第10話 洗脳
「あ、あのレン君!」
そう言って話かけてきたのは、
先ほど僕の方をチラチラと見ていた女生徒だ。
「・・・あ・・いや・・・え・・・?」
何故僕の名前を知っているんだろう。
そんな疑問を持ったが、
急に話しかけられてしまったので、
頭の整理が追い付いていない。
僕はただオロオロとするばかりだった。
「あ、あの私ベルナールよ。昨日助けて貰った・・・」
彼女の言葉に、
僕はようやく思い出す。
ベルナール。
大正門の前で財布を取り返してあげた彼女だ。
「あ、えと・・・ベルナール、さん。き、奇遇ですね。こんなところで」
僕はアワアワしながら答える。
「そ、そうね。どうして敬語なの?」
「ちょ、ちょっと人と話すのに慣れて無くて・・・」
「?ふうん、そうなの。まぁ良いわ。面白いわね。まさか同じクラスだとは思わなかったわ」
そう言ってベルナールは笑った。
「そ、そうですね。フヒヒ」
僕はそう言ってベルナールの笑いかける。
その瞬間、ベルナの顔が引きつった気がするが気のせいだろう。
「ちょ、ちょっと時間ある?良かったらお茶でもしない?」
なんと、入学初日に同級生のしかも女子からお茶に誘われるとは。
これはもしや逆ナンと言うやつだろうか。
なんてことだ。
僕には学院長を殺すと言う大事な使命があると言うのに。
「も、もちろんです・・・フヒヒ」
僕は首がもげるくらいに頷いた。
「そ、そう・・・じゃあ支度をしてくるから校門のところで待っていてくれる?」
ベルナールの言葉に僕は頷いた。
初日から楽しくなりそうだ。
・・・
・・
・
「お待たせ」
校門で待っていると、
ベルナールがやってきた。
「い、いえ・・・今来たところ、です」
僕は答える。
「ね、なんでそんなに挙動不審なの?」
ベルナールが言う。
「きょ、挙動・・・え?」
僕は驚く。
傍から見るとそんな感じだったのだろうか。
自分では上手くコミュニケーションが取れていると思っていたが。
「父と二人きりで育ってきたので・・・他人と、ちょ、長時間話すのが初めてで・・・」
僕は答えた。
「そ、そうなの。じゃあ良いわ。その内慣れてよね。クラスメイトなんだし」
そう言ってベルナールは歩き出す。
僕は黙ってその後を着いていった。
「じゃ、元剣闘士の守衛さんたちを倒して、シャガール様と互角に戦ったから入学を認められたって事?」
ベルナールが驚きの声を上げる。
「そ、そうで・・・そうだよ・・・」
僕はその言葉を肯定する。
「そんな事ってありえるの?相手はあのシャガール様よ?」
ベルナールが言う。
「そ、そんなに有名な人なの?」
僕は尋ねた。
「当たり前でしょ。<轟剣>のシャガールと言えば、銀級剣闘士でも上位クラスよ」
「ぎ、銀級?」
僕は尋ねた。
「・・・知らないの?剣闘士のクラスよ」
「クラス・・・」
僕の言葉にベルナールはため息をついた。
「何も知らないのね。剣闘士には下から銅、銀、金と階級が別れているの。多くの剣闘士は銅クラスで一生を終えるわ、それから私たち剣闘学院の学生も銅級に数えられる」
「そ、そうなんだ・・・」
「シンプルに銅級で100勝すると銀級に上がるわ。それから銀級でも100勝すれば金級にでもその難易度は桁違いと言われてるの」
なるほど。
上に行けばそれだけ勝ち続けるのは難しくなる。
単純だが確かな仕組みだ。
「そんなに有名人だったんだ・・・」
僕は答える。
確かにあの男の剣は見事と言う他はなかった。
本気を出している様子はなかったし、
何より【魔剣】すら使っていない。
僕は身近なところに強者が居ると聞き、
なんだかとても嬉しくなった。
その内、また手合わせをお願いしよう。
<轟剣>と呼ばれる彼の剣技はどんなものなのだろう。
「ね、ねぇ!レン君?」
ベルナールに声を掛けられ、
僕は我に返る。
「え、なに?」
僕は間の抜けた声を出す。
見ればベルナールが怯えたような顔で僕を見ていた。
「すっごくニタニタ笑ってたわよ・・・?」
「あ」
そう言われて自分の口角が吊り上がっていることに気が付く。
どうやらシャガールとの再戦を夢見て、
にやけていたみたいだ。
「ご、ごめん。戦うの想像したら・・・嬉しくて・・・」
僕はベルナールに謝る。
「・・・れ、レン君って変わってるよね・・・」
「そう?」
「うん、普通は戦うって怖い事よ」
「そうなの?」
僕は尋ねた。
「そうなの?って・・・レン君は怖くないの?」
ベルナールが尋ねる。
「怖いはずないよ。だって戦う事はとても楽しい事でしょ?」
僕はニコリと笑って言った。
・・・
・・
・
「レン、何故泣く?」
父さんが尋ねる。
「なんでって、剣で叩かれたら痛いよ・・・」
僕は答える。
「レン、お前は変わってるな」
「変わってる?」
「そうだ。戦いが怖いなど。他の皆は戦いが好きで、楽しくてやっているんだぞ?」
「そう・・・なの・・・?」
「ああ、そうだ。じゃなきゃ、わざわざ戦う意味がないだろ?それを怖いだなんて・・・」
「そうなんだ・・・」
「相手に勝つ、相手より強くなる。それはとても嬉しいことだろう?熊を倒した時、嬉しくなかったか?」
「う、うん・・・」
「それだ!相手を倒すと楽しいんだ、だから戦いも楽しいんだ!」
「そ、そうか・・・」
「笑え、レン。戦いは楽しいものだ。いつでも笑顔を絶やさずにいるんだ」
「戦いは・・・楽しい・・・楽しい・・・」
「そうだ。では今日も野生の熊を見つけ、狩ってこい。倒せるまで戻るな」
「うん!」
・・・
・・
・
僕の言葉にベルナールが絶句する。
なんだろう、おかしなことを言ったのだろうか。
僕たちの間に変な雰囲気が流れ、
無言の時間が続いた。
だがそんな僕たちに、
ある男たちが話しかけてくる。
「よー、『裏口』。初日から女連れとはいい度胸だな」
顔を上げると下品な笑いを浮かべる男が三人。
僕とベルナールを取り囲んでいた。