第7話 実力行使
僕たちを無視して、ひたすらに肉を食べている勇者を眺めて、一つ決心する。
「こうなったら実力行使しかありません」
「え、そんなのがあるなら早くやってくれてもいいだろう?」
「いや、あんまりな方法なので使いたくなかったというか…やった後が大変というか」
「どうするって?」
「騎士様は耳を塞いでいてください。絶対に聞かないで」
いぶかしむランデバルトが言われた通りに両手で耳を塞ぐのを確認して、聖句を唱える。
「汝の苦しみも悲しみも痛みも後悔も、主が与えた試練であるならば、今一時の安らぎは主の愛である。御心のままに享受すべし『聖憩休眠』」
唱え終えると、勇者がこてんと地面に転がっていた。
しっかりと肉の串を握りしめているところは素晴らしい。
よくわからない感動を覚えた。
「第5階梯神聖魔術で相手を眠らせる効果があります。通常、大人なら5時間ほど眠らせることができますので、ひとまず馬車に乗せて起きそうになったら、また眠らせるというのでいかがでしょう」
「いやー、性格が悪いとは思っていたが、まさに鬼畜だな! 思い付きもしなかったよ」
にこやかにランデバルトが笑う。
僕だってやりたかった訳じゃない。
だから実力行使しかないって言っただろう…。
だが、地面に転がる勇者を見つめるとどっと罪悪感が押し寄せてきた。
どう考えても悪役の所業じゃないか。
曲がりなりにも、聖職者なのだが。
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勇者を荷台に乗せて幌馬車は進む。
ガタンと揺れると、勇者の体もびくんと跳ねる。
「もう少し優しい運転は出来ないものですか」
「時間が大事だろ、気を遣ってやってるんだよ。さっさと帰るぞ」
気を遣うところはそっちですか?!
行きののんびりとは全く違う荒々しい運転に、僕は顔をしかめた。
馬車が揺れる度に、ゴロゴロと勇者が転がるのだが、狭い荷台のため体がぶつかるのだ。洗っていないどころか、ずっと野晒しにあって何十年も経ったような布が触れる不快感に、とうとう我慢ならなくなった。
そもそも神官は清貧が貴ばれるが、汚らしいものは嫌われる。
清く、貧しく、美しくというのがモットーである。
勇者から布を剥ぎ取って、さっさと清払の聖句を唱える。ぶわりと溢れる白い光に包まれて、すっかり綺麗になった勇者の裸体が視界に映った。同性の子供に欲情する趣味はない。
ちらりと一瞥してすやすや眠る勇者は驚くほど整った顔をしていた。艶やかな黒髪は伸ばしたままのようで、女顔と合わさって倒錯的な気持ちになる。
寝る時に使うブランケットをかけようとして、思わず手が止まった。
まじまじと裸を眺める。
さすがあらゆる不浄を取り除くとされる神聖魔術だ。磨かれた宝石のようなつるりと艶やかな肌に満足する。だが、僕の視点はとあるところに定まって動かない。
あるべき場所にあるべきものがない。
自分の体に生えている見慣れたものが、どこにも見つけられない。
純粋に、落としてきたのかと思ってしまった。それほど、衝撃だった。
オーケー、オーケー。わかってる。
大事なのは確認だ。そうだろう。
たとえこれが主からの新たな試練なのだとしても。
ええ、そうでしょうとも辛く困難な試練だ。これまでの試練が霞むほどの。
勇者が彼ではなく、彼女だったのだから。
もちろん、甘んじて受け入れましょう!
ありがとうございます!!