第34話 鎹の笑顔
次の日。鷹也は鈴を連れて実家に行くことにした。
鈴のこれからを自分の母親に頼むからだ。
彩はその間に荷物を持って出て行く。
その約束だ。
彩と鈴は二人の寝室にいた。鈴はお気に入りのピンク色のリュックサックにウサギのお人形をたくさん詰め込んでいた。
「じゃぁ、ママ。いってくるでお」
「うん。行ってらっしゃい」
「ママもこればいいのに〜」
「ゴメンね。ママ忙しくて」
鼻歌まじりにオモチャを詰め込む鈴につい笑ってしまう。
「そんなに遊べないでしょ〜」
「ううん。ばぁばが遊びたがるかもしらないんでよ」
そう言ってほとんどのオモチャを詰め込んでしまう。
そんな鈴の後ろ姿を見ていると愛おしくてつい背中に抱きついてしまった。
「スズちゃん。元気でね?」
「……ママ?」
「ママ、頑張るからね!」
「うん。ママがんばれ〜」
その言葉に涙がこぼれてしまいそうになるがこらえた。
鷹也が二人の部屋を開ける。彩は驚いて鈴から抱擁を解いた。
鷹也は静かに言った。
「じゃぁ……。サヨナラ……」
彩はそれに返答する。
「うん。さようなら……」
鈴は二人のやりとりを見て、鷹也の好きな彩の笑顔に似た顔をした。
「えへ! 保育園のお帰りの時みたいだね! ママさようなら!」
鈴に言われこらえていた涙が滝のように溢れて来る。
何も知らない鈴。
これからもう会えないことを知らない鈴。
しかし、鈴からの偶然の「さようなら」。
ただの無邪気な「さようなら」。
しかし彩にとってこれほど重い「さようなら」はない。
涙を止めようと思っても止められるハズがなかった。
突然泣き出した母親に鈴が駆け寄った。
「ママ……どこかいたいんでちか?」
「……グズ……うん。頭が……ちょっとね……」
「じゃぁ、ママの痛いの痛いのとんでけ〜!」
鈴の小さな手のひらが空中でグルグルと回った。
彩は鈴の優しさに微笑んだ。
「どこに飛んで行ったの〜?」
その言葉に鈴は妖しく笑い、鷹也の一部分を指差した。
「パパのおちんちんだぁ〜」
その言葉に、鷹也は自分の前を押さえ、少しばかり赤い顔をする。
間違っていはいない。彩から痛いものをうつされた。
二人にとっては不謹慎なジョークだった。
「プッ」
彩が吹き出した。
それにつられて鷹也も吹き出す。
「……ふ……何が面白ぇんだよぉ……シャレになんねぇなぁ」
「あは!」
「はは」
「うっふっふっふ!」
鈴は自分の手柄と思い腰に手を当て威張った姿勢をした。
「もぉ〜。笑わないでよねぇ〜」
そう言うのも面白く、結局三人で笑ってしまった。




