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第29話 家族の食卓

彩はキッチンに立った。

手をよくよく洗浄しキャベツを切り出す。我が娘が食べやすいように小さく、小さく。

粉をこねる。鈴は卵が多めが好きなのだ。

たっぷりと入れてこねあげた。

わずかな気泡も逃さない。美味しく作るコツなのだ。


彩は笑顔で泣いていた。

鈴と鷹也が自分の料理を喜んで食べてくれる在りし日を想像しながら。

そして愚かな自分。懺悔しても許されない自分。

わずかな機会すら与えられない。

ただ、一歩ずつ処刑台に登って行く。


だが、その一瞬でさえ家族とともにいたい。

この一日を大事にするのだ。


一枚ずつ丁寧に焼き上げ調理する。

鷹也の好みは分かっている。紅生姜とネギを入れ半生でカリッと焼き上げる。

鈴はまだ歯が少ない。だからカリッが好みではないゆるくフワフワが好きだ。

自分のはどうでもいい。なんなら二人の余りでもいい。


そして晩餐。

何度ここで食事が許されるか分からない。

彩は鈴が今まで頑張って来たことを褒めた。

鷹也は初めてそれを聞くものすらあった。


──絵が得意なんだ。

──へぇ。


──かけっこが得意なの。

──へぇ。


──少し行った大きな公園に大きなローラー滑り台があるの。

──ローラー滑り台?


──それが好き。

──うん。スズたんローラー滑り台にいちたーい!

──……そうか……。


──タカちゃんの実家のおばあちゃん大好きだから。

──え? 実家に行くのか?


──行くよ。タカちゃんがいけない分。二人でお手伝いしたよねー?

──おみそ! おみそつくったった。ビチビチーってでてくゆんだよー。

──そうだったなぁ。


──頑張り屋さんだもんね。スズちゃんは。でも山芋のアレルギーがあるの。だからいくら好きでも市販のお好み焼きの粉は使わない。

──そうなのか……。


そんな話を楽しそうに鷹也に聞かせた。

偽りの家族の食卓。

鈴に最後まで自分がここにいた証を見せたかった。



やがて鈴はいつもの時間に眠った。

彩は寝かしつけが終わり、鷹也がいるリビングに書類を持って入って行った。


鷹也はソファに座っている。

彩は向かい合わせのテーブルの前の絨毯の上に座った。そして一つずつ説明を始める。


「これは定期の通帳です。家を建てる為に貯めていた通帳。200万円入ってます。こっちは普通貯金。公共料金とか家賃、電話料はここから引き落とされます。これがあなたのお小遣いの通帳。これはスズの学資の為に積立てしていた通帳です」


そのほかの積み立て。それに対応する印鑑とカード。保険、かかりつけの病院の場所。医師の名前。

来年入れようとしていた幼稚園は近所のは倍率が高いが、少し離れたところにお友達も多く入れそうなところがあった。幼稚園バスがでるので遠くても大丈夫ということ。

細かいことまで丁寧に鷹也に伝えた。

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