呆然としている。

そしてあの時と同じ様に、誰かが警察と救急車を呼んでいて、今回は俺も救急車に乗る事になったのだった。








運悪く、俺は腕を骨折した。

次の日は、結構酷い事故だった事もあり、検査入院する事になった俺はする事もなく暇を持て余していた。


「………だから、遠回りして帰れって言っただろうが。」


ゴロゴロしていた俺は、そんな声にガバッと体を起こした。

親友だった。

怒ったような安心したような顔で、ムッと俺を見ていた。


「悪わりぃ。こんな事になるなんて思わなくてよ。」


「全く。無事だったから良かったものを……。あれに食われてたら、お前、まともに死ぬ事もできなかったんだからな?!」


親友は怒った顔をしてベッドヨコの椅子に座った。

俺は何となく、もう、あの三叉路の話はしても大丈夫だと思った。


「何なんだよ、あれは?!」


親友はため息をつくと話してくれた。

三叉路、特にY字路というのは、元々、そう言う力が溜まりやすいのだそうだ。

辻というのはただでさえ、ものが交わる場所なのに、Y字路というのはまっすぐ進もうにもどれがまっすぐなのかわかりづらい。

だから人も迷うが、その他のものも迷うのだそうだ。

そうするとその場にそう言った力がたまり、本来、交わるべきではない他の辻とも通じてしまう。

つまり、人とは違う世界の辻とも通じてしまう事がよくあるのだそうだ。


「そうやって他の辻とつながると、その辻を使うものも通ろうと集まってくる。だが三叉路だ。やはり迷うもんは迷う。そうなってくるとそこには特別な地場が生まれる。そうするとその一時的に開いただけの別物んの辻も、固定化されていってしまう。オカルト板なんかでよく言われる『霊道』ってヤツの一つだよ。」


さすがは寺の跡取り息子と言うべきか、半分ぐらい理解できないオカルトな話をされる。

俺はわかったようなわからないような感じで頷いた。


「霊道ってのは別に悪いもんでもない。お前だって目的の場所に行く為には道を歩くだろ?仏さんたちも同じ。目的の場所に行く為に、ただ歩く道に過ぎない。だが何らかの障害があって進みづらかったり迷っちまう様な状況だと、そうものが溜まっちまう。足止めを食らえば人だって仏さんだってフラストレーションが貯まる。つまり負のエネルギーが溜まっちまうんだよ。そうなっちまうと問題だ。その負のエネルギーがまるで意思でも持ったかのように動いて周りに影響を与えだすんだよ。」


「なら、あの黒い影はその負のエネルギーの塊って事か??」


「まぁ簡単に言えばそういう事だ。そしてそれは自分を維持するために、そういうものを集めだす。」


「だから…事故が絶えなかったのか、あそこ。」


「そういう事だ。でも安心しろ。あまりに事故が多い上、その規模が大きくなりすぎてるから、今度うちの宗派で大々的にあそこの霊道は小さくして、迷わないように何か置いて対処する事になったからよ。」


「え?!塞ぐんじゃなくて?!」


「お前な。お前だってあの道が塞がれたら困るだろ??仏さん達も同じだ。普通に使ってた道がいきなり閉鎖れたら、かえって行きっぱがなくなって困っちまうだろうが。だからあれが出てこれない大きさまで縮めて、迷わないように道標を立てて、行き来をスムーズにすれば、同じ場所に辻があったってさほど問題にはならねぇよ。」


なるほど。

塞いでしまえば不便になって、かえって不平不満が溜まるから、大きさを絞って道案内の看板を立てて通行の流れをスムーズにするって事か。


「だったらもっと早くやれば良かっただろうが。」


「あのな、こっちだって無償のボランティアをすんのには限度があんだよ。社会的に各所との兼ね合いってのもあるしな。今回は流石に警察も市もヤバくないかって事で内々に話が来たから、交通安全の祈祷って名目でやんだけどよ。それに以前はあれはあそこまで強くも大きくもなかった。だから多少、大きさを縮めたって意味がなかったんだ。良いか悪いかは別として、あれは大きくなりすぎた。だから今回、小さくしちまえばもうここには出てこれなくなるんだよ。」


