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境界の教会/キョウカイ×キョウカイ  作者: 宇佐見仇
第二章  開錠 ― Lock Picking ―
23/52

秀才式・網羅推理

人物一覧

美玲・予知能力者  阿誰あすい・女子大生



           ●


 美鈴たちは向かいの倉庫の作業を手伝おうと思ったが、こちらは手狭が理由で、それほど人数はいらないと一之瀬に断わられた。善意が駄々滑ってやる瀬ない心地になる。


「どうする美玲? あっち戻る?」


 阿誰あすいは廊下の先を指差す。左右のどっちに行っても先は聖堂ホールである。


「それとも事務室行く?」

「事務室。うん、何だかんだ疲れたし」


 美玲と阿誰は無人の事務室で休憩することにした。

 古書や骨董品が多かった他二つの部屋に比べ、事務室は近代的な物が多い。美玲は肘掛けのあるオフィスチェアに深く腰掛けて、溜息した。親友と二人きりになれたことで、溜まっていた疲労をまじまじと自覚する。自分がかなり緊張していたことも。


「鬼無さん、博士と秘密の話をしたかったみたいね」

「あ、そうなの?」


 言われてみると、あのおかしな態度はそんなような気がしてきた。


「そうかあ。でも秘密の話って? 私たちに知られたくないこと?」

「さあね。あとで博士に聞いてみたら」


 阿誰はふと渋い顔をした。


「けどまあ、あの部屋見事に散らかしてたわね。片づける気ゼロでしょ。全部読むつもりなの?」

「鬼無さんたちはそのつもりみたい」美玲は肩を竦めた。

「ふうん……。ああ見えて、鬼無さん気配り上手なのかもね」

「あの人が? どこが? 鳳子ほーこ目が狂った?」


 美玲は本気で親友の正気を疑った。どこをどう解釈したら、人に膨大な作業を押し付けるあの怒りん坊探偵が気配り上手になるのだか。


「そうかしら? 結構他の人を見ていると思うわよ、あの人。こっちも鬼無さんに言われて、仕事させられているけど、あの作業って何か具体的な物を探させるというより、不安な気分を紛らわせるのが目的のような気がするわ。手を動かしていれば、余計なことを考えずに済むから。皆もそれを承知で動いているのよ」


 阿誰の分析は筋が通っている気がしたが、感情的に認めたくなかった。


「ええー……、鬼無さんがそんな心優しいことするかなあ? 偶然じゃない?」

「偶然でも故意でも、結果的に救われてる。大事なのはそこじゃない?」

「うーん、どうかな、分からない」


 首を傾げつつも、分が悪いと感じてきたので話題を変えることにした。


「鳳子は、悪魔を盗んだ犯人とかってどんな風に考えているの? ちょっと聞かせて?」

「……いいけど、整ってないわよ」阿誰は声を低くする。

「大丈夫。私、鳳子の話聞くの好きだから」

「話す私の方が大丈夫じゃないのよ。話してて自分でもこんがらがって来るし、どうせ美玲だって理解できないんでしょ?」

「別に理解できなくてもいいんじゃないの? それが普通でしょ?」

「またこの子は鋭いことをさらりとまあ……」


 口を横に開いて呆れる阿誰。

 少し時間をくれというので、五分待つことにした。

 阿誰は目を瞑って一定のテンポでこめかみに指を当てていた。脳を刺激中なのだ。

 指のリズムが止み、阿誰が眠そうに目を開けた。


「そうね……。すべての前提として、美玲の話を真実だとする。一周目で殺された順序は、緋冠さん、タルボット博士、棚田さん、鬼無さん、一之瀬さん、そして美玲と私。虐殺した神父が犯人の候補としては怪しいけど、殺されたときの美玲は、一之瀬さんが殺された瞬間は見ていない。


 もし神父と一之瀬さんが手を組んでいたとするなら、彼女も容疑者に入るわ。神父が美玲と私を殺しに来たということは、全員を殺していく『乱暴な消去法』から考えて、この時点での『裏切り者』の候補は、美玲、私、神父の三人。


 だけど、殺されたように見えた人たちが実はまだ生きていたら、要するに死んでいる振りをしていたと考えるなら、この限りではないわ。結局、推理は振り出しに戻ってしまう。『死んだ振り』の可能性まで考え出すと切りがないので保留……」


 早口ではないけど、本筋があちこちに飛ぶので、話を追っていこうとすると目が回る。阿誰の思考法は総当たり式だ。考えうる可能性を並べ、平行して精査していく。


 美玲が真似しても頭がこんがらがるだけだが、阿誰にはこの方法が最も合っているそうなのだ。美玲は彼女がどこへ向かおうとしているのか読み取ろうとする。ここで、つまり、と結論を急かしてはいけない。今聞きたいのはこちらを満足させるための答えではなくて、阿誰自身の答えなのだから。


「……じゃあ、次は『二周目』の情報だけで考察していく。棚田さんは司祭の鷲尾と知人だった。この繋がりから悪魔に関する情報を聞いていたと疑うことはできる。けど、自分がその立場にいるなら鷲尾との関係をわざわざ話さない。あるいは他の者がそう考えるところまで予期してのブラフなのかも。鬼無さんは棚田さんを尾行して教会に来たのだから、鬼無さんの一存でここに来ることは難しい。でも、棚田さんと協力関係を結んでいるとするなら、この問題は解消される。鬼無さんは場を乱してくるけど、それは誰かを庇っての行動と見て取ることもできる」


 どうやら阿誰は全員を一人ずつ疑っているみたいだ。


「一之瀬さんは悪魔退治の依頼で来たというけど、その詳細は不明。誰がどんな目的で依頼したのか、彼女自身も仲介会社に紹介されただけで、詳しくは把握していないらしい。この謎の依頼が実際に存在するのか。そこを確かめることができれば一之瀬さんに対する疑いもまたはっきりするでしょうね。一之瀬さんに依頼したのは、もしかしたら退治ではなく、護衛の役目なのかもしれない。それだったらしっくり来る」

「それって、どういうこと?」


 疑問が思わず口を出た。阿誰は首を動かさず、目線で向いた。


「悪魔を奪うのを邪魔する連中、カトリック側の緋冠さんや神父への対抗手段として彼女が選ばれたんじゃないかって推理。腕っ節は強いみたいだし」

「あ、そういうことか。一之瀬さんが悪魔側の人間だって説ね」


 相槌を打ったが、阿誰はこちらの声を聞いていなかった。


「一対一で話を聞ければいいんだけど……」

「一対一は危険だよ。向こうからしたら鳳子も容疑者の一人なんだから。乱暴な手を使ってくるかもよ」

「あら」


 阿誰はぱちくりと瞬きしてこちらを見た。


「美玲にしては鋭い指摘ね」

「えへへ、実は受け入り。鬼無さんがそんなこと言っていた」

「だろうと思ったわよ」


 呆れた風に言って、阿誰は笑みを零した。

 釣られて美玲もにんまりと笑う。久々にほっとできた。油断しているのかもだけど、友人とのひと時ぐらいは見逃してほしい。


「それにしても。意外というか、皆信じやすいんだね。私の予知夢とか、シスターさんの話とかすんなりと信じちゃって」

「あの人たちはレアケースだと思うけど……。他に判断材料がないから、一旦信じているだけだろうと思うわよ。信じる振りって言うと聞こえが悪いけど、自分の常識感覚を鈍らせてあるがままのデータを飲み込む……、その程度のこと、あの人たちには簡単なのよ。自分をコントロールできているのね」

「じゃあ、実はそんなに信じてないってこと?」

「疑うことを忘れていないというだけよ。少なくとも私はそう。どれほど真理に近いと思えるものでも、信じ込むことは危険。常に疑い続けなければいけない。逆に言うと、それさえ忘れなければ、意識的に信じ込むことも可能」

「うーん? ってことは、何でも半信半疑なんだね?」

「常に、信じると疑うが混在している状態。思考しているってことよ」

       

          ●

次話の更新は6/16の1時です

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