第43話 復帰の初仕事
休暇の期日が来てしまった。
とうとう、彩の足取りはつかめず鈴を母親に託し、重い気持ちのまま鷹也は会社に出勤となった。
自分の課に行くとすでに全員が揃い、慌てた様子でそれぞれがパソコンをチェックしているようだった。
「おはよう。なんだ? どうした?」
みんなが一斉に課長である鷹也の方を向いた。
係長である近野が涙目になって鷹也に頭を下げた。
「課長……申し訳ございません……」
いつも元気な彼女らしからぬ消えてしまうような声。
鷹也は驚いたが、仕事上のトラブルだと察知した。
「なんだ。説明したまえ」
「実は、新プロジェクトの行程がギリギリまで進んでいるのですが、会場の飾りつけ用のオーナメントの発注がされておらず、このままですと間に合わないんです……」
「……発注の担当は?」
「私です」
おずおずと近野が手を上げる。
「キミらしくないな。部長には報告したか?」
「いえ、まだでした……。昨日の晩に発覚して、みんなで順序を追っていたので……」
「なんだ寝てないのか。悪い風潮だ」
「スイマセン……」
「部長に言うな」
「え?」
鷹也は急に楽しくなって来た。
やはり、仕事ばかりやって来たのでこういうトラブルもお手の物だ。
個数。納期。あらゆる情報を課内で収拾し、外注先に電話をかけまくった。
午前中には何事もなかったかのようにみんなに笑顔が戻った。
「どんなもんだい。多少見積もりよりも高くなるけど営業経費でごまかせるレベルだろ」
近野は涙を流して鷹也に頭を下げた。
「課長。ありがとうございます」
「よせよ〜。みんなで解決したんだ。これぞチームワークの力!」
途端、例の口笛が鳴る。
「おいおい。ヤメろ」
状況が悪かったらしく、課のドアが開いた。
そこには部長が立っていた。
「多村くん。なんだ戻っていたのか」
「ハイ。今日から復帰です」
「キミの課は少し浮ついてるな。課長は部長に復帰の挨拶にもこず、部下は就業中に口笛か。遊びじゃないぞ。徹底させろ。ここは大学じゃない。学生気分じゃ困る」
「スイマセン。徹底させます」
部長がドアを閉めると同時に小声で「成り上がりめ」という言葉が聞こえたが、みんな聞こえないフリをした。
社長のお気に入り。それが率いる新しい派閥。
それが鷹也の立ち位置だ。
仕事熱心な若いものばかり集まり、他部門との連携もいい。
「立花、タイミングをみろよ〜。復帰早々怒られちまったじゃねーか。胃がいてぇよ」
「マジすか。スイマセン」
「全然反省してねぇ」
「最近、打ち上げもないですし……パワー余ってるんです。つきましては……」
「ん?」
「課長復帰を記念致しまして〜」
立花と言う男は立ち上がる。そして課内にアナウンスするように
「僭越ではございますが、私が幹事となって宴会を開催したいと思います。会費4000円」
「おいおい。マジかよ」
「課長がいなくて随分苦労したんですよ〜?」
「昨日も寝てないんだろ? 早く帰れよ」
「いやぁ、力が出る水が欲しい」
「分かった分かった」
みんな飛び上がって騒ぎそうになったが鷹也は両手を上げて下に下げる。
静かにしろと言う意味だ。
みんな、小さく拍手をした。
近野が鷹也のそばに来て、また頭を下げる。
「スイマセンでした」
「いいじゃないか。どうにかなったんだ。人間は誰でも失敗する。オレだって……」
自分のセリフにハッとなった。
人間は誰でも失敗する
誰でも失敗する……
……失敗する……
鷹也は彩のことを思い出してしばらくボゥっとしていた。
「あの……課長……」
「……ん……」
「大丈夫ですか?」
「……なにが……」
「いえ、動きが止まってました」
「……あ……。そうか?」
鷹也は首を左右に大きく振って気を取り直した。
こんな気持ちで仕事に打ち込んではいけないと。