親友の話はよくわかるようなわからないような、納得していいのか悪いのか、何とも微妙な気分になった。

だがおそらく、こちら側からするとしたら、その程度でいいんだろう。

自分ができる事の領分を超えている事ってのは、下手にガチガチに無理矢理な事をやると、思わぬ大惨事になるのだから。


「………あれって、何だったんだ??」


「さぁ?わからねえよ。向こうのもんの事なんて、こっち側からわかる訳ないだろうが。わかったふりしてんと、痛い目を見るしな。」


「ふ~ん……。」


親友の曖昧な返事に俺は曖昧に返事をした。

まぁ、もうこうなっては、あれが何かなんてどうでもいい話だ。


それよりも……。


「なぁ……。」


「あ??」


「あの子……。」


その言葉だけで、親友は何が言いたいのか理解したようだ。

ちょっとだけ罰が悪そうに頭を掻いた。


「やっぱ、お前が助かったのは、あの子が絡んでんのか……。」


「そっか………。やっぱ、あれ、助けてくれてたんだ……。」


俺は申し訳なくなって俯いた。

腐乱してしまってもなお、あれに襲われそうになる人を救けようと必死になっていたあの子。

なまじ見かけがヤバすぎる幽霊だから、見た人はパニックを起こしてあの子が救けようとしているなんて気づかないだろう。

俺自身、そうだった様に……。


「ああゆうのに、多少、抵抗できる子だったんだろうな……。だから完全に食われずに逃げれたんだけど……体の方は死んじまった。しかも霊体の方も食われかけたせいで穢を受けちまって、まともに冥界に行くに行けなくなっちまって……。だからあそこに囚われて、それでも他の人が同じような目に合わないように一生懸命やってくれてるんだけどよ……。」


「…………何とかしてやれないのかよ??」


「アイツが現れる時に出て来てたから、あの子が事故の原因だって考えるヤツが多すぎるんだよ。そしてあそこの話をする時に、必ず出てくるだろ??だから難しいんだよ。数多の人の思考があの子を醜くしてあそこに縛り付けてる。少なくとも噂が風化するまでは厳しいな。」


「本当はあんなに可愛いのになぁ……。」


最後に見たあの子を思い出す。

同い年か少し下くらいだろう。

不可抗力だが俺に押し倒される形になって、真っ赤になってた。

ガードレールから睨みつけてきた顔も、ぷるぷるしちゃって可愛かった。

そう言えば、結構、思いっきり引っぱたかれたっけ……。

俺は場違いにもニヤニヤしながら頬を触った。

そんな俺を、鳩が豆鉄砲でも食らったみたいな顔で親友が見ていた。


「お前……見れたのか?!あの子の元の姿を?!」


「見たぞ??前回も今回も。俺を喰おうとしたアレから必死に引っ張ってくれてたから、一緒に食われそうになってさぁ。めちゃくちゃ怯えてたから抱きかかえて一緒に避けたんだけど、押し倒す形になっちゃって。キャーとか叫ばれて引っぱたかれたぞ。俺。」


俺の話を聞いて、親友は口をあんぐり開いたまま固まっていた。

何だよ??そんな変な事言ったか??俺??


「お前ぇ~!!マジかよ!!」


「マジだけど??」


「は?!いつから元の姿で見えてたんだよ?!」


「1回目はパトカーとか救急車が来る頃、チラッと見た。すぐ消えちゃったけど。今回は押し倒してからだな。」


「………って事は、抱きしめて一緒に避けた時は……。」


「うん、腐乱死体の時だよ。だからやべぇ!服が腐った肉まみれになった!!って思ったら、あの可愛い女の子の姿だったからびっくりしたんだよ。」


「スゲーわ、お前……。俺、お前の事、初めて尊敬したわ……。」


親友は手で顔を覆い、クタッとしてしまった。

と言うか、初めて尊敬したとか、失礼極まりないやつだな?!


