第2話 旅路
よろしくお願いします。
―――魔王と勇者。
このライント世界ではおとぎ話のような存在だが、創世神話の頃から語り継がれる存在だ。
その名称が最後に登場したのは、500年ほど前にさかのぼる。
実在していると言われているが、正直眉唾の存在だった。
だが、数年前に魔王が復活したとされ、対の存在となる勇者も現れるだろうと噂はされていた。
この世界は称号持ちという特殊な人間がいる。
魔王も勇者も称号だ。
そのため5歳になると、自身の称号を確認するため神殿へと赴くのが常識だった。
各国が神殿を中心に執拗に勇者なる称号持ちを探しに探した。
けれど、それらしい人物は現れなかった。
にも、関わらずこのほど見つかったらしい。
しかも、このバレンダル王国で。
別の国であれば、教育係だなんて馬鹿げた話が僕にやってくることもなかったのに。
それよりも、その前の前提がおかしい。
アンタ、僕の称号知ってるだろうが!!
僕に頼む神経が信じられない。
「いやいや、僕の称号ご存知ですよね? それにまだ神官見習いですよ? なぜ僕に頼まれるのですか」
「勇者には大神官と大魔導師が仲間になるのは知っているでしょう。貴方ならその二つくらい簡単にできるでしょう」
何言ってるんですか、簡単じゃないです!
全く簡単ではないが、段々と簡単の意味がわからなくなってくるほどには混乱している。
いや、やっぱり無理だよ!
なんとか持ち直して学長の柔和な顔を見つめる。
「何のために名誉な称号と呼ばれてると思ってるんですか。大神官の称号持ちが現れたら泣きますよ、見習いと一緒にするなって」
「大丈夫よ、現れたら考えればいいんだから」
それは大丈夫ではないよね?
大神官、大魔導師の称号持ちはまだ見つかっていないのが現状だ。この度、ようやく勇者が現れて、次々見つかるのではないかと期待されてはいるが。
一度決めたらテコでも動かないのが学長の良いところであり悪いところでもある。
ひとまず諦めた。
というか、そもそも勇者への教育とはなんぞや?
疑問を学長に投げつけたけれど、にっこり笑って迎え行けば分かると言われただけだった。
いやいや教育係が迎えに行くところから始めるって何だ。
もう何から突っ込めばいいのかわからず、一周回って頷いてしまった。
そんな僕にも責任はあるのかもしれないが。
深々とため息ついて、馬車に揺られる野道を進む。
幌馬車なので、隙間から見える景色は草原とやや遠くに山々の重なりが見えるくらいだ。
この国の気候は年中穏やかなので、天気がよければ野宿の心配はない。のんびりと馬車に揺られる。
勇者は辺境の山奥で見つかったらしい。
しかもそれらしい姿を見た、という噂話が発端のようで確実性に乏しい。一応、近くの神殿の神官長が確認に出向いたそうだが、その後の情報はないとのこと。
間違いならば、間違いで腹立たしい。
大事な神官の修行を放っぽりだして、こんな田舎で馬車に揺れているのだから。
青い空はどこまでも続いている。
清々しい気持ちになってもいいはずだが、僕の心の中は大雨、どころか嵐が吹きすさぶ。
先日の学園長室でのやりとりを思い出しながら、うつうつとした。
「神官見習いだぞ、教えてもらう立場がどうして教えることになるんだよ。エリートだからってなんでもできると思われるのは心外だ」
「はぁ、坊主はエリートなのかぁ」
のんびりと外から声をかけられた。
馭者台に座ったランデバルトだ。王都で名の知られた騎士らしい。今は旅仕様で簡素な外套の下には胸当てといった簡易の防具のみで、背中に剣を背負っている。騎士には全く見えない。
若く見えるが30歳手前とのこと。金色の長めの髪に、コバルト・ブルーの瞳は切れ長で整っていて、非常に女にモテそうな顔立ちをしている。
騎士が馭者をするだなんてプライドはないのかと問えば、騎士は色んなことができるし夜営には慣れていると嘯く。
勇者の捕獲が王命である以上、彼も黙って同行するしかないようだ。
「騎士様が無駄口叩いてもよろしいんですか?」
「こうも暇だとなぁ、少しくらい話してくれてもいいだろ」
王都からやってきた騎士は、ハルカン領地にある神学校に寄って僕を拾うとそのまま、辺境に向かって東へと向かう。
かれこれ2日馬車に揺られている。
近くに街があれば宿に泊まった。夕食なども共に食べたが必要最低限の会話しかしていない。ちなみに旅の費用は王様持ちなので気兼ねなく旅路を楽しんでいる。
そもそもこの騎士は道案内と僕の護衛としても同行している。
そのため、何事もない馬車の旅が暇で仕方ないらしい。なんとも贅沢な話だ。
「半分寝ててもいいだなんて、初めてだよ。坊主は運がいいな」
僕にとっては初めての旅になる。
運がいいと言われてもピンとは来ない。
本来ならば、魔王復活とともに活性化した魔物が街道や野道に溢れているらしい。とてもそんな雰囲気は見えないが。
だからといって、心当たりがないわけではないのだが、今のところ黙っておく。
「寝ぼけて馭者台から落ちても僕は拾いませんからね」
「ははは、厳しいなぁ」
暢気な笑い声が、長閑さを助長している。
「ん、ありゃ…坊主、ちょっと待っててくれ」
前を見ていたランデバルトが、何かに気がついてゆっくりと馬車を停めたのだった。
お読みいただきありがとうございました。