第1話 復讐鬼
僕の生まれ育った場所は地獄だった。
物心つく頃には、
深い山の中で父と二人きり。
朝から晩まで、
父親の決めた訓練を繰り返すばかりの毎日。
朝は日の出と共に目覚め、
川からの水汲みに行く。
重い水桶を担ぎ、
山道を何度も往復させられた。
それが終われば薪割り。
幼い俺の身体よりも重い斧を振り、
父と僕の二人分の薪を作る。
そこから昼までは座学。
父はどこかから持ってきた書物を元に、
あらゆる知識を僕に叩きこんだ。
そして午後は日が暮れるまで戦闘訓練。
父は作った木剣で、
何度も何度も僕を叩きのめした。
倒れても尚立ち上がる事を強要し、
気を失っても回復薬で無理やり目を覚まさせられた。
――――そんな事でやつが倒せると思っているのか。
それが父の口癖だった。
父は若い頃、剣闘士だった。
王都の闘技場で戦い、
人々を熱狂させる剣闘士。
そこに身分の差はなく、
犯罪者でも、貴族でも、
己の剣一本で頂点まで上り詰める事が出来る可能であった。
剣闘士として名を残した者は、
名誉、富、その全てを手に入れられるとさえ言われていた。
父はかつて、
将来を期待される若手剣闘士であった。
貧しい家に育った父の夢、
莫大な富と名誉まであと一歩と言うところだった。
だがある日、
一人の剣闘士と戦い敗れてしまう。
試合に負けるだけでなく、
その戦いで右腕を失った父は、
剣闘士としての将来を奪われた。
それは父にとって、
全てを失うと言う事に等しかった。
剣闘士界から退いた父は酒に溺れ、
人を傷付ける様な仕事で、
酒代を稼いだ。
そして失意の父は、
馴染みの娼婦に金を渡し、
子供を産ませる。
つまり、それが僕だ。
父は生まれたての僕を母親から引きはがすと、
そのまま王都を後にした。
――――良いか、レン。お前は剣闘士になり、私の代わりに奴に復讐を果たすのだ。
父は同じ言葉を、
呪文の様に繰り返した。
そしてそんな父は今、
僕の前で血まみれになり倒れている。
他でもない、
僕がこの手で父を殺したのだ。
それが父の命令だったから。
復讐を果たすため、
父は最後に自分を殺させた。
僕がいざと言う時に躊躇しない様に、
そして掛け続けた呪いの言葉を、
僕の心に刻み込むために。
僕は死の間際に、
父が指定した戸棚を開ける。
そこには封筒が二つ入っていた。
一つは、
父の怨念のような手紙。
子供の頃から何度も何度も聞かされた、
自分を倒した相手への恨み事。
最後の一文には、
僕の命に代えても必ず目的を達する様に、と書かれていた。
そしてもう一つは、
書類。
『王立ムートン剣闘学院』
その書類にはそう書かれてた。