「……思ったより、早く何とかしてやれるかもなぁ、あの子……。」


「え?!マジで?!」


「お前がその気ならって事だけどよ。」


「え?!何?!俺がどうすりゃ助けてやれんの?!」


「別にたいした事じゃねぇよ。今後、あそこを通る時は、あの子の冥福を祈ってやれ。」


「………そんなんで良いのかよ?!」


「ああ……。あの子があんな姿になっても積んだ徳がある。そしてお前の見た目に左右されずに助けようとした純粋な徳によって、穢がかなり浄化されてる。2つがあって偶然起こった浄化だ。奇跡って言っていい。言っとくが、そんな事、普通は起こらない。お前、もしあの子が本当に純真な存在じゃなかったら、取り込まれてたんだぞ?!迂闊にそう言う事は二度とすんな。」


「ごめん……。」


「でも今回はそれであの子は浄化がかなり進んだ。そして噂に縛られてる以上に、あの子に取ったら致し方ないとはいえお前に押し倒されたっていう事の方が自分を縛る楔になった。」


「………え?!あれは押し倒した形になっただけで!!わざとじゃない!!」


「それでも多感な年頃のあの子にとったら、幽霊として世間に噂されてる事よりも重要な事になったんだよ。」


「わざとじゃないのに~!助けようとしただけなのに~!!」


「うるせぇな、良いだろ?!そのお陰で、あの子は早めに輪廻の中に帰れるんだからよ。喜んで痴漢男と胸を張れ!!」


「痴漢なんかしてないっ!!」


何、俺?!

あの子に痴漢男として認識されてんの?!

助けてくれたから助けたかっただけなのに!!

腐乱死体の状態で抱きしめてアレを避けるのは!!

結構、度胸がいったんだからなぁ~っ!!


痴漢扱いされて悔しがる俺を、親友はゲラゲラ笑っている。

笑うな!!

こんちくしょうっ!!


「とにかく、あの子にとったら、今はお前との結びつきの方が強いんだよ。だからお前が冥福を祈ってやれ。元々、多少は力のあった子だ。そうすれば、自然と色々断ち切って、輪の中に帰るさ。何しろ居るのが辻なんだからな。」


何だか色々納得はいかないが、それであの子が成仏できるならいい。

例え俺が痴漢扱いされててもな!!(泣)


そんなこんなで、俺は通学であのY字路を通る度に、あの子の冥福を祈った。

何となく、あのガードレールの方から警戒されまくった視線を感じる気がするのは、きっと気のせいだ……。


やがて、親友宅の寺なんかの祈祷が効いたのか、三叉路での事故は減った。

それと共に、変な噂も途絶えていった。


あれ以降、あの子の姿も見てはいない。

何となく睨まれていた視線も感じなくなった気がする。


それでも、俺は三叉路を通る度にあの子の事を思った。

自身もアレに遭遇して命を落としたのに、腐乱死体みたいになってまで、同じ目に誰かが合わないように必死に守ってきたあの子を。


そもそも噂になっていたのが、あの子がここを守っていた証拠だ。

アレに襲われたら助からない。

でも助かってあの子の話をするという事は、あの子が現れた事で助かっていたと言う事なのだ。

ただ、見た目やらなんやらのせいで、あの子が悪者にされていただけだ。


「可愛い子だったのになぁ~。」


俺は信号待ちをしながらそんな事を呟いた。




『バカッ!!スケベッ!!』




どこかからそんな声が聞こえた気がした。

ハッとして顔を上げると、向かい側のガードレールの側に、あの子が立っていた。


以前とは全然違う。

何か光ってて、キラキラしてて消えてしまいそうだった。

そんな彼女は少し頬を赤らめ、俺にあっかんべーをしてきて消えた。

最後に見たあの子は笑っていた。


「………やっぱ、可愛いじゃん……。生きてるうちに会いたかったなぁ~。」


まだカノジョができた事のない俺は、ちょっとだけ残念に思いながら、彼女の冥福を祈ったのだった。

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