閑話 放棄したい職務(ランデバルト視点)
「さて、初めまして。ランデバルト中将閣下。猊下直属の位階正二位の親衛隊の貴方が、まさかこのような田舎まで単独でお越しになられるとは思いもよりませんでしたわ。そのような一般人のふりをしてまで、ね」
アルスレイたちが居なくなった学長室で、にこりと彼女は微笑んだ。先ほど彼に向けていた笑みだが、全く異質なものだ。
ランデバルトは聖騎士であるので、神官とはまた異なった階級がある。位階で区切られ功績や腕により教皇から一位から六位、各々正従の12の階級に分けられる。
ややこしいのは、所属した隊や団により、また階級がつくところだ。
自分は親衛隊に属しており、その階級は中将になっている。
それぞれに徽章や勲章があり、すべてつけるとなると重くて仕方がない。
そのため、ランデバルトは正装が苦手なのだが、自分でもややこしい立場をさらりと告げてくるあたり、目の前の老女は侮れない。
ふっと息を吐いてやり過ごす。
「こちらも、お噂はかねがね聞き及んでおりますよ、ソーニャ枢機卿。お元気そうで何よりです」
「あら、今は一介の修道女なのよ」
「ご冗談を…貴女の地位は未だ健在だとお聞きしておりますが」
本来であるならば名前呼びなど許されることではない。だが皆が家族であるのだから家名を呼ぶことを許さないと教皇が命じたため、神殿関係者は名前呼びが普通だ。
教皇を頂点に、最高顧問たる枢機卿は5人いるが一番の年長者は彼女だ。
記録によればもう600年ほどその在位期間があると言われている。真実かどうかはさておき、ただの老女には持ちえない気迫は本物だ。
ランデバルトは気を引き締める。
「私の肩書きなど今はどうでもいいわね。猊下の意向ということでよろしいのかしら。それとも、あの子をどさくさに紛れて始末しに来られましたの?」
「命じられたのは死なせないことと観察です。王命は勇者とともに連れて来ることでしたから。それ以外の職分は与えられておりませんよ。こちらの恰好のほうが楽なので、正装はしていないだけですから」
できるだけ愛想よく笑っているつもりだが、老女の様子は少しも柔らかくならない。
同じ親衛隊の女性を口説くよりも難しい。
こっそりと今回のことを命令した教皇に文句は言う。
聖騎士だと警戒されるから服はなるべく一般の騎士のもので、と指定はされた。王命も受けているので、騎士として通した方が都合かいいとの判断だ。
その方が自然体の彼を見ることができるからだ、と。
見極めさせてどうしろとの命令はない。
ただ、見てきたことの報告は課せられている。
二面性はあるようだが、それでも彼の評価はお人よしな神官見習い、だ。
ただし、規格外の神聖魔術の使い手であり、その神聖魔術に上乗せして高位魔法を無詠唱で操る術も得ているようだが。
魔物を屠った力は、神聖魔術だけではない。
青い炎は『地獄の煉火』。火の魔法の中でも最上位の魔法にあたる。
彼は勇者の力だと嘯いていたが、気づかないふりをするのも難しいほど堂々と使っていた。むしろ隠す気がないのでは、と思わなくもないが彼の真意はつかめない。
前者にしても後者にしても、どうにも報告しづらい内容ではある。
正直、頭が痛い。
その上、生ける伝説に睨まれているのだから、なんと損な役回りだと嘆くしかない。
自分の手には確実に余る職務に泣きたくなった。
のんびりと仕事をしたいだけなのに、なぜこんなことに巻き込まれるんだ。
ランデバルトは愛想笑いを浮かべながら、心の内で盛大に嘆息するのだった。




