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境界の教会/キョウカイ×キョウカイ  作者: 宇佐見仇
第三章 厳禁 ― No Enter ―
51/52

悪夢から覚めて/夢の先の幸せ

        ●


 その後、携帯の電波が回復していることに気づいた美玲は救急車を呼んだ。

 一之瀬と棚田の言う通りに負傷者の状況を向こうに伝えてから、通報の七分後に二台の救急車が聖インテグラ教会の玄関前に到着した。


 救急隊員に起こされた阿誰は、タルボットと緋冠の遺体を目にして混乱状態に陥った。それを隊員と美玲が宥めた。片方に鬼無、もう片方に一之瀬が乗せられて、二台の救急車は発車した。無傷の美玲と棚田、心神喪失している阿誰は聖堂に残った。

 残った隊員と話していた棚田が戻ってきて、美玲の隣の席に座った。


「何の話をしていたの?」

「ええ、鬼無さんが運ばれた病院の場所をちょっと。……彼女には悪いことをしました。僕がこんなところに連れてこなければ」

「向こうもお仕事中だったんだし、棚田さんのせいじゃないよ」

「いいえ、僕のせいなんです。あの人に僕の尾行を依頼したのは、僕ですから」

「…………え?」


 美玲は思考の連結に失敗した。棚田が言い直す。


「僕が素性を隠して鬼無さんに依頼したんです。棚田功奨を見張るように、と」

「……はあ。えっ、何なのそれ。何のために?」


 棚田は、嬉しそうに赤裸々と罪を告白する。


「いえ……、実は、鬼無さんに一目惚れをしてしまいまして。あの人の冷たい視線に是非とも僕の生活を見張ってほしかったのです」

「…………」

「鬼無さんと一緒に過ごす日々は最高でした。二人で色んなところへ行って、同じ景色を眺めて……。その間ずっと、彼女は遠くから僕を冷淡に睨みつけてくれた。メールで送られてくる定時報告のレポートが毎回楽しみでした。尾行の必要経費も、僕が全額出資するので実質デートのようなものです。指名手配されている立場を踏まえて、愛の逃避行などと悦に入ったりもして。――ええ、実に楽しかった」

「……うわあ」


 美玲は割と本気で引いた。

 何という逆ストーカー。こんな歪んだ愛の形があったなんて。


「恐いよ! 鬼無さんきっと熱心に仕事してたのに、うわあ、可哀想……!」


 あまりの業の深さに美玲はぶるぶると震えた。


「実は、鷲尾に会いに来たのも、証人になってもらうつもりだったんですよ。教会でネタ晴らしをして、これを渡そうと思っていたのですが……」


 棚田は、ジャケットの懐から小型の箱を取り出した。うわあ、と美玲は口角を戦慄かせた。あれはイカン奴だ。絶対に開いてはいけないパンドラの箱だ。


「特注品です。まあ、焦らずに距離を縮めていくとしましょう」

「……一生渡さないであげてね。鬼無さんの精神衛生のためにも」

「保障はできかねます。彼女を愛していますので」


 棚田はお茶目に肩を竦めた。かなりイラつく仕草だった。

 どうして病院の場所を尋ねているのかと思ったけど、まさか、鬼無のお見舞いに行くつもりなのか。と言うかそれ以外にない。鬼無の入院生活が長引きそうで心配だった。


 外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。美玲は警察が苦手だ。予知夢の話を信じてもらえないからだが、もっと幼い頃から恐がっていた気がする。


「悪いことをしていないのに、何で恐いのかな? 分かる?」


 隣に話しかけたら、さっきまでそこにいたはずの棚田が消えていた。警察の気配を感じていち早く退散したのだろう。逃げ足の速いこと。

 しかし、困った。美玲は他人に説明するのも嘘をつくのも苦手なのだ。


 頼みの綱の阿誰も、あの様子ではしばらく使い物になりそうにないだろう。

 面倒ごとをまとめて押し付けられてしまった気分だった。


 ……悪夢から目覚めただけマシと思わなきゃ、か。


 ふと、欠伸が零れた。

 緊張が緩んだ途端に、眠気が襲ってきた。睡魔に逆らう気力も必要も今はもうない。美玲はうとうとと船を漕ぎ、眠りの海に誘われていった。

 目を閉じた先に、幸せが待っていると信じて。


       ●   

次回にて最終話です。

最後まで追っていただいた方、まことにありがとうございます。

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