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大人のかくれんぼ

作者: 水無月睡臥

 酷く蒸し暑い夜だった… 蝉も鳴くのをやめたくなるような酷暑。灼熱の残滓は日が沈んでもなお、このフロアに漂い続けている。時刻は23時を過ぎていた、どうにか日付が変わるまでに仕事を終わらせなければならない… それにしても


「暑い… それに、暗い」


 今日は会社で規定されているノー残業デーだ。でもそんなものは立前に過ぎない。結局終わらない仕事は残って終わらせなければならない。立前を通すためにフロアの電灯は消され卓上ライトとパソコンの画面だけが広いフロアに煌々と輝いている。

 本末転倒な話だ。たった一人で身を粉にして働いているのにこの仕打ち… 憂鬱になる。


 それに憂鬱の原因はまだあった。この職場の資料室には鬼が潜んでいる。鬼は私を虐める為だけに、この職場にやってきた性悪。いつも私を人のいない資料室に呼び出し屈辱的な仕打ちをする。弱みを握られているので逆らうことができない。あれが公になれば私は終わりだ。本当に憂鬱だ…



◆◆◆◆◆◆



「やっと終わったぁ、もうこんな時間かぁ、早く帰らなくっちゃ」


 スマートホンの時計を確認すると時刻は11時45分だった。


 椅子を立った、その瞬間! すぐ近くで音がする…



 ぎぃぃぃ



 心臓を握られる様な感覚を覚えた。ここには私以外すでに誰もいないはず… それなのに、資料室の扉が少しずつ開き光が漏れ出している。


「ぃっ、なっなに?」


 光を背にして人影が立っていた。それはヒタヒタと近づいてくる… 扉が自らの重みで閉まると光は閉ざされ、それは真っ暗な人影に変貌し少しずつ、少しずつやってくる…


「なにっ、だっ、だれ?」


 直ぐ近くまで来ているのに表情は見えないし、何も言葉を発しない。今すぐにでも逃げ出したいのに身体は金縛りの様に言うことを聞いてくれない。この存在を拒絶しているのに真逆の反応をしめす。


 ついにそれは目の前まで来る。顔を真横に傾け、下から見上げるように覗かれた。



「ずいぶんと遅くまでお仕事をなさっているんですねぇ」



「ひぃっぃ」


 低い声にジトッと濁る瞳。そこには鬼がいた…


「なな何でっ、あなたがここに… いぃぃるの?」


「待ってたんですよぉ、仕事終わりに遊ぼうかと思ってぇ」


 訳が分からなかった。わざわざこんな時間まで資料室に籠っていたのだろうか? わっ、私を虐めるために…


「遊んでくれますよねぇ。楽しい遊びを考えておいたんですよ? か・く・れ・ん・ぼ… しましょ」


「意味がわからないわ! おっ、大人はかくれんぼなんてしないし… それになんであなたなんかと…」



「やりますよねぇ? 大人のかくれんぼですよ… もし鬼に見つかったら、甘くて脳が蕩けちゃうような大人の罰を用意してありますからねぇ…」



 私は彼女には逆らえない… 逆らえば何をされるかわからない。


「ルールを決めましょう? 私が鬼、触れられて『み〜つけた』って言われたら負けですよぉ。場所はこのフロアだけ。制限時間は… そうですね、0時00分、()()()()()()()()。それまで隠れられたら勝ちですよぉ」


「やっ、やめて! 本当にそんなことは…」


「1分間資料室で待っているので、その間に隠れて下さいねぇ…」


 拒否することはできない、訳のわからないまま、かくれんぼが始まってしまった。大丈夫、時間はそれほど長くない。見つからなければ… 大丈夫… 絶対に大丈夫。


「あっ、そうそう。あま〜い誘惑に負けたら駄目ですよぉ」



◆◆◆◆◆◆



 真っ暗闇の中、机の下に隠れた。下手にロッカーなんかに隠れて片っ端から開けられたらお終いだ。それに比べて机は無数にある。調べきれるはずがない。しかも私が選んだ机は… 資料室の真ん前、鬼が普段つかっているデスクの下だ。灯台もと暗し、見つかるはずが無い。

 もし見つかったら… 何をされるか分かったものじゃない。最悪、身の破滅もありうる。でも見つからなければ大丈夫、きっとだいじょうぶ。



 ぎぃぃぃ



 資料室の扉が不気味な音を立てながら開いた。真っ暗闇のなかスマートホンのライトを頼りに、目の前に鬼が出てきた。大丈夫、絶対大丈夫…


「も~い~かい? ふふふ。はじまりましたよぉ」


 鬼はスマホの灯りをサーチライトの様に四方を照らしゆっくりと歩いてくる。



 タン タン  タン  タン


   タンッ        ダンッ!



 2メートルくらい先だろうか? 鬼が立ち止まった。その瞬間ライトが…


 ひいっ!


