第83話 パンケーキを求めて
その日の11時。近野はお洒落をして駅前で時計を見ながら立花を待っていた。
なかなか来ない立花に首を動かして探していると11時きっかりに立花は姿を現した。
近野を見ると立花は微笑んだ。
「ああよかった。来てくれたんですね。カワイイ服っすね!」
その言葉に多少はにかみながら彼女は答えた。
「まぁね。約束だモン。あんまり誰にも見られたくないんだよね~。どこか隠れ家的なところでランチにしない?」
と、駅の中に知り合いがいないか少しばかり見渡した。
「何が食べたいですか?」
「なんでもいいけど」
「パンケーキとかは? 今流行ってますもんね」
「へー。アンタそんなのも食べるの? でも若い人が集まる場所は課員に見つかる可能性も高いからなぁ」
「じゃ、行きますか」
「行くってどこへ?」
立花が指さした場所は、切符の券売機だった。
立花に言われるままの駅の切符を買い、二人は快速列車に乗り込んだ。
「うえ! なんでパンケーキ如きに他県に行くの? 駅前の喫茶店でも食べれるのに」
「ああ、あれですか? あれはパンケーキじゃない」
「は? 気取ってるねぇ~。なんでこの駅まで行くの?」
「オレの大学時代の行きつけの喫茶店ですよ」
「大学? 大学どこ?」
「ハイ?? 全然オレに興味ないですね〜。名前は知ってます?」
「太郎?」
「違います」
「次郎? 理由は次男だから」
「違いますよ。次男でもないし」
「三郎だ」
「郎から離れませんか?」
「なに? 分かんない」
「タイムカードに書いてあるでしょ。和寿ですよ。立花和寿と申します。どうぞよろしく」
「よろしく〜」
「はぁ~。オレはカホリさんのこと大体知ってますよ。大学は華皇女子大でしょ?」
「ちょっと。なんで知ってるの」
「そりゃ課員同士で飲み会で話したでしょ~。オレは横海大ですよ」
「え? 国立?」
「そうですよ~」
「うわ、課長と同じじゃん。同じキャンパスに課長がいたってこと?」
「ですね。オレが一年の時に四年でしたけど。結構有名でしたよ。奥さんとずっと一緒にいたし、目立つお二人でしたね。校内のベンチに膝枕されて寝てる姿よく見てました。メチャクチャうらやましかったです。あの頃から憧れでしたね。課長は全くオレのことなんて覚えたなかったっすけど」
「へぇ……。奥さんの顔も知ってるの?」
「そりゃ知ってますよ。カワイイ人でしたよ。……あ」
近野が複雑な顔をしているので立花は言葉を止めた。
自分の恋敵を褒められたくはないのであろう。
立花はばつが悪そうに近野の顔からさり気なく目を逸らした。
「フンだ。なによ」
「スイマセン」
近野の心の中もまた複雑。
彩を褒められたと言うのもあるが、立花が別な女をカワイイと言ったことも気に入らなかったのだ。
二人はしばらく無言で変わる窓の外の景色を眺めていた。
「丁度良いわ。遠くに行くってのは」
「え?」
「アンタと一緒にいるのを課長に見られなくて済むもんね」
「あー……」
快速列車は、一時間ほどで二人を目的地まで運んだ。




