第11話 隷属の勇者
神学校の隣に併設されている寮へとルナを案内した。
レンガ造りの学舎とは異なり、寮は木造建築だ。2階建てで、上が学生たちに割り当てられた部屋になり、階下が食堂や風呂などの共用スペースと教職員たちの部屋になっている。
2階の突き当たりの角部屋が僕の部屋だ。
ベッドと勉強机、本棚と箪笥が一つずつ。小さいけれど、幼少期は孤児院の大部屋だったので、小さくても自分の部屋というのは誇らしいものだ。
ルナを連れて2階にあがり、見慣れた緑色の扉を開ける。
「ここが部屋になる。残念ながら、ベッドは一つなんだよね。なぜなら一人部屋だから」
ルナは部屋をきょろきょろと見回して、特に気にした様子もなく中へと入った。
思った反応のない彼女に脱力感がハンパない。
いや、知っていたけれど、分かっていたけど、分かっていなかった。
隷属は学長に対してたが、学長が僕に従えと告げているので、基本的には従順だ。だからこそ、本来の彼女では不満があっても訴えられない状況なのだが。
あまり褒められた術ではないが、この場合は仕方ないのかもしれない。
何せ言葉が通じないのだから、反抗されても説得が出来ない。今もどこまで伝わっているのか謎だ。
「寝起きするのはこの部屋だよ、食事は一階にあるからあとで行こう。風呂は大風呂で、それも一階の奥にあるから後だな。何か聞きたいことはある?」
「うわふ?」
「まずは着替えを用意しようか、それから下を見て回って夕飯にしよう」
出来ることからコツコツと、だ。
僕はにこりとルに笑いかけた。
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「失礼します、アルスレイです」
「ひゃいっ」
一階の入り口近くにある寮監の部屋の扉を叩くと、中から頓狂な声があがる。
「セイネ寮監? どうかしましたか」
扉を開けると、あわあわした金髪美女が見えた。変な踊りを踊っているように手も足もバタバタさせている。原因は口の周りにべったりとついているチョコレートだろう。
「またつまみ食いですか…いい加減にしないと太りますよ」
「女性に対して、失礼ですよ! それにアルスレイ君だって授業さぼってこんな時間に寮にいるじゃありませんかっ」
いい年した大人がつまみ食いするよりかは常識的だと思うのだが。彼女は食堂から料理長秘蔵のお菓子をこっそり盗み出しては休憩中にこうして寮監室で食べているのだ。
証拠隠滅が下手な彼女は、いつもこうしてべったりと口の周りに食べた証を残すので料理長から後でつるし上げを食らっている残念美女である。
出るところでた裸婦像も裸足で逃げ出すいい体付きの女だが、中身を知っている学生や教職員は夢を見ないことにしている。
そもそも僕の行動は学長命令だ。一緒にされては困る。
「しばらく授業の免除をいただいていまして。ルナ、おいで」
「うわぅ」
僕の後ろに立っていたルナを振り返れば、ちょこんと顔を出した。
セイネが目を大きく見開く。
「なっ、タオルケットでぐるぐる巻きって…もしかして、下は裸…アルスレイ君! なんて破廉恥なっ」
真っ赤な顔をして怒鳴りつけてくるセイネに、慌てて弁解する。
確かに彼女が着ていたボロ布をはぎ取ったのは僕だが、いろいろな諸事情があるのだ。
「いやいや、勇者ですから!」
世間一般的には勇者は男だ。
だから、この場は同性ということにして乗り切る。
後でセイネに性別がばれた時には、その時にまた対処法を考えよう。
「ご覧の通り、勇者の教育係になりまして、しばらく僕のところで預かることになりました。これから、よろしくお願いしますね。それでさっそくなのですが、着替えなどの日用品をいただけたらと思いまして」
「確かに真っ黒な髪に黒い瞳って勇者様ですよね。こちらにあるのは神官見習いの服くらいしかないのですが…」
「しばらくはそれで大丈夫です。今度街に行って買ってこようとは思っているので、それまでの間なので」
「わかりました。では、こちらをどうぞ」
奥の棚から新しい神官見習いのローブとシャツやパンツといった着替えを出してくれたセイネから受け取って、僕は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました。次に行くよ、ルナ」




