第5話 狂剣の狼
ガキンと鈍い音がして、
つばぜり合いの形になる。
シャガールの突進を、
僕は正面から受け止めた。
「フ、フヒ、フフフ」
思わず笑みがこぼれる。
シャガールの剣から感じる圧力は、
木剣を握る手が痺れるほど強かった。
「な、なんだお前・・・」
シャガールは気味悪そうに僕を見る。
「うがぁ!!!」
シャガールの一瞬の怯みを見逃さず、
僕はつばぜり合いを解いて、
シャガールの側頭部目掛け蹴りを放った。
「くっ!」
僕の蹴りをしゃがみ込み避けるシャガール。
良い身のこなしだ。
「ハッ!」
沈み込んだ身体を浮き上がらせるように剣を振るうシャガール。
僕はその剣を最低限のスウェーで躱す。
「あああああああああ!」
そしてそのまま、
シャガールに向け何発も剣を振るう。
シャガールはそれを丁寧に受け止めた。
僕たちは何度も剣を放ち、
そして互いに躱し合う。
楽しい。
僕はそう思った。
父さんと戦うのもすごく楽しかったけど、
こうして別の人と戦うのはまた格別だ。
全身にゾクゾクと電流が走り、
僕は自分の肌に鳥肌が立つのに気が付いた。
「・・・笑いながら戦うなんて正気じゃないぞ」
剣劇の最中、シャガールが呟く。
「すみ、ませんフヒ・・・どうしてもフフフ・・・楽しくて」
僕は緩み切った頬を隠すことも無く剣を振るう。
やがて強烈な剣撃が互いの身体を弾き、
僕とシャガールの距離が離れる。
シャガールは身体を起こし、
大きくため息を吐いた。
「お前の、その剣・・・どこで覚えた・・・?」
シャガールが言う。
「・・・父に習いました。なにかありますか?」
僕はにっこりと笑い尋ねた。
「父親、か。・・・お前はかつて【狂剣狼】と呼ばれた男を知っているか?」
シャガールが言う。
「知りません」
僕は答えた。
「・・・【狂剣狼】はかつて圧倒的な強さを誇った無敗の剣士でな。狼の様な身のこなしもさることながら、戦いの最中、笑みを絶やさない事で有名だった。俺も小さい頃に闘技場に彼の試合を見に行ったよ」
僕はシャガールの話を黙って聞く。
「だが【狂剣狼】はたった一度の敗北で剣闘界から姿を消した。以来その姿を見た者は居ないと言う」
「・・・それが僕に何か関係がありますか?」
僕は尋ねる。
「・・・いやなに、お前のその野獣の様な剣捌き、そしてその気味の悪い笑み。かつて闘技場で見た【狂剣狼】の姿にそっくりだったものでな」
僕は笑みを絶やさず、
シャガールの話に頷いた。
【狂剣狼】。
それはもしかしたら父の事なのだろうか。
だが、僕にはそうは思えなかった。
なぜならば父が笑ったところなど、
僕は一度も見た事が無いからだ。
「無駄話だったな。忘れてくれ」
シャガールが言う。
「忘れます」
僕は再びにっこりと笑った。
シャガールが表情を強張らせる。
そして今度は僕の方から、
シャガールへと飛び掛かる。
剣が交わるその直前、
シャガールがぼそりと呟く。
「感情が消えた様なその恐ろしい笑顔。【狂剣狼】のそれと瓜二つじゃねーかよ」
僕は構わずに剣を振り下ろした。