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境界の教会/キョウカイ×キョウカイ  作者: 宇佐見仇
第一章  密室 ― Closed Loom ―
6/52

告解室の屍/悪魔の魂

人物一欄

鬼無きなし・探偵  タルボット・科学者  棚田・???

???・神父  ???・シスター



※注意

6/15編集前の「専門家の説明/そして終演」を分けたものです。

       ●


 シスターは両手を組み合わせて許しを乞うてきた。鬼無が指を下ろし、代わりに睨みつけると、シスターはぽつぽつと語り始めた。


「……そちらにいるのはレオ・カルヴィニア神父。彼は、その、簡単には信じてもらえないかもしれませんが、悪魔征伐の使命を帯びて、ここへ派遣されてきました。私は極東カトリック司教協議会の者で、レオ神父の通訳や案内等のサポートを務めさせていただいている、カタリナ・緋冠(ひかむり)陽慈女(ひじめ)と申します」


 緋冠と名乗ったシスターは、泣きべそ顔をさらに情けない顔にして涙をぽろぽろと落とした。泣いて許してもらおうという風ではないようで、涙を零しながらも謝罪を口にすることはなかった。涙が出るのは、単にそういう体質のようだ。

 告解室の扉を閉め直して、戻ってきた棚田が質問した。


「あちらの仏さんはどなたです? 見たところ、自決したようだね……」


 緋冠は、涙をそのままにして質問に答えた。


「ええ……、あの方は鷲尾わしお神父。当教会の司祭です。仰る通り、彼の死は自害です。私たちの力不足がために、鷲尾神父は命を落とされました」

「シスターカタリナ。我の力量不足などとの発言は訂正せよ」


 神父のカルヴィニアが口を挟んだ。


「汝がその謙虚さゆえに、己の罪を示すのは構わないが、我を試すようなことはするな。我の力は神より授かりしもの。汝は神の力を試すのか?」


 緋冠は一瞬、カルヴィニアを哀れむような目をしてから言い直した。


「……私たちは、敵の卑劣な策に嵌まりました。順番にお話しします。この聖インテグラ教会には、強大な力を持った悪魔の魂が封印されています」

「悪魔の魂ぃ?」

 

 鬼無は、素っ頓狂な声を上げた。


「はっ! オレたちは中世にタイムスリップしちまったのか? それ本気で言っているのか、あんた?」

「静かに。まだ、話の続きだ」タルボットが注意してきた。


 緋冠は軽く首肯し、熱に浮かされた口調で続きを話した。


「悪魔は存在します。ある昔、征伐した悪魔の魂を仮の肉体に封じ込め、その魂が外界へ出てこぬよう、封印が施されました。しかし、いかに強力な封印でも数十年も経てば綻びます。それが今年でした」

「では、君たちは新たな封印を施しにここへ?」タルボットが尋ねた。

「いえ、違います。封印が綻ぶ時期は悪魔を完全に消滅させるチャンスでもあるのです。外に出てきたところを迎え撃つ。私たちはそのために、この数週間、聖インテグラ教会に通い詰めて準備を重ねてきました。しかし……」

「言い訳はいいからよ、何が起きちまったのか、ちゃっちゃと話せよ」


 かぶせ気味に鬼無が言った。緋冠は苦しげに唇を噛み、目を落とした。


「……悪魔の魂が、盗まれたのです」


 タルボットが眉を微動させた。


「魂とは盗めるものなのか? もう少し具体的に、どういうことだね」

「……バチカンの秘術なので詳細には話せませんが、レオ神父が取ろうとした方法は、悪魔の魂を仮の肉体から抜き出し、用意した寄り代に移して、撃破するというものです」

「ブラヴォー。悪魔とはそんな気軽に出したり移せたりできるものなのかね?」タルボットが手を叩き、揶揄するように言った。「私はてっきり、BC兵器のように細心の注意が必要とするものを想像していたのだが」

「普段は不可能です。封印が緩んだこの時期にだけ、悪魔の魂に干渉することが可能となります。そして後者の意見についてですが、この聖堂内にいる限り、悪魔の力は無効化されます。この地には封印とは別に、退魔の陣が張られています。万が一私たちが失敗したとしても、悪魔は独力では逃げられません」


 しかし、と緋冠は悲愴な顔をする。


「悪魔の魂を抜き出した瞬間、その魂がどこかへ吸い寄せられて消えてしまった。横から奪われてしまったのです。それほどの強い誘因性を持つのは、人間の肉体の他にありません。恐らく敵は、悪魔の魂が解放される一瞬の隙を狙って、召喚の儀式を行った……。私たちの行動は筒抜けでした。悪魔の魂は現在、その者の肉体に宿っているはずです」


 緋冠が迷いなく言い切った確言に、棚田が鷹揚と頷いた。


「悪魔召喚でしたら、確かに人体を媒体にするのが最適でしょうねえ。悪魔にとっても人の身体は居心地がいいようだ。もちろん、人の魂が悪魔に侵食される危険性もありますが、その前に悲願を果たせるのなら問題はない……」

「随分と詳しそうな口振りだね、棚田君」

「昔に少し、齧ったことがありまして」棚田ははにかんだ。


 鬼無は、すかした態度が苛立たしくなって鼻を鳴らした。


「はっ! よく言うぜ。すっ呆けたこと言ってんじゃねえよ、オカルト狂い」

「……あなたは口が悪い。僕のことがお嫌いなら別に構いませんよ? 僕の素性を皆さんにお話ししても。その程度で痛む腹は持っていませんから」

「あっそ」


 開き直られると、一気に白けてしまうのが鬼無だった。

 結局鬼無は何も話さなかった。単に喋るのが面倒だったからだ。鬼無は仕事だから棚田を尾行していただけで、彼に恨みや義憤の念は抱いていない。この男が過去に仕出かした数々の悪行など、心底どうでもいいと思っていた。


 タルボットが少し興味ありげにしていたが、彼は目の前の優先順位を忘れるほどの愚か者ではなかったようで、シスターの緋冠に向き直って話の続きを促した。


「さて、シスターカタリナ。話が横道に逸れてしまったな。悪魔が何者かに奪われた。それで何が起きて、あなた方はどう対処したのかね?」

「はい……。悪魔を聖堂から出すわけには行きません。悪魔が建物の外に出れば、悪逆の限りを尽くすでしょう。それだけは避けなければなりません」


 そう言って緋冠は俯き、閉じた告解室の扉を見つめる。


「……鷲尾神父はすぐさま、扉の結界を発動させました。建物ごと外の世界と隔絶させる強力な結界です。その代償は、発動者の命……。鷲尾神父は、己の命を犠牲にして、私たちに希望を託したのです」

「それが、扉に現れた文面というわけか」


 タルボットが顎鬚をさすり言った。

 緋冠が顔を持ち上げ、頷いた。涙は完全に乾いていた。


        ●

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