第3話 出会い
「すまんな。君を疑う訳じゃないが、喧嘩の時は両方から事情を聴くルールなんだ」
そう言ってお茶を出してくれたのは、
先ほど僕を掴まえた衛兵さんだ。
にこやかだが、眼は笑っていない。
未だに僕の事を疑っていると言う事だろう。
「ありがとうございます」
僕はにっこりと彼に微笑んだ。
僕の顔を見て、衛兵さんの顔が強張る。
「君は、剣闘士なのか?」
衛兵さんは僕に尋ねる。
「いえ。ですが剣闘士になりに来ました」
僕は答える。
「そうか。では今年の学院の新入生と言う事か?」
僕は衛兵さんの言葉に頷く。
「ちなみに・・・どこだ?」
衛兵さんの目がギラリと光ったような気がした。
「どこ、と言うのは?」
僕は尋ねる。
「決まっているじゃないか、どこの学院に入る新入生だ、と尋ねたんだ」
「剣闘士学院はいくつかあるのですか?」
僕は尋ねた。
「・・・驚いた、まさか知らないのか。王都では常識だぜ」
「深い森の中でほとんど父と二人きりだったもので」
僕は答えた。
その答えに衛兵さんはほうと声を漏らす。
「そうか。なら特別に教えてやろう。いいか、王都には5つの闘士学院がある。ラフィット、マルゴー、オブリオン、ラトゥール、ムートン。聞いた事くらいはあるか?」
僕は衛兵さんの言葉に首を振る。
「そ、そうか。まぁそれぞれ伝統ある学院だ。入学すればその辺の事情も分かるだろうよ。それで?君の入学先はどこなんだ?」
衛兵さんが尋ねる。
「えと、ムートンと言う学院です」
僕が答えた瞬間、
衛兵さんの目が輝く。
「なんだ、ムートンの新入生か!!俺はあそこの大ファンなんだよ!」
そう言って立ち上がり、僕の手を握る衛兵さん。
その眼にはもはや僕を疑うような気配は残っていなかった。
「はぁ」
僕は訳も分からず返事をする。
「一年生だから今年は難しいと思うけど、どうかムートンを優勝に導いてくれ!!期待しているぜ!」
そう言って衛兵さんは何度も僕の手を振る。
痛い。
彼の言う優勝と言うのはどういうことなのだろうか。
僕がそう質問をしようとした時、
扉をノックする音が響いた。
こちらが答える前に、
一人の女性が入ってくる。
女性は僕を一瞥すると、
何事かを衛兵さんに耳打ちし、
部屋を出て行く。
衛兵さんは僕の方を見て言った。
「どうやら、証言が取れた。あの男が財布を盗んだと言う君の話が正しかったようだ。拘束してすまなかったな」
そう言って衛兵さんは俺に微笑む。
「疑いが晴れて良かったです」
僕は一言、そう言った。
・・・
・・
・
「ん?」
衛兵の詰め所を出ると、
建物の前に一人の女の子が立っていた。
「あ!」
女の子は僕を見つけると、
慌てて駆け寄ってくる。
「さっきはありがとう!」
女の子は僕にそう言って、
手を握りしてめてくる。
同年代の女の子の柔らかい手に、
僕は思わずドキリとする。
「えっと、君は・・・」
僕は動揺を悟られない様に、
女の子に尋ねる。
「あ、ごめんなさい。私はベルナール。さっき貴方が捕まえてくれた男が盗ったのは私のお財布だったのよ」
そう言われて僕はああ、と思い出す。
たしかに先ほど大正門の前で見た女の子だ。
「あれが無くなったら、学院にもたどり着けないところだったわ。本当にありがとう」
そう言ってベルナールと名乗る少女は頭を下げる。
「お、お気になさらず。役に立てて良かった」
僕は彼女ににっこりと笑って見せる。
彼女はそんな僕の顔を、驚いたようにじっと見ていた。
どうしたのだろうか。
「じゃ、じゃあ僕はもう行くね」
なんとなくばつが悪くなり、
僕は彼女の前から立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待って!」
後ろから声を掛けられて振り向く。
「貴方の名前、教えてくれないかしら?」
僕は尋ねられ、
自分が名乗っても居なかったことに気が付く。
「ああ、ごめんなさい。僕の名前はレン。では」
そう言って、
僕は王都の中を歩き出した。
生まれて初めて女の子とこんなに会話したのではないだろうか。
僕の心臓はバクバクと高鳴っていた。