 目の前、数10センチの所でとまった。


「どこですかぁ~。そんなに怖いなら出てくれば楽になりますよぉ」


 両手で口を押さえ、声にならない声をなんとか掻き消した。大丈夫、だいじょうぶ…



  ダンッ  タンッ    タン     


        タン        タン



 足音が遠ざかり私は安堵した。このフロアは広い。今ここを逃せばもう戻っては来ないだろう。仮に戻って来ても0時は超えるはず。


 所で今は何分だろうか…


「いないなぁ~ ここかなぁ」



 ガチャンッ!



 勢いよくロッカーの扉が開かれる音がする…



 ガチャンッ! ガチャンッ! ガチャンッ! ガチャンッ!ガチャンッ!ガチャンッ!



 鳴り響く音が恐ろしかった。もしロッカーに隠れていたら終わっていた…


「おかしいなぁ、絶対ここに居ると思ったんだけどなぁ」


 鬼はしたたかで陰湿だけど、そこまで頭が回るわけでは無い。まさか資料室の入り口近く、自らが普段使うデスク下にいるとは予想もできないはず…


 体感では5分くらい経ったであろうか。最後に時計を見たのは確か… 11時45分。あと10分も無いはず。だいじょうぶ…


「でてきてくださいよぉ~。そうだぁ、今出てきてくれれば、もう虐めないって約束しますよぉ」


 見え透いたブラフだ、そんなのに騙される人はいない。出て行った瞬間にするであろう、不気味な笑顔が脳裏に浮かんだ。


「あれも全部消去してあげますよぉ」


 大丈夫、これは罠だ。そんなことをしてくれるはずがない。顔を出そうものなら『騙されましたねぇ』とか言うに決まっている。こんな単純な罠に騙される私じゃ無い。第一自分から甘い誘惑に負けるなとか忠告していた…


 ………………


 何か企んでいるの? 出て行ったら本当に消去してくれる? いやそんな筈は無い。あれを消去しても罰ゲームと称して、もっと非道なことをするはずだ。あの鬼はそういう女だ。絶対に自ら出る事はしない。絶対に…


 ヒタヒタと足音が彷徨っている。隙間から覗くと壁や床を這う光が不気味だった。あれに照らされたらと思うと生きた心地がしない。怖い…


「これでも出てきてくれないんですかぁ~。探してもみつからないしぃ。じゃあしょうがないなぁ」


 また、何か企んでいる… でも大丈夫。向こうだって、もう余裕はないはず。どんなブラフにも私は揺るがない。騙されるはずがない。



「出てこないんだったら。これみんなに送っちゃいますねぇ?」



 ………………えっ?  えぇっ? 嘘でしょ? そんなことをされたら、お終いだ破滅だ。それだったら、素直に罰ゲームでもした方がまし? だめっ、だめっ、だめっ!


 揺さぶってるだけだ。大丈夫、そんなことはしない。絶対に… ぜったいに?


「出てこないなら、本当に送りますからねぇ。カウントダウンでもしましょうかぁ? ゆっくり10秒数えるから、その間に出てきて下さいねぇ」


 うそだよね? だいじょうぶ… だよね?


「じゅ~う」


「きゅ~う」



「は~~ちぃ」



 はったりに決まってる。ここで出たらお終いだ。罰が待ってる、それだけはだめ。



「なぁ~な」



「ろぉ~くぅ」





「ご~お」


 大丈夫隠れているのが正解、出たらお終いだ。負けだ。破滅だ! だからだめ! どんなに揺さぶられても私は大丈夫。


「強情ですねぇ、そろそろメールを準備して」


「よーん」






「さーん。宛先は社内の一斉送信にしましたよぉ」




 はったりにきまってる。出たらまけだ。はったりにきまってる。きまってるきまってるきまってるっ!



「に~い。あとは送信ぼたん押・す・だ・け」



「はぁぁ、はぁ、はぁぁ、はぁはぁ」

 だめぇ吐息の一つも漏らしてはいけない。見つからないことが重要だ。私は負けない… 絶対に。




「い~~~~ち、あ~あ本当にいいんですねぇ。一応は聞きましたからね」




 うぅぅ、今にも負けを宣言して姿を現したい衝動にかられる。何が正解なのか分からない。わたしはどうすれば………



「ぜろ~。 あ~ぁ、これでも駄目かぁ」



 結局は隠れ続けた、それで正解だった。大丈夫わたしは最適解を選び続けている、

 失敗はない…


「あ~あぁ、あっという間に日付が変わっちゃいましたね。私の負けですかぁ、残念です」


 日付が変わった? もう0時になったの? 体感では30分以上にも感じる。でもそれは恐怖によって感覚を引き延ばされただけだ。実際には15分くらい? それでも0時は回ったはず。 私が勝った、助かった!


「本当に残念ですねぇ、もうお終いなんで出てきても大丈夫ですよぉ」


 よかった。本当に… ようやく胸の鼓動も治ってきた。これでやっと狭い机の下から出られる…

 そう思った瞬間寒気が走った…

 

 罠じゃないよね?


 正確な時間を知る必要がある、制限時間は0時00分まで。時計は… 手元にあるスマホは… 駄目、これを使えば明かりが漏れてしまう。そうすれば居場所を特定される。

 だったら壁に掛けている大時計は… 暗くてよく見えない。


 くっ、うぅ歯がゆい。でも念のためもう少しだけ隠れていれば安全だ。


「あっ、そっかぁ。私が変なこと言ったもんだから疑ってるんですねぇ。安心して下さいほらぁ」


 鬼が壁に掛かる大時計をライトで照らした。そこに映る時刻は…


『0時01分』


 よかったぁ、これで終わりだ。私の勝ちだ、これで流石に罰ゲームなどとは言い出さない筈だ… 良かった。 良かった。 よかった?


 言い知れぬ不安がまだある。わざわざ時計を照らして、かくれんぼの終わりを強調する… 壁掛け時計……… 0時………  日付が変わるまで… う… そでしょ?


 そういえば昼間… 時計がずれているからと、電池交換をしていた… この鬼が…


 正確な時間を知る必要がある。せいかくなじかんをっ! どうやって? そっ、そうだスマホ、スマートホンなら時間は正確だ。今の時間は…

 そう思ってスマホを手にした瞬間…



 ガタガラァ ゴロ



 落っことしてしまった。

「ひぃっ!」



「あぁっ、そっちに居たんですねぇ? 資料室の方じゃないですかぁ。スタート付近なんて中々大胆なんですねぇ」


 大丈夫、大丈夫、まだだいじょうぶ、まだ正確な居場所がばれた訳じゃない。時間は… 今何時? スマホ見なきゃ、光絶対漏れないように…


 地面にとっぷせ、服で覆い、絶対に光が漏れないように時間を確認した。


『11時59分』


 あっ、あぶなかった。あの鬼はわざわざ壁掛け時計の針を進めていたんだ。このまま出たら終わっていた。



「ここらへんに居るんですよねぇ? 早く出てきて下さいよぉ。かくれんぼはもう終わりましたよぉ。私の負けです」



 どの口が言うのだ。この嘘つき… 私は騙されない、あと少しだけ隠れきれば、だいじょうぶ…


 近くをライトが照らす。でももう大丈夫あと1分。いや数10秒隠れきれば私の勝ちだ。勝利は揺るがない。


 数10分にも感じる数10秒だった。もう一度スマホの時計を確認する。



『0時01分』



 やった! 私の勝ちだ! もうだいじょ

「み~っつけた!」




「ひぃぎぃぃやぁっっっ!」

 心臓を握り潰される感覚、冷たい吐息が首筋に触れ内臓が口から飛び出るかと思った。


「うぃひぃやぁ、ひゃあ、ゃあ、はぁ、はぁはぁはぁ」

 動悸が止まらない。半ばパニックに陥ってしまった… でも大丈夫だいじょうぶ…


「あと少しだったのに残念でしたねぇ。光… 少しだけ漏れてましたよぉ」


「えっ? いやぁわだじは…」

 そう私は勝った、確かに0時を過ぎていた。


「もう0時過ぎでまずぅ」


「あぁ、あの時計ですかぁ? あれ昼間に私が進めておいたんですよぉ」


「ぞ、ぞんなごと、じってます。気づきまじた、だっでほらぁ」


 私はスマホの画面を突きつけた。そこには確かに… 『0時01分』の表示。


「壁掛け時計は4分すすめておいたんですよぉ」


「だっ、だから何なの? 実際の時間も既に0時を超えてる!」


「知ってますかぁ? スマホって時計を進めても自動で正確な時間に直してくれるんですよぉ…」




「0時ちょうどにねぇ」




 へっ?


 何を言っているか分からない… 理解できない。私は私のスマホをもう一度見返した。


『時刻修正中』 『時刻修正中』 『時刻修正中』 見たことのない文字列が画面の左上に点滅していた。身体が僅かに震え出す…


「な… にこれ?」



『0時00分』



「あっ、いま丁度日付が変わりましねぇ。置きっぱなしにするのが悪いんですよぉ… さぁ、甘くて脳がとろけ〜る大人の罰ゲームの時間です」


「うっ、うそぉ」


「はいこれぇ」


 スマホの画面を突き出された。そこに映っているのは…


「わたひのぉ、しゃ… しん?」


「実はもう。罰ゲーム終わってるんですよねぇ」


「いやぁ、いやぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁあぁぁっつ」

壁掛け時計は4分… スマートホンは2分… … …

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