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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

めかくしこけし 

掲載日:2019/07/01

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやよ。唐突だが、お前は過去、何か悪い行いをしたことがあるか?

 そりゃあ、皆無なんて命は存在しないだろうな。胸を張って「ない」と答えるなら、生きる上で必要な、感覚か脳みそが欠如していると俺は思う。

「天知る、地知る、我知る、人知る」とは中国よりのことわざだ。俺は「悪行を重ねた奴には、それを知る者により、どっかしらで報いが来る」という、希望が込められた言葉のように感じているんだ。


 でも天や地は、コンスタントに動いてくれるわけじゃない。「覿面てきめん」というほど迅速に仕事をすることもあれば、悪人が天寿を全うするまでゆっくりしていることもある。数が多すぎてチェックできていないのか、それとも彼らにとっては短く、人間にとっては長い休憩時間をとっているのか。そうなると「人知る」の部分が、かなり重要になってくるんじゃないかと、俺は考えてしまう。

 そう思い始めた矢先、この「知る」ということについて、俺の友達から興味深い話を聞くことができたんだ。お前も聞いてみないか?


 小学生の友達が、引っ越した先の学校に通い始めた時のこと。緊張しながら自己紹介をし、自分の席についたところで、妙なものに気がついた。

 黒板の上の縁に、小さいこけしがたくさん並んでいる。黒いおかっぱ頭に、菊の花が左右交互に咲くさまを描いた胴体。山形で見られる蔵王系ざおうけいのこけしだ。合計で25体、背の違いはあれど、仲良く寄り添って並んでいる。

 それだけじゃない。こけしたちは一体残らず、その目を白いテープで隠していた。先生もクラスメートも慣れているらしく、その怪しさを気に掛ける様子を見せない。

 隣の子に聞いてみると、あれは「めかくしこけし」というらしい。彼らの目が隠されている理由は、悪しきものを見せないためらしいんだ。


「人間と違って、こけしは自由にまぶたを閉じたり、開いたりさせることはできない。どんな光景が繰り広げられようとも、ありのままにすべてを受け取ってしまうんだ。それは悪いものを憑かせてしまう恐れがある。

 だからああして普段は目を隠し、ものが見えないようにしているんだってさ」


「だったら、最初から作らなければいい話じゃんか。面倒がなくていい」


「それは僕も思ったよ。でもこの地域に伝わるならわしなんだってさ。目隠しを取るのは、明らかな良いことがあった時だけ」


 過去の経験では、クラスの誰かが表彰されたりした場合は、その人数分のこけしが。行事などで賞を取った時には、すべてのこけしの目が解き放たれるとか。

 そこまで聞き、友達は改めてこけしとクラスの人数を比べてみて、しっかり合っていることを確認する。今日、加わった自分の分も、前もって並べてあったんだ。

 

 家に帰った後、親たちにこけしの話をしてみるけど、一緒に外からやってきた者同士では、やはりその意味を知らなかった。学校の先生たちに聞いても、「良いことをした時のことだけ、こけしの瞳に刻んでおきたいんだよ」とだけ話し、それ以上のことを教えてくれない。

 やがて実際、友達のこけしも目隠しを外される時が来た。体育の授業の徒競走で一番でゴールした時だ。

 初めて見るこけしの瞳は、ゴマ粒のように小さく、でもしっかりと友達を見据えている。それを先生が手で持ち、しばしにらめっこするよう指示を出されるんだ。こけしの中には砂らしきものが入っているらしく、身体が揺れるとじゃらじゃら音がしたとか。

 この時点では「何ともおかしな風習だなあ」程度にしか、友達は思っていなかったらしい。でも、新生活にも慣れたある休み。ひとりで映画を観に行った帰りに、それは起こった。

 

 バスを使って行き来する必要がある、遠めの映画館。期待以上の出来に気を良くする友達は、帰りのバスで空いている席に座り、パンフレットを開きながら余韻に浸っていた。

 いくつ目かの停留所でひとり、新しい客が乗ってくる。杖をついたおばあさんだ。

 バスの席はどこもいっぱい。おばあさんはぐるりと車内を見渡した後、「やむなし」という空気をまといながら、つり革へ手を伸ばしかける。その位置は友達からほど近い。

 一瞬の間の後、友達はぱたんとパンフレットを閉じる。鞄を持って席を立つ勇気さえあれば、あとは口をついて出る「どうぞ」という言葉。おばあさんは頭を下げて席へ、友達は代わりに手近な柱へ掴まろうとして。

 

 じゃらじゃら……。

 あの砂の音が響き、友達はそちらへ振り向く。席を譲ってもらったおばあさんが、杖を壁に寄せながら、手に握っていたもの。それはこけしだったんだ。その顔の端には細く割いた手拭いの切れ端がくっついている。

 じゃらじゃら、じゃらじゃら……。

 音はなおも続く。それも四方八方からだ。ぐるりと周囲を見回して、友達は背筋が寒くなった。

 赤信号でアイドリングストップし、かすかにゆれ続けている車内。そこへ居合わせた客たち、運転手に至るまでが友達の方を向き、手にしたこけしを掲げていたんだ。青信号になり、運転手がこけしをしまって元の態勢に戻るまでの数秒間、あの砂らしい音の攻勢は続いた。

 バスが動き出すと、みんなは「ばっ」と音が出るかと思うくらい、一斉にこけしを荷物の中へしまい、何事もなかったように先ほどまでとっていた姿勢へ戻っていく。その様子におののくばかりの友達は、まだ家まで距離があるにも関わらず次のバス停で降り、残りの道のりを歩いて帰ったのだとか。


 それからも友達は家の外で、自分が良いと思ってすることに、こけしがつきまとった。学校で誰かの手伝いをすれば、依頼した先生がこけしを取り出す。赤い羽根の募金をしたら、それを見ている人たちがこけしを取り出す。目が不自由と思しき人の道の横断を手伝ったら、その人自身が迷わずこけしを取り出して鳴らしてくる。


 ――これ、下手に良いことをすると、こけしに憑かれるんじゃなかろうか。


 そう考えた友達は、自分から善行に臨むことを控え始めた。こけしから遠ざかることには成功したが、ある日、事件が起こる。

 放課後。友達と校舎内で鬼ごっこをしていた友達は、鬼役の子に捕まりそうになった時、身をよじった拍子に、廊下に置かれていた花瓶を倒して割ってしまったんだ。すぐ近くの教室にいた先生が駆け付けてきて、その場にいる友達と鬼役の二人を問いただした。廊下にはひと気がなく、関与していることは一目瞭然だ。

 かつておばあさんに席を譲った時の勇気。今回の友達は出せなかった。「怒られる!」という条件反射が、勝手に口を突き動かす。

 

「――倒したのは彼です。僕じゃありません」


 なすりつけた。誰よりも自覚のある、濡れ衣をかぶせた。

 鬼役の子が目を見開く。先生がそちらを向く。怒りの矛先を外したと、心の中で胸をなでおろしかけた、その時だ。


 みぞおちを、思い切り殴りつけられた。鬼役の子でも、先生でもない。ひとりでにめり込んだ不可視の拳が、深々と身体の中へ突き刺さった。

 嘔吐はかろうじて免れたものの、その場へうずくまり、うめいてしまう友達。今度はその後頭部が踏みつけられ、顔を強引に廊下のリノリウムに叩きつけられた。最初に痛み、次に鼻を中心に伝う熱さが広がっていく。乗せられたものは非常に重く、頭を持ち上げることはおろか、左右へずらすことすらかなわない。圧はますます強くなり、このまま鼻を潰して、顔そのものが廊下にめり込んでしまうかと思った。


「君、この子と同じクラスか? すぐに教室へ行き、この子のこけしを持ってきてくれ」


 先生の声と、ぱたぱた走っていく足音。そしてほどなく、じゃらじゃらと響く、あの砂音が迫ってきた。

「少し、辛抱だよ」と告げながら、先生は友達の身体の上でこけしを振っていく。音は近づいたり、遠ざかったりするのを聞くに、身体全体へ動かしているかのようだ。

 やがて頭の圧が軽くなっていき、ここまで響き続けていた腹部の痛みも消えていく。しばらく経つと、抵抗なく身体を起こすことはできたけど、廊下には小さな血だまりが残されている。鼻血が出ていたらしい。


 保健室に連れていかれ、そこで鼻血の処置をしつつ、先生に促されるまま正直に話す友達。


「それは嘘をついたことによる、天罰だね」


 先生はあっさりと言い放った。

 この地域にはずっと昔から、人間には姿を見せない天の使いがいるという。使いは米粒ほどに小さい身体を持ち、あまねくこの一帯を飛び回りながら悪事を探して、天へ報告する役目を仰せつかっているのだとか。

 悪事を報告された者は、たちどころにバチが当たる。身体の自由を奪い、あっという間に命の火すら消し去るほどのものだ。しかし使いはその体躯ゆえ、一時いちどきに地域のすべてを見ることができない。その目に映らないところで罪を重ねても、天の使いは知ることができず、かの人は生きていられるとか。

 でも万一、使いに目をつけられ命を奪われかける時、唯一免れる方法がめかくしこけしだ。

 彼らの目は善行のみを映し、とどめ置く。その記録を持って罪との相殺を願い出るんだ。重ねた善行が罪を上回るのならば、執行猶予がもたらされる。


「こうして命あるのも、君の善行のおかげだ。だが、しばらくは気を張るように。もうほとんどないからね」


 先生がこけしを振ると、それはもう、かすかな音しか洩らさなかったという。

 倒れている時、聞いたこけしの音。あれはいつぞやにらめっこをした時よりも、ずっと多くの砂が入っているように感じた、とは友達の談。

 もしかすると、これまでこけしを取り出した人々は、外から来て善行の貯蓄がない自分のために、こけしの中身を集めてくれたのではないか。それを学校が密かに呼びかけていたのではないかと、友達は思っているらしい。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても、面白かったです。 自分の良い行いを誰かがちゃんと見てくれているというのは、とても嬉しいことですね。 その都度こけしを向けられのは、どことなく見張られているようにも感じてしまいそうです…
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