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008

 ドアを開けて入って来たのは、アンジェリカだった。彼女は、部屋に入って来るなりドレスの前に歩いていってそれを凝視している。


「まあ! こんなに豪華なドレスのサンプルを三着も作らせたの? こんなの無駄遣いよ」


 アンジェリカは、腰に手を当ててエレーヌを睨みつけている。


「アンジェリカ様、伯爵家の長女のデビュタントです。これくらい当たり前です」


 私は、声を大にして抗議する。


「マーサ! 貴方、いったいどうしたって言うの? 最近の貴方はおかしいわよ。今までずっと、私の味方でいてくれたじゃない!」


 アンジェリカが、私を見て怒りに震えている。仕立て屋の二人は、突然のことで驚きを露わにしている。 こんな場面を、外の人に見せるなんて困りものだ。


「アンジェリカ様、お客様がいらっしゃいますので」


 私は、アンジェリカを落ち着かせる。こういうところが、品が無いと思わせてしまうのだ。


「申し訳ありません。本日はここまでにして頂いてよろしいですか?」


 私は、仕立て屋二人に声をかける。二人は、もちろんですと頷いて片付けを始めてくれた。そしてあっという間に片づけて、退出を待っていた。

 私は、二人が片づけている間にエレーヌの部屋に控えていたメイドに声をかけた。


 二人を玄関まで送って欲しいと頼む。そして、いくつかの伝言を言づけた。

 ドレスはピンクで制作を開始して欲しいこと。明日、エレーヌをお店のほうに行かせるのでサイズはそこで測ってもらいたいこと。そして、一応同じサイズで他の二つも完成させて欲しいと伝言した。

 メイドは頷いて、仕立て屋を部屋の外に促して出て行った。


 部屋の中に三人になったとたん、アンジェリカが口を開く。


「マーサ、いったいどうなってるの? エレーヌに仕事もさせていないみたいだし。これじゃー、普通の令嬢と変わりないじゃない。あの女がいなくなったのだから、ブルックス家は私たちのものだって言ってたじゃない」


 アンジェリカが、驚くことを述べる。どこをどうしたら、そんな考えになるのか頭が痛い。理論的に物事を考えられないって、ある意味幸せだなと呆れてしまう。


「アンジェリカ様。ブルックス家の長女のデビュタントなんですよ? デビュタントが貴族女性の義務だとご存知ですよね? それに出席させなかったら、みすぼらしい格好や容姿で参加させたら恥ずかしい思いをするのはジョルジュ様ですよ? そして、ジョルジュ様と再婚なさるなら、アンジェリカ様の評判にも関わってくるんです。私は、お二人のことを考えて動いているのです」


 私は、それらしいことを熱く語る。これは、エレーヌのためではなくジョルジュとアンジェリカのためなのだと。


「そっ、そうなの? じゃあ、これはデビュタントが終わるまでだと考えておけばいいの?」


 アンジェリカが、急に大人しくなる。


「それは、ジョルジュ様とアンジェリカ様次第かと……。とにかく、アンジェリカ様は、デビュタントのことは心配なさらないで。私が、しっかりと準備致しますので。来年は、プリシラお嬢様のデビュタントもありますし」


 私は、更にここぞとばかりに強く言う。


「確かに! その通りだわ。プリシラの時は、もっともっと豪華にしなくてはね!」


 アンジェリカが完全に、私の話を鵜呑みにした。気分がよくなったところで、部屋から退場してもらう。


「じゃあ、マーサしっかり頼むわね」


 アンジェリカは、私にそう言うと大人しく部屋から出て行った。私は、やれやれと一息つく。そして、部屋の隅で大人しくしていたエレーヌに視線を送った。


「大丈夫ですか? エレーヌお嬢様」


 エレーヌは、私を見て何かを決心したように口を開いた。


「ねえ、マーサ。私も不思議なの。どうして突然、こんなによくしてくれるの? 今までは、こんなことなかったわよね?」


 私は、どうしようかしら? と考えあぐねる。本当のことを言って、信じてもらえるかわからない。

 信じてもらっても、またお別れはやってくる。二度も悲しいお別れをさせるのは、娘に対して忍びなかった。


「訳は、お話しできません。ですが、私がお嬢様を気遣えるのはデビュタントまでです。その後は、自分でしっかりと幸せになって下さい」


 私は、嘘をつかなくてもいいように本当のことだけを述べる。そして、この機会に聞いておこうと口を開いた。


「エレーヌお嬢様、デビュタントのエスコート役のことなのですが……。どなたかご希望の方はいらっしゃいますか?」


 エレーヌは、突然のことで戸惑っているようだった。それはそうだろう。まさかマーサからこんな質問されると思っていなかっただろうし……。

 しかも答えによって、自分の人生が大きく変わるかも知れないのだ。それくらい、デビュタントのエスコート役は女の子たちにとって大切な存在だった。


「あのっ……。私……知っている男性がそんなにいる訳ではなくて……。でも、もしも、もしもよ? ご迷惑でなければエリアスお兄様にお願いしたいの……」


 エレーヌが、頬をピンク色に染めて恥ずかしそうに答えてくれた。

 エリアスお兄様とは、エレーヌの四つ年上で伯爵家の三男。私がまだ何とか外出できていたころ、夏にエレーヌを連れて母方の叔母の領地に遊びに行っていた。そこには、他にも近隣の領地の子供たちが沢山遊びに来ていた。

 エレーヌが唯一、子供同士で遊べる機会に恵まれた場所だった。そこでよく遊んでいたのが、エリアスだった。

 エリアスは、子供たちの中でも年長で少しやんちゃだが優しい男の子だった。年下の女の子をほっとけなかったのか、普段なかなか輪の中で遊べないエレーヌもその時だけは楽しく遊んでいた。


 そのエリアスに、エスコートをお願いしたいということだった。私は、それを聞いて心の中で興奮していた。

 実は、私の中でエレーヌのエスコートをお願いするのなら、エリアスしかいないのではと思っていたから。それが見事にはまりとても嬉しい。

 後は、エリアスの返事次第だと心の中で祈る。エリアスもエレーヌと同じ気持ちでいてくれますように。


「エレーヌお嬢様、わかりました。私が何とかいたしましょう」


 私は、力強くエレーヌに返事を返した。


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