小さな幽霊
私はこの小さな町で一つの部屋を借りた。そこは日当たりのいい小さなアパートで、灰色のコンクリ―トの壁に真っ白な洗濯物がはためき、駐車場の側に小学生がけいどろをする一本の木がゆったりと葉を揺らしてた。私はこのアパートに越してきてから、眠りにつくそのまどろみの中で「んなぁ」と声が聞こえるようになった。音の無い、けれど確かに重さのある気配。クッションがばりばりに破かれて私は確信した。私は新しいクッションを縫い、部屋の小さな日だまりに置いた。じっとそれを見つめてると遠慮がちに、クッションにくぼみが出来始め、しばらくすると大きなくぼみが一つ出来て、さりさりと床を滑る音がした。それから暖かい日はクッションをベランダに出し、それを横目に洗濯物を干す様になった。朝、キッチンでお茶っ葉をやかんに入れるとき、するりと柔らかい毛が足を撫でたり、蛇の様にゆるりと絡みつくのを感じるのだ。ある日、薄い朝日に染まるカーテンに一つの影が落ちた。ゆぅるり、ゆぅるりと尾を揺らす、優雅なシルエットを私は確かに見たのだった。あの部屋から違う町に越す前、たった一度だけ。