第3話 神官見習いの実力
よろしくお願いいたします。
「おい大丈夫か?」
ランデバルトが馭者台から飛び降りて前方へと駆け出していく。
僕も何となく幌から出て見ると、道端に佇む男女と壊れた馬車と散乱した荷物が見えた。行商人というよりは夫婦で移動していただけの簡単な荷物の量だった。
どうやら軽い怪我で済んだようだ。
「あ、ああ。ゴブリンにやられたんだ。あいつら、森の方から突然現れたと思ったら、今度は慌てて川の方へ向かっていって…壊すだけ壊して去って行ったんだが、一体なんだったんだ?」
「なに言ってるのよ、噛まれたくらいで済んで良かったじゃないの」
「噛まれたんですか?」
ランデバルトの横に並んで声をかければ、彼らは一様に目を丸くした。
灰色でも神官服には違いない。見習いは灰色が基本だが、普通の神官は濃紺の服になる。フードつきなので、この国では少し暑い。だが、雨避けにはなるので、巡業の時などは重宝するらしい。
僕はもちろん、階梯を現すクルスもしていないが神官扱いになっているようだ。
「ああ、神官様でしたか。お見苦しいところを」
「僕はまだ見習いですから。傷を見せてもらってもいいですか、簡単な治療ならできますよ」
「そんな滅相もない、それに今は持ちあわせがなくてお布施が払えません」
「え、お布施?」
「神官は神の御技を行使するたびに気持ちとして金銭を求めるだろう」
ランデバルトが説明してくれたが、意味がわからずぽかんとしてしまう。
「は、あ? 気持ちが金銭? いや、別にいりませんよ。見習いは力を使うほどに経験ができますので、それが代価といえますし。お金なんて持っていても、学校に取り上げられるだけですから」
「そうか。見習いはまだ染まってないんだな」
「というか世間の神官はそんなに金儲けばかりなんですか?」
勉強と修行に明け暮れている僕は、あまり外に出ないため、やや常識に疎いところがある。自覚があるので、素直にランデバルトに訊ねた。
「まあ、そうだな。王都に行くほど酷いと聞く。階梯は金で買えるらしいぞ」
「それが常識なんですね」
ランデバルトの言は一概に信じられないが、そんなものかもしれないとも思う。幼い時から田舎の神殿で過ごしていたが、全く心当たりがないわけでもない。学長が僕を王都に行かせたくないと考えている理由の一つかもしれない。
だからといって、諦めるつもりもないのだが。
僕の目指している道は王都のヤンデラ神殿にしかないのだから。
「僕は見習いなので、お布施はいりません。傷を見せてください。ゴブリンは不衛生なので、噛まれた傷を放置しておくのも危ないでしょう」
男は半信半疑のまま、腕や足の傷を見せた。
数ヶ所に及ぶ噛み傷は、浅いが数が多い。
「我が神アスランデルテよ、我が身の叫びを聞き届け、この者に癒しを与えたまえ『聖光の御手』」
淡い光とともに男の傷がみるみる治っていく。
「あれ、坊主は見習いだろ? 神聖魔術が使えるのか?」
「言ったでしょう、エリートだと。というか神聖魔術使わずにどうやって傷を癒すつもりだと思われたのですか」
「聖水使って聖句を唱える」
ランデバルトが生真面目に答えた。
一瞬言われた意味がわからなかった。
まあ、聖句を唱えるのだから、何かしらの神聖魔術かもしれないが。効果がよくわからない。
「はあ、それってなんです。おまじないですか?」
「いやいや神官見習いならそれくらいなんだって」
「それは僕の知らない見習いですね。さぁ、これで安心ですよ。馬車を直すことはできないのですが…」
「いや、十分です。せめて、これだけでも貰ってくれませんか?」
男は地面に転がっていた果実をくれた。爽やかな柑橘類の匂いがふわりと香る。
もちろん、ありがたく受けとることにした。これが、気持ちというものではないだろうか。
「ありがとうございました」
「いえ、あなた方に神の御手が届きますように」
定型句の挨拶を口にして、深々と頭を下げられながら馬車に戻った。
ランデバルトが馭者台に座って、再度馬車が動く。
「坊主、もしかしてこの馬車に結界張ったりしてるのか?」
「旅は快適な方がいいでしょう」
「ゴブリンどもが川に逃げ出すくらいに広範囲なのか?」
「僕は旅が初めてで、効果の範囲がよくわからないんですよ。馬車に近づかないようにしてあることは間違いないんですが」
「はは、これが見習い? 嘘だろう。第5階梯の神官でも難しいぞ」
「うちの神学校は大司祭様が教鞭をとっておられますから、割と皆できますよ」
「そんな神学校聞いたこともないから!」
ランデバルトの叫びが長閑な野道に転がるのだった。
ありがとうございました。