第9話 学長のお仕置き
4日かけた日程を2日という強行軍でなんとか神学校へと戻ることができた。不眠不休だったことだけは述べておこう。
ハルカン領地にあるサンナルティア神学校は領主館のある町のはずれの森の中にある。
学び舎となる建物の横には寮が併設されており、生徒や職員が泊まり込んでいる。
寮の横には神殿が併設されており、小さいながらも祭壇が設けられいつでも祈ることができるようになっている。
見慣れた森を抜け、学び舎が見えた時には安堵したほどだ。
よく生きていた。
馬車を乗って命がなくなるかもしれないとは貴重な体験をさせてもらった。ランデバルトにもちろん、感謝しないが。
レンガ造りの瀟洒な建物の入り口に幌馬車を停める。
僕もランデバルトも口数は少ない。
時間は午後を回ったところだ。
学校がやっている時間なので、教職員や生徒たちは学び舎の方にいる。
幌馬車から眠っている勇者をブランケットに包んだまま抱えおろすと、そのまま学長室へと向かう。
「学長、ただいま戻りました」
「あらまあ、お帰りなさい。随分と早かったわね」
「道中いろいろとありまして。ところでご相談したいことがあります。今、お時間いただけますか」
「はい、構いませんよ。そちらにお座りなさいな」
学長がにこやかに応じて、応接セットを示す。
僕とランデバルトが並んで座り、向かいに学長が座った。
「どのようなお話かしら?」
「勇者が女の子だったんですけど、彼女は本当に勇者なのですか?」
「あら、女の子? そうなの?」
きょとんと見つめられて、思わず拍子抜けしてしまった。
もしかしてそれほど大したことではないのかもしれない、と思ってしまうほどに。
だが、隣に座ったランデバルトも少々呆れている気配がする。
やはり、学長の反応の方がおかしいのだ。
「でも綺麗な黒髪じゃないの。創世記の勇者と同じ髪色よ。この世界に黒髪を持つ者は勇者だけでしょう。なら彼女は勇者だわ」
ブランケットから覗く黒髪を見つめて、学長がふふふと笑う。
「では、女の子でも問題はない、と?」
「問題はあるかもしれないけれど、彼女が勇者だということに変わりはない、ということよ。そうね、これも主の計らいかしら。彼女に御手の導きが授からんことを…」
優しい口調で学長がつぶやけば、ぱちりと勇者の瞳が開いた。
黒い瞳が僕を見つめて、学長へと向く。
「あら本当にステキな瞳ねぇ」
「うがうっ」
呑気にほほ笑んだ学長に向かって火花が迸る。
光のスパークに、目がちかちかした。
第4階梯『聖なる雷光』だ。
悪魔にも使っていたので、勇者が使いやすい技なのかもしれない。
だが、使う相手が悪い。
待って待って! 怒ってるだろうけれど、それ学長だから。
モンスターに見えるかもしれないけれど、れっきとした人間だから!
まあ、時々僕もこの人いくつなんだろうと思わなくもないけれど。
神聖魔法をぶっ放す理由にはならない。もちろん免罪なんてあるわけない。
「あらまあ、無詠唱? 素晴らしいわねぇ。でもオイタはいけないわ。お仕置きですからね」
うふふと笑った学長はどこまでも穏やかな顔だった。
だがなぜか背筋がぞわぞわする。
悪魔と対峙した時の何倍も強く、ここから逃げ出したくなる。
ああやっぱり、物凄く怒ってるじゃないか!
僕は内心で、泣き叫ぶのだった。




