第6話 君の名前は?
幌馬車からやや離れた場所でいつものように焚き火をする。
基本食事は1日2食なのだが、今は昼下がり時だ。
必死に火を起こしているランデバルトの丸まった背中を見つめる。
こいつ、本当に聖騎士なんだろうか。
敬ったりする気がみじんも起きないのだが。
「今日は出てきてくれますかね…」
「今回はあの時食べてた野兎だぞ! ほら、手であおげ」
ランデバルトが焚き火に串を刺して、声高に叫んだ。
僕は言われた通りにパタパタと手を振る。香ばしい肉を焼いた匂いが辺りに立ち込める。
勇者と出会った晩に、食べ物がないと分かるや否やすぐに闇の中へと消えてしまった。話す暇もなかった。次の日も待ってみたが姿を現さず、2日目にしてようやく食べ物で釣ろうという話になったのだ。
朝に近くの川で釣った魚を焼いたが、勇者は現れなかった。
ランデバルトの芸達者ぶりがわかっただけだ。
ほんと、器用なんだよ。呆れるぐらいだ。
果たして、思惑通りにいくのだろうか。
沸き上がった疑問は近づいてくる音とともに霧散した。
程なくしてがさがさっと草が揺れる音がしたかと思えば、黒い塊が飛び出してきたのだから。
「ようやく出てきた!」
「はあ、長かったですね。ええと、こんにちは」
串を頬張っている黒い塊に向かって、僕はできるだけ穏やかに声をかけるのだった。
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「美味しいかい? たくさんあるからゆっくりと食べていいよ。僕の名前はアルスレイだよ、こっちはランデバルト。君の名前は?」
「うぅっ?」
「アルスレイ、アルスレイだよ。君の名前は?」
何度か繰り返したが咀嚼するだけで、特に返事らしい返事がない。
僕というよりは肉に夢中だ。話を聞いているのかも怪しい。
汚れた布きれの間から覗く黒髪と、同じ色の瞳を見つめて深くため息をつく。
万が一、勇者違いだったらという僅かな期待が打ち砕かれた瞬間だ。
「はあ、本当におとぎ話通りに真っ黒ですね。言葉もわからないみたいだし、名前がないのかな。ここまでどうやって大きくなったんだろ。どうみても5、6歳にはなってそうなんだけどな」
「まぁ、勇者が言葉も通じない野生児ってのはショックだろうが、どっからどうみても勇者だろう。どうにかして一緒に連れて行かないと、俺たちずっとここで野宿だぞ。新手の魔族も来るかもしれないし、のんびりしてる場合じゃないだろ。俺はもう事前準備なしの悪魔退治はこりごりだからな!」
ランデバルトが空を仰いで呻いた。
全く同意だが、なすすべがない。
確かに、この状況で本格的に魔族に襲われても凌げるとは言い切れない。
どうにかして、勇者を安全な場所まで連れていかなければならないのに方法が全く思い浮かばないのだから。
ここに来てようやく、学長の言っていた意味がわかった。確かに教育が必要だ。それも勇者ではなく、人として暮らしていくための常識が。
だが、それは僕じゃなくてもいいだろう、絶対に。
なぜ指名されたのか本当に謎だ。
主の試練が厳しすぎて、逃げ出したくなる。
信仰心を試されているのだろうか。
オーケー、ならば問おう。
言葉が通じない時点で詰んでると思うんだが?!