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境界の教会/キョウカイ×キョウカイ  作者: 宇佐見仇
第二章  開錠 ― Lock Picking ―
20/52

家捜しのお時間

人物一覧

美玲・予知能力者  阿誰・女子大生  タルボット・科学者  

        ●


 美玲と他二人は、資料室の棚をすべてひっくり返して、本格的な家捜しをしていた。ここを警察に踏み込まれたら言い逃れできない状況である。


 資料室に収められている書物の種類は教会の歴史と郷土史を綴ったものがほとんどだ。本棚の奥に隠れていた、ギリシア語で書かれた仰々しい表紙の書に、タルボットが関心を寄せていた。彼が言うには中世カトリックが葬らざるを得なかった外典らしい。


「『ガイテン』って何のこと?」

「キリスト教には、聖書に入れられなかった聖典がいくつか存在する。外典とは新約聖書の外された聖典のことだ」


 タルボットはすらすら答えてくれる。


「聖書がそもそも別々に存在していたいくつもの聖典を一冊に編集し直したものであることは君も知っているだろう。しかし、派閥や政治的な判断、あるいは探求不足から、正しいことを記しているはずのものさえ弾かれてしまうケースもある。その時代の誤った解釈によって、闇に葬られたまま消失してしまった外典もきっと多く存在するはずだ。この聖典は一部、人間と動物との関係性の記述が不適切であったために、否定されてしまったものでね。最近の研究によってその重要性が見直されてきたんだ」

「あー、よく分かったんだよ。もう大丈夫です」


 思わず敬語で断わっていた美玲だった。こちらが何も言わなかったら彼は延々と講釈を続けていただろう。


「おっさん、変なこと喋ってねえで、ちゃっちゃと手を動かしてくれよ」 


 本をどさどさと乱暴に落としていた鬼無が言ってくる。


「おっさんではないと、何度言ったら分かるのかね?」

「悪いな。外人の名前って呼びにくいんだよ、見逃せって」鬼無は適当に謝った。


 およそ謝意を感じさせない態度だったが、タルボットはそれ以上言及せず「やれやれ」と首を振って終わらせた。

 聖堂では口論していたはずの二人が、いきなり仲良くなっている気がするが、元々鬼無もタルボットもあのとき、感情的に言い争っていたわけではないそうなのだ。


 美玲とタルボットが廊下の角で鬼無に追いついたとき、こんな会話がされた。


「どこに行くつもりだね、鬼無君」

「追ってきたか。大したお人好しだぜ」


 怒って出ていったはずの鬼無は、けろっとした顔で振り向いた。タルボットの顔を見ても悪態をつかずに、一度鼻を鳴らしただけだった。


「君にそれを言われたくはないな。お人好しとは君のことだろう」

「おいおい、こんな憎たらしい天邪鬼のクソ女を捕まえて何言いやがる。逆の立場だったら今頃この面を張り飛ばしている自信があるぜ」

「張り飛ばす自信があると言うよりも、張り飛ばさないように堪える自信がないと言った方が的確ではないかな? それに、逆の立場だったら、私はもっと上手く立ち回る。残念だが、君を苛立たせるシチュエーションにはならないだろう」

「細けえな、おい」


「細部が重要なのである。細かな差異に気を使うことがその者の個性となり知識となり、人間性を高める。人と獣の違いとはまさにそこなのだ」

「哲学も長話も得意じゃねえなあ。何言ってんだ?」

「君が、皆の前で行ったあれこれは、デモンストレーションだね。拳銃を出してみせて、怪しい奴から殺していくという強硬手段をほのめかした。このことで君を放置する危険性が高まり、犯人の注意を自分に向けさせた。短気で、気難しく、疑り深い性格、さらには拳銃。警戒するなと言う方が難しい組み合わせだ。もし犯人が命を狙うとしたら君からだろう。そうやって他の人間を庇ったというわけだ」

「何の話だかさっぱりだな」


 鬼無は肩を竦める。


「でもまあ、せっかく来たんだ。協力してくれるだろ」

「えっ? 協力って? 鬼無さん、何する気なの?」


 美玲はようやく口を挟めた。


「ボケてんじゃねえぞ、おい。んなもん、鬼のいぬ間に洗濯って言うだろ。教会のもんが三人ともあっちにいるんだ。チャンスを逃さない手はねえ。情報収集だよ」

「情報収集?」


 何だかとっても探偵っぽい響き、と美玲はドキドキした。


「ま、やることは家捜しだ」

「家捜しなんだ」落胆して、舌を伸ばした。


 こういう経緯で、美玲たちは泥棒の真似事をしているのであった。目的物の明確なビジョンは決まってないらしく、怪しいのがあれば全部キープしてくれとの指示だ。幸いにも博識なタルボットがいたお陰で、大まかな選別は任せることができた。美玲の担当は日本語で書かれた書物を読んで、「悪魔」のキーワードを探すことだ。


 とはいえ、何百冊もある書物のすべてのページをチェックするような果てなき作業に、美玲は何度も音を上げて、その度に鬼無になじられた。


「鬼無さーん。本当にこんなところにヒントが転がっているって思うの? 普通に犯人探しした方が早くない?」

「早さの問題じゃねえ。重要なのは確実性だ。誰が嘘ついてっか分かんねえ化かし合いするより、動かねえ証拠を探した方が真実に近づける。それに、その『普通に』ってのが気に食わねえ。オレたちに、そうするように仕向けてくる、いけ好かねえ意志をちらちら感じやがる。何も考えずに『そいつ』に従ったら危険な気がすんだよ」


 流石の疑り深さ。そこまで疑って掛かるのかと感心する。


「でも、協力を頼んだってことは、私たちは信頼したってこと?」

「別に信頼しちゃいねえ。お前くらいお人好しなら、他の奴よりかは裏切られる心配が少ねえって判断だよ。っつか口動かす暇あるなら手ぇ動かせ」

「ほーい」


 美玲は口をへの字にして、目に付いた一冊に手を伸ばした。


           ●

次回の更新は6/15の16時です。

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