第4話 月夜のお出迎え
さすがに4日目ともなると野宿になる。
周辺には街などなく、小さな村が点在しているらしい。
その村に泊めてもらうのもいいのだが、できれば直接勇者が目撃された山に向かったほうがよいとのことで、今夜の野宿が決定した。
今は山の麓にいるらしい。
日が落ちる前の街道近くに馬車を停めて、寝床を定めた。
小さな焚火を囲みながら、ランデバルトが捕ってきた野兎の肉を食む。
淡泊な肉だが、まわりにまぶしてある香草が香ばしく食欲をそそる。彼は料理もできるらしい。ますますモテそうだ。
周囲には他の人影はない。二人だけの夜だ。
だからといって怪しい雰囲気にはならないが。
「なるほどなぁ、こうやって野宿すると実感するな。確かに魔物の気配がしない」
「動いているとわからないものですか?」
「動いているときは遠巻きに移動してるのかと思ってたんだ。でも拠点を定めたら動かないだろ。獲物が近くにいるなら、様子くらい窺いに来るのが獣だが、そういうのも一切ないからな。俺の感知できる範囲には結界の効果があるってことだ」
「それってどのくらいですか?」
「半径1キロってところか」
「感知できるランデバルトさんもすごいってことですよね」
兎肉をごくんと飲み込みながら尋ねると、騎士はにやりと笑っただけだった。
当たりということだ。
しかし、神官の力がそんなに小さいとは思わなかった。
神官は神力というものを使う。信心深ければ、神力が高いと言われているが、素直に頷けないというのはこの旅で知ってしまった。人徳でもなく、信心でもないなら何がいるのかわからないが、力を行使すれば強まると言われている。
神聖魔術には階梯が存在するが、それは目安であり、実際にその階梯の神官にならなくとも使える。ただし威力が落ちたりするから、きっちりと聖句は唱え信仰を込めることとは教えられているが。
つまり、その教え自体がすでにおかしいということなのだろう。
神聖魔術の階梯イコール神官の階梯というわけだ。威力の強弱に関わらず。
そもそも僕の通う神学校は田舎なので規模が小さい。
教師は3人に学長だけ。生徒数は15人なのだから。
王都の神学校は3つあるうえに、一学年ですら100人規模になるらしい。
だからこそ、僕の学校は手厚く教えられているのかもしれない。
「そんなに神官見習いがいて、全員が神官になったら病気や怪我を治癒する人が増えていいですね」
「ふっ、だから坊主は染まってないっていうんだよ。そもそも坊主ほどの力が使える神官は第5階梯からだ」
「第5? そうなんですか」
「しかも、小さな切り傷を治すだけで得られる」
「それは、なんとも…では僕はすぐに階梯をあげられますね」
「ところがそう簡単にいかないから、神殿は腐ってるんだよなぁ」
「騎士様は神官見習いの前でも隠しませんね。普通はもっと夢や希望をもたせてくれません?」
「性格がいいんだか悪いんだかよくわからん半人前に現実を教えてやってるだけだろ」
ランデバルトが偉そうに答えるが、つまり僕の性格が悪いとも思うと?
なるほど、お前が怪我してもすぐには治してやらないからな。
心の中でこっそりとつぶやく。
「ふああ、腹も膨れたし―――っと、なんだ?!」
ランデバルトが緊迫した声を上げた。
その途端に、黒い塊が暗がりの中から飛び出してきた。
「騎士様、コレの接近には気が付かなかったんですか?」
「害意のあるものしかわからないって! うお、それアッツいからっ」
黒い塊は焚火の周りに刺してあった兎肉の串を引き抜くと両手を使って口に放り込む。はふはふと口の中で戦う音が聞こえる。
ボロ布をまとった山猿が、一心不乱に串焼きを食べている。
山猿は器用だなと感心したが、焚火の明かりに照らされたのは人間の顔をした小さな子供だった。ボロ布のようなフードをかぶっているのでわからなかった。
「お腹が空いているのでは? ほら、ゆっくりと食べて。といってもこれ以上はないんだけど」
「ああ、もう食べちまったしなあ。で、こんなところに子供? 迷子にしても薄汚いな。おい、親はどうした」
「ウアッチュアウナッツ」
「は?」
「外国語ですかね?」
「いや、少なくとも近隣の言葉じゃないぞ」
二人で顔を見合わせていた時、ばちんと背筋に鋭い痺れが走った。
「は、結界が壊れた? 来るぞ!」
僕が声を上げた途端に、ごうっと風が巻き起こった。
次から次へと何なんだ、と怒鳴りたい気持ちを抑えて空を見上げる。
視線の先に、月明かりを背に両手を広げたよりも大きなコウモリに似た羽根を生やした男が空中に浮いていた。
「おや、他にも人間が? 何人いようと私の敵ではありませんが、そうですね。そこの勇者を渡していただければ、命を助けてあげてもよろしいですよ